【禍話リライト】 深夜のファミレス

 二十四時間いつでも開いているお店っていいですよね。いつ行っても営業しているというのは、利用者としてありがたいものです。

 ただね。深夜帯にファミレスへ行くのはちょっと考えた方がいいかもしれないんじゃないかなって話があるんですよ。

 廃墟帰りの一行と夜を共に過ごすことになるかもしれませんからね。

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 この話を教えてくれたEくん。当時彼はファミレスでバイトをしていて、シフトを深夜帯に入れていたんです。夕暮れに入って翌朝社員が出てきたら引き継いで帰宅、という感じで。

 同じ市内に大学があるんですけど、店からは離れた立地なんですね。そのおかげか基本的に深夜は静かなものだったそうですよ。極稀に飲み会からの流れでやって来たようなやかましい集団が居座ることもあるけれど、普段は退屈といってもいいくらいで。

 その日も、彼とバイトの先輩と二人きりで業務をこなしていたそうです。「ぶっちゃけさあ、今、店閉めても絶対問題ないよな」
「ですよねー」
 みたいな軽口を二人で叩き合いながら。

 ところが二時頃。彼らにとってはある意味残念なことに、珍しくお客さんが来たそうです。店の駐車場に一台の乗用車が停まって。

 運転席と助手席、それに後部座席の左右のドアが音を立てて開閉して、計五人の男たちが降りてきた。どうも見た感じ、大学生らしい。

 車の運転をしてきたので当たり前ですけど、お酒が入っているテンションではなかったそうです。店に入ってきても普通な感じで。

「いらっしゃいませー。五名様ですね? はい、どうぞー」

 店の中はアルバイトのEくんたちと彼らしかいないものですから。ホールにいると、彼らが話す内容がどうしても耳に入ってくるんですね。Eくんがなんとなく聞いていると、どうやら廃墟に行った帰りのようだ。

 彼、その地元の人ですから。ああ、そこに行ったの。となったそうです。

 地元では有名なんですね、その廃墟。以前は病院だったんですけど、流行らなくて短期間で廃業しちゃったんです。それで建物だけが取り残されて、廃墟になった。でも別に幽霊が出るような謂れも因縁も何もないんですよ。ただの廃墟。

 しかし広さだけは充分にある。それでなんとなく、誰が言い出したか知らない適当な作り話が広まったんですって。

 病魔に苦しみ抜いた末に死んだ女の患者の霊が出る。

 そんな作り話が。でも当然、病院が閉鎖した経緯をきちんと知る地元の人は誰も信じていないわけです。

 それでも肝試しスポットみたいになっていて、事情を知らない他県から来た学生さんとかは怖がるためにそこへ行くわけですね。ただ実際幽霊が出たとかそういう話は誰も聞いたことがない。

 店内の五人もその廃病院からの帰りみたいで、肝試しあるあるみたいなことを言い合っているわけです。

「懐中電灯が途中で切れてマジ焦ったわ。誰だよ電池準備したやつ」

 とか、

「お前が急に走り出すから、みんな走っちゃったじゃん」

 とか。

 そのうちの一人なんか訳知り顔でこう言うんですね。

「いやでも、落書きの無い部屋は逆にやばいからね」

 とにかく、廃墟帰りの彼らは和気藹々な雰囲気。タイミングを見計らうとEくんは厨房に引っ込んだ。そして先輩にお客たちの様子を報告しまして。

「あの人たち、例の廃病院に行ってきたみたいですよ」

「ああ、あそこ。雰囲気だけはあるもんなあ」

 先輩も地元の人なんでそこは知っているわけです。
「俺も昔行ったことあるけど、あそこって本当何もないよな」
「ですよねー」
 と軽口をまた二人で叩いて。

 お客さんたちは大騒ぎするわけでもなく、次々と注文をしてくるわけでもなく。店のスタッフとしては気楽なもんだと。Eくんたちはまったりして。

「……あー、じゃあ俺、ちょっと店内の掃除でもしておきます」

 暇な内にやれることやって後はゆっくりしようと、Eくんはそう考えて。厨房から出ると店内の掃除を始めたんですね。それでふと、学生たちが乗ってきた車を見て、あれっ? と思ったそうなんですが。

 助手席に誰か、人が乗っていたんですって。

 店から誰か出て車に戻ったのかな? と思って学生たちの方を見てみると、彼ら五人は全員揃って相も変わらず廃墟の振り返りをしている。

 もう一度よく車の方を見ると、どうやら女の人が乗っているようだ。

 店内から植え込みを挟んで駐車場があって、車まで距離があったそうで。よくわからないけど、おそらく女が助手席にいる。

 おかしいなあ、とEくんは少し首を傾げて。普通、男たちの中に紅一点の女性がいたら、持て囃すようにして取り囲んでいるだろうに。どうして車に置き去りにしているんだろう、と。

 見た感じ白っぽい服装をしているようなんですが、あまりよく見えない。

「いやでもさあ」

 Eくんが不思議に思いながら掃除をしている脇で、学生たちは相変わらず喋っているわけです。

「あそこ何もないって話だったけど、千羽鶴がいっぱい捨ててある部屋だけは結構怖かったな」

 いやいや待て待て……千羽鶴が捨ててあるなんて初耳だぞ。

 ギョッとして思わずEくんの掃除をする手が止まった。

「真新しい千羽鶴もあったよな。誰が捨てに来てるにせよ、ちょい不気味だったわ」

 何その話。何その新しい情報。気持ち悪……

 Eくんは掃除を中断すると、また奥に引っ込んだんです。厨房で暇を潰している先輩に相談したくて。ところがちょうどその時先輩、外回りの清掃をしていたようでいなくて。少し待っていると戻ってきたんですね。

「いやー十五分清掃、って一応なっているけど五分で十分だわ」

 外に出ていたのならちょうどいいと。

「あの、先輩。車、見ました?」

「車? え、何?」

「お客さんたちが乗ってきた車のことです」

「ああ、あれ。誰か乗っているっぽいね。エンジン切ってあるみたいだったけど、大丈夫なのかなあ」

「先輩にも見えました? 見たんですね?」

「いや、何……」

「すいません、ちょっと一緒に車を見てもらえますか」

 と、先輩の腕を引っ張るようにして二人揃ってフロアに出て。店内から車の方をさりげなく見たんです。

 やっぱり女が助手席に座っている。これは夢でも幻でもないぞと。二人で顔を見合わせまして。

 こっそり、注意深く女の方を観察してみたんです。

 どうやらね。その女、車内から店内の学生たちをじーっと見ているようなんです。でも別に放置されて怒っている感じではなくて、ニコニコとしているんですね。

「おかしいなあ」

「おかしいですよねえ」

 それで先輩、わからないなら本人たちに直接聞いてみようぜ、とツカツカと彼らのいるテーブルに向かったんですって。

「すみません、お客さん。ちょっと変な質問なんですが」

「はあ」

 いきなり店員に尋ねられて、学生たちはキョトンとしていたそうで。

「あの、ここにいる方で全員ですか?」

「はい? まあ、はい。俺ら五人だけですけど。どうかしたんですか?」

「いやー、その、変なこと言うようですけど……お客さんたちが乗ってきた車をちらっと見たら助手席に──」

 「女の人が」と先輩が言いかけたところで、五人の中の一人が「うわっ」と小さく叫んだんです。「車」という単語に反応して駐車場の方を見ちゃったんですね。

 それで、叫んだ人が車の方を向いたまま固まっているものだから、みんなしてそっちの方を見たんです。

 女が、彼らの車の横に立っていたんですって。音も立てずに車から降りた女が駐車場に佇んでいる。

 車の中にいた時はよくわからなかった女の服も、駐車場の乏しい明かりでわかったそうで。女が着ているもの、どう見ても入院着だったんですって。簡単にはだけられて、今すぐにでも手術室に入れるような格好をした女が、ニコニコとこちらを見ている。

 学生たち五人は凍りついてしまって。明らかに彼らの知り合いじゃない。

 思考回路が麻痺すると人間、身動きが取れないものです。彼らが戸惑っているとね。その女は微笑んだ表情を崩さずに、まっすぐ彼らの方へ向かってきたんですって。

 植え込みを回り込んだりせず、まっすぐ突っ切って。どんどんこちらにやってきて。

 店の窓にべったりと貼り付くように身体を寄せると、テーブルで硬直している彼らをじいっと見つめてきたんですって。

 蛇に睨まれた蛙ですよ。頭は「何? 何なの!?」と恐怖で頭がいっぱい。警察や誰かに電話で助けを呼ぼうとか、店の奥に隠れようとか、そんな発想が全然出てこない。出てきませんよ。

 その女。片手に携帯電話を持っていたそうです。今のスマートフォンではなくて、折りたたむタイプで数字ボタンが付いている、いわゆるガラケー。

 こちらを見続けたままそれをパカッと開いてね。手元を確認もせずに指先でボタンを押しているんです。

 何、何しているんだ、この女!?

 Eくんがそう思った次の瞬間。

 トゥルルルルル トゥルルルルル

 レジ横に置いてある店の固定電話が鳴り響いた。その音に驚いて、Eくんは腰が抜けちゃったそうで。

 絶対、あの女からじゃん!

 トゥルルルルル トゥルルルルル

 一同硬直したまま、黙って鳴り続ける電話を見守るしかできない。

 トゥルルルルル トゥルルルルル

 それでもとうとう、先輩は鳴り止まない電話のそばへ行くと勇気を振り絞って電話を取ったんですね。

「……はい、もしもし。……もしもし? ん?」

 どうやら向こうの言葉が上手く聞き取れなかったようで。先輩は相手の声をよく聞こうとしているみたいだったそうです。でもすぐに、

「うわーーっ!!」

 と、大きな声で叫び受話器を叩きつけた。それで絶叫しながら、レジ横に置いてあったメニュー表の束を電話機の上にばさーっと倒しているんです。まるで電話機を隠すように。

 Eくんも学生も、先輩の一挙手一投足を震えながら見守っていたんです。でもふと、学生のうちの一人が再び女のいた窓の方を見ちゃったんですね。それで気がついた。

「お、おい! 女がいないんだけど……!」

「はっ? はあっ!?」

 窓に貼り付いていた女の姿が消えているんですよ。

 あの女が店の中に来る。

 みんな同時にそう思って。もう大パニック。叫び声を上げつつ我先にとテーブルから離れようとするものだから、ドリンクも零したりして。

 腰が抜けてたEくんも床を這って、なんとか逃げようとしたんです。でも先輩の様子を見ると逃げ惑う自分たちよりも異常すぎるんですね。

 先ほどメニュー表で隠した電話機をボコボコにしようとしているんです。手元のありとあらゆる物を投げつけたり叩きつけたりして。電話線も抜こうとしているくらい、徹底的に電話をやっつけようとしているんです。

「ちょ、先輩! 先輩! あの女からだったんですか!?」

「あの女だよーーっ!!」

 先輩は大絶叫して。混乱に陥ってワーワー騒いでいた大学生たちも動きを止めると、黙って先輩を窺っていたそうです。

「あいつ、テンション高めで、すげえ嬉しそうにさあ! ゲラゲラ笑いながら言ってきたんだわ!!」

 その先輩が言われた言葉を再現するとね。女は声を弾ませてこんなことを言ってきたそうですよ。

『あたしって、人がいっぱいいる所って行けないんですよ。だからずっと、車で待っているんですよねぇ! アハハハハハハハハ!!』

 みんな水を打ったようになりましてね。聞かされたEくんも学生たちも、気持ちがずーん……と沈み込みまして。結局、夜明けまでまんじりともせず同じテーブルにひとかたまりになっていたそうです。

 こうやってみんなでいれば女は来れないから、大丈夫だから、とお互いに言い聞かせながら。

 そのおかげなのかそれ以上は何も起こらず女も店に現れなかった、ということです。明朝やってきた社員さんにはえらい驚かれたそうですけどね。

 めでたしめでたし、と結びたいところですが、ただねえ……Eくん、それからもずっとその地元にいるんです。でも、それ以降一度も学生たちの顔を街で見かけることはなかったそうで。

 彼ら、無事だったらいいんですけどね。




この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。

出典: 燈魂百物語 第零夜(2)
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/337060766
収録: 2017/01/07
時間: 00:07:20 - 00:17:30

記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。