【連載小説:ホワイトハニーの未来へ】「第5章 お願いしていい?」(4-1)
(4-1)
ホワイトハニーの一件から、大樹はまた美咲中心の生活に戻る。
祈るような気持ちで就寝前に灰色の本を開く。薮川の話を聞いてから毎日、本を開くようになった。
見れる未来の範囲が減った為、仕事に遅れやミスが発生したが、和田も高木も美咲の事で忙しいからだと理解を示してくれた。
「島津さん、回せる仕事があったら何でも言ってください」
たまには外の空気を吸った方がいいと服部係長からの指示で、普段は行かない市役所への申請書提出から会社に戻ると、高木からそう言われた。彼は申請先との進捗確認をデータベースに入力していた。
「ありがとう。気を使わせて申し訳ない」
「何言ってるんですか、困った時はお互い様ですよ。まだ入社して浅いから出来る事は限られてますけど、それでもやれる事は何でもやります」
「そうですね。俺もやりますよ」
和田までそう言ってくる。彼自身の案件が現在、客先とトラブル処理になっているのは、データベースの状況から知っているので、仕事を頼めるような雰囲気ではない。彼なりに気を遣ってくれているのだ。
「和田もありがとう。今はフォローに入ってくれてる高木君で充分回ってるから。本気で危ない時には代行で会議出席を頼む」
「了解です」
大樹は二人にそう言って、スリープ状態だったパソコンを起動する。
取引先とのメール確認や進捗確認。自分で対応可能な案件はそのままやって、簡単な処理は高木に任せる。灰色の本のおかげで、ギリギリパンク免れている。
美咲はどんどん体が細くなっていき、顔色も青白くなっていた。朝、会いに行く時、そんな事は一言も言わず、いつもと同じように接する。しかしどれだけ知らないフリをしても病気は止められない。
最初は起き上がっていた美咲も最近は、起き上がれるかは朝の体調次第。今週は、ずっと起き上がれずに寝たまま、大樹と会話していった。
そのまま一週間を駆け抜けて、金曜日の夜。
この日だけは週末なのもあって、ウイスキーを飲んだ大樹は珍しく酔いが回っていた。本すらまともに開く事が出来なくなり、完全に泥酔状態。
胃から込み上げる気持ち悪さと三半規管が狂っている視界で、まるで宇宙遊泳をしているような気分だった。そんな状態でも机に開いたままの灰色の本が視界に映る。
「……っ」
大樹は一ページずつしか見ないと決めていた。それなのに、アルコールにより強引に軽くなった手が勝手にページを捲ってしまった。
そうだ、捲ろうと思えば簡単に捲れるんだ。意味不明な言い訳をして、三日後までページを一気に開く。
三日目に書かれた文字を読んだ途端、一気に酔いが無くなる。
そこには美咲の死について書かれていた。
スタンドライトだけの部屋で灰色の本に明確に書かれた美咲が死ぬという文言。
その文章を目で捉えて、脳が処理をする。すると心臓を直接手で掴まれたような、自分には抗えない痛みを感じた。
ノロノロと椅子から立ち上がり、ベッドに倒れ込む。目を開ける事にも疲れて、目を閉じて、見える世界を黒くした。
「美咲が死ぬ、のか」
声に出したか出していないか。それすらも曖昧な境界で大樹は、そうこぼした。
部屋の酸素と溶け合って、すぐに聞こえなくなる。毎日毎日、美咲の事だけ考えていた。どうしたらいいかそれだけを考えて、薮川にも会いに行って、出来る事は全てやった。それでもダメだった。
この世界から美咲がいなくなる。
「……ううううっっ‼︎ あああああっっ‼︎」
声にならない唸りと叫びが響く。全部、全部自分のせい。ああ、もう。
どこにも誰にも出来ない感情を涙に変換して、大樹は眠りに付いた。
翌日。
大樹はいつものように美咲のお見舞いに行く。土曜日でも日曜日でも朝は必ずお見舞いに行っていた。向こうからは「休日は寝てもいいよ?」と言ってくれたけど、そんな事はしない。だが今朝ばかりは足取りが重かった。
こんな状態ではいけない。病院のエレベーター前で大きく深呼吸をして頭をリセットしてから美咲の病室へと向かった。
「美咲、おはよう」
「あ、大樹。おはよう。来てくれたんだ」
今朝は、美咲は起き上がっていた。
MacBookで何かの作業をしていたが、大樹が来るとその手を止めてこちらを見る。
「体調は大丈夫か?」
「うん、今日は起きれた。お薬が効いてるのかも」
笑顔を見せる美咲。それが嬉しくて彼女の横の丸椅子に腰を下ろす。
「体調が良かったなら、良かったのは何より。でもあんまり無理はしないように」
「うん、分かってる。ありがとう」
「Mac Bookで何かしてたのか?」
大樹がそう尋ねると、美咲は「あー」と丸く口を開けた。
「覚えてないんだ? 私がこのMacBookを買ってって頼んだ理由」
「……小説?」
「そうそう」
すっかり頭から抜けていた購入目的。正直、由香とLINEばかりやっていたと思っていたが、そうかちゃんと書いていたのか。大樹はそう感想を抱いた。
「ごめん。最近は書いていないのかと思って」
「書きますよー? せっかく買ってもらったんだし、書きたいお話あるし。毎日は難しいけど、それでも空いてる時間でちょっとずつ書いてる」
「そうか。でも本当、あまり無理はしなようにな」
「分かってるって、ありがとう」
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