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「ふるあめりかに袖はぬらさじ」

駄文をメモしておくことの目的

まともな感想でない個人的なメモ。
目的は、次にこの演目を観ることができた時に自分が読み直すことにある。
何か引っかかってたのだけど意味がわからないまま心に留まっている感覚をメモ。
今、(2023年11月6日)シネマ歌舞伎のふるあめりかに袖はぬらさじをミレールで観ている。配信購入可能最終日(10月31日)に購入して、明日まで見れるのでギリギリまで何度も繰り返し観る。

2022年6月の歌舞伎座公演「ふるあめりかに袖はぬらさじ」

この月は元々、仁左衛門・玉三郎主役で、与話情浮名横櫛がかかる予定だったけれど、仁左衛門さんの体調不良にて急遽、玉三郎さん主演で差し代わった演目。短期間で新派の役者さんなどを配役に混ぜながらの舞台を初めて観て、心を揺さぶられた。一度しか観る機会がなかったけれど。
またみたいと思いつつ、DVD化されてないので、観る機会なく。

このインタビュー(2022年6月上演の際のもの)もとても興味深い。玉三郎さんは言葉選びが率直で秀逸なので、言葉を発される時に読んだり聞いたりする機会を逃せないと思っている。

この月に歌舞伎座で観て、思ったことはたくさんあるのだけど、台詞が多いコメディエンヌの玉三郎さんのお園を初めてみて圧倒された。
すぐに思ったのは、これは他に誰ができるの?
この演目の初演は杉村春子さんで当たり役で記録に残る上演回数をされたという記事やWIKIで読みました。杉村春子さんのことは名前と顔は存じ上げているけれど、晩年にテレビドラマで何度か観た記憶はあるものの、私はほとんど間に合ってない。舞台映像などが手に入れやすい形で残っているわけでもないようなので、観る機会がない。その当たり役の演目を玉三郎さんが引き継いだと言うのもそういった記事などの情報で知った。

なぜ「他に誰ができるの?」と思ったかと言うと、お園は微妙な役で、友達(または妹分)といえるような関係だった不幸な女郎が自殺をした事実に関して、のちに有る事無い事喋ることによって、自分は芸者として商売してきたお園さん。そのしたたかさを存分に発揮しながらも、嫌なかんじに見えずに、かといって悲壮感漂わせずにあの時代を一人の女が泳ぐ姿を魅力的に見せなくてはいけない。この話は背景にその時代の混乱や、登場人物の女性の悲哀や世の中に対する皮肉な目線を織り交ぜながらも全体としてはコメディとして進む。それってとても難しいと思ったから。女方でなく、女性である女優がやるならなおさらの気がする。

杉村春子さんの演じた映像があったら観たいなと思ったし、玉三郎さんのシネマ歌舞伎が上演されたら観たいなと思っていた。

2023年6月に映画 「書かれた顔 4Kレストア版」を観たこと

ユーロスペースで上演されたときに見逃していた「書かれた顔」を田端の小さな映画館で観た。
セリフがほとんどないところで玉三郎さんが芸者の役をしている映像があり、それとは別に何人かの舞踊家パフォーマンスと杉村春子さんのインタビューが入っていて、その中には杉村春子さん主演の映画の「晩菊」の映像もあった。これも元芸者の役。元芸者で金貸しになって女一人で生きている姿。
これはどちらもコメディエンヌ的な要素はないけれど、女が一人で逞しく生きていく姿が全面に出ていた。
きちんと咀嚼し、頭を整理して表現するのは私には難しいけれど、この映画のお二人を観て、なんとなく「お園」と繋がった気がした。


シネマ歌舞伎の配信「ふるあめりかに袖はぬらさじ」

シネマ歌舞伎に使われている公演の配役が豪華。この配役でひとつき公演できてたのかと思った。同じ月に国立劇場の歌舞伎公演も南座の顔見世もあったようで、歌座頭クラスの俳優の多さも感じた。(2007年12月)
亡くなった名優がいるし、若手がみんな若い。そんな中、玉三郎さんは今もそんなに変わらなくみえた。

他の遊女の役のこと

お園という役のことばかりまとまりなくメモしていたけど、それ以外にもこの物語では気になる配役があって、それは唐人口のマリア。
この配役のことと絡めて、釣女の醜女や、伊勢音頭恋寝刃のお鹿のことに思いを巡らしたりすることについてもメモしたいなと思ってるのだけど。
1トピックでも十分ダラダラ、ここで止め。


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