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優秀層こそ起業を!-経産省の出向起業制度を深掘り

デライト・ベンチャーズのベンチャー・ビルダーから、このたび経済産業省(以下 経産省)の出向起業等創出支援事業(以下 出向起業制度)にオンラインパーソナルフィットネス"WITH Fitness(ウィズフィットネス)"を運営するウィズカンパニーと、情シス部門におけるSaaSのアカウント管理をスムーズにするzooba(ズーバ)の2社が採択されました。

出向起業制度は、起業したいと考える大企業所属の方々にとって、リスクを減らして起業できる画期的な制度だと考えています。今回はこの制度を創設した経済産業政策局 産業人材課 課長補佐 奥山恵太様と、制度への応募を推薦したデライト・ベンチャーズ CFO辻口敬生の二人に「出向制度を活用した起業という選択肢」について取材しました。特に起業をしたいけど、さまざまな事情で諦めている大企業所属の方々に読んでいただきたい内容です。

きっかけは、自身の「起業」失敗経験から

--出向起業制度を創設した経緯を教えてください

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経済産業省 経済産業政策局 産業創造課 課長補佐 奥山恵太氏
新卒で経産省に入省し、社会人歴12年。主に化学産業の規制緩和・国家衛星開発プロジェクトのマネジメント業務に携わり、MBAをカリフォルニア大学サンディエゴ校で取得。内閣府での宇宙スタートアップ支援業務を経て、「出向起業」補助制度を自ら企画し、大企業等社員による資本独立性のあるスタートアップの起業を後押し(現職)。

奥山:スタートアップとの出会いは米国留学中に、現地の投資ファンドでのインターンで得た知見を活用して、現地の大学発スタートアップの経営支援に携わらせていただいていた時でした。その際、米国の起業家は、プレゼンの習熟度は高いものの、事業経営全般に係るポテンシャルに関しては、日本の大学生も全く劣っていないと感じた事を覚えています。その影響からか、日本に帰国した後でも、日本政府で仕事をしながら、業務外で、新しい事業に挑戦している人を応援したり、自ら起業の種を探したりしていました。

その後、宇宙機器メーカーのエンジニアから、宇宙の環境問題解決に貢献する新規の人工衛星部品を開発する社内新規事業について、実証実験まで進めていたものの、初回の実証に失敗したことで開発チームは解散し、事業から撤退することとなった案件があると伺いました。他方で、当該エンジニアの方は、もし外部資金調達ができれば、開発を続けて事業化したいとの思いがありました。これを踏まえ、私がスタートアップを別途設立してCEOとして動く出口も想定して、VC投資家の方々と相談し、資金調達を検討し始めました。同時並行で創業チームを形成する必要がありましたが、熟考の結果、私自身、何の実績もないスタートアップに、扶養家族のいる大企業のエンジニアを迎え入れることにためらいがあり、出向という形で当該宇宙機器メーカーに協力を仰ぐ方針で調整を行いました。宇宙機器メーカー幹部の皆様は、私の提案を真摯に受け止めてくださり、数ヶ月の間、真剣に出向を検討してくださいました。しかし、結果的には出向の了解は得られず、出向を通じたチームアップを断念せざるを得なくなりました。資金調達も実現できず、私の起業への挑戦は、始まる前に失敗に終わりました。

この起業失敗経験を通じて、扶養家族や住宅ローンの負担がある大企業社員の方々で、所属企業で稼げる生涯年収との比較を考えてしまうことで、起業への一歩を踏み出せずにいる方が日本中にいらっしゃるのではないかと、推測するに至りました。起業を通じて急成長するスタートアップを生み出せる種があるにも関わらず、リスクを考えると一歩が踏み出せない方々が、沢山いらっしゃる可能性があります。起業失敗を経験したからこそ、今は起業したいという思いがある人のその一歩を踏み出す力を後押ししたいと考えたのが、この出向起業制度を創設したきっかけになります。

--具体的に出向起業等創出支援事業はどのようなものになるのでしょうか。

奥山:一言で言えば「大企業等に所属する人材が、辞職せずに外部資金調達・個人資産投下等を経てスタートアップを起業し、出向等を通じて当該スタートアップをフルタイムで経営する場合に、国から費用を補助する」という仕組みです。起業というと、背水の陣を敷くと思われがちなのですが、出向元のサポートを得ることで、セーフティーネットありの起業ができる制度です。

--特にどのような方からの応募があるのでしょうか。

奥山:昨年の制度開始以降、これまで約2年間で約150名の出向起業を希望する方からの問い合わせがあり、実際に出向等を勝ち取れたケースについて、累積で24社の出向起業スタートアップを採択しています。DeNAからデライト・ベンチャーズに出向された方が起業した2社は、本年10月に採択されています。
「自らが出向起業をしてみたい」という出向起業希望者のみならず、大企業内の社内起業制度や新規事業部の御担当の方からのお問い合わせも沢山いただいております。
特に社内起業制度や社内新規事業コンテストに係る担当者の方の悩みとしては、制度新設1年目には社内から沢山の応募が集まる一方で、出口が既存事業部への吸収や100%子会社化程度しか用意されておらず、その1年目の優勝・入賞チームに、既存事業向けのガバナンスがかかることで事業化に進むことができない。この実態を把握した社員の方々が、2年目~3年目の応募を躊躇してしまう、というパターンがございます。このような場合に、企業の内部での事業化にこだわらず、外部資本を活用して出向起業スタートアップとしてカーブアウトして事業化を目指すことで「既存事業へのシナジーの追求」「数百億円程度の売上高の予見性」「不確実性の排除」等の既存事業向けのガバナンスを回避し、スピード感のある事業化を進めることができるのではないかと考えられ、出向起業を制度の出口に据えることを検討される方が多いと感じます。

自身が社長になることが起業家としての成長を生む

--ガバナンスを回避するという観点も含め、大企業の内部で行う新規事業と、独立起業や出向起業を通じて外部にカーブアウトして新規事業を開発することの違いはどのように感じていますか?

奥山:企業の内部で進める新規事業と、独立起業や出向起業を通じてカーブアウトして進める新規事業の違いは

<企業内>
①既存事業レベルの品質管理・風評リスク管理等が求められ、意思決定の稟議ルートは比較的長くなる傾向
②既存事業とのシナジーやメリットを求められる。企業価値最大化の観点から、売上高が大きく営業利益率の高い既存事業に、優秀な人材がアサインされ、新規事業に人材が配置されない可能性も
③既存事業に準ずる売上高規模(数百億円等)が見込まれる等、大企業内で説明が通らないと、社内予算が確保できない
④社員個人が新規事業に係る株式を保有することは稀であり、新規事業開発を通じたキャピタルゲインと報酬は切り離されている

<独立起業/出向起業を通じたカーブアウト>
①稟議ルートが短くなり、意思決定スピードが速くなる
②(出向起業スタートアップであっても、出向元大企業の保有株式の割合は20%未満に限定されるため、)既存事業とのシナジーやメリットは、求められるケースは稀
③スタートアップとしての市場性を説明し、VCや外部から資金を確保する。このため、スタートアップとしての市場性の検証に集中する必要
④(社員個人が株式を保有している場合には、)キャピタルゲインを獲得できる

という点にあると思います。

--これだけ見ると起業した方が数倍、事業の進展が早いように見えますが、起業することのマイナス点はどこにあるのでしょうか。

奥山:先に述べましたが、セーフティーネットありの起業として、出向起業を提案させていただいている理由が、ここにあります。起業することは、ともすれば生涯年収数億円を稼げる大企業を辞め、背水の陣で事業化を進めることと(特に企業に勤めている方々には)思われがちです。また、起業すると自身の能力が全てになるので、そこで一人で戦っていけるのかという不安を持つ方も多いかもしれません。出向起業の場合は、自身の人件費の大部分は、基本的には出向元企業が負担し、失敗しても出向元に戻ることができるルートが確保されているので、安心して起業できるという良さがあります。

辻口:自分の能力に対する不安はまさにその通りだと思います。私自身、大企業に所属しながら副業でベンチャー起業の運営に従事していたときに、自分がこれまでいかに企業内の人材に頼ってきたかを思い知りました。ベンチャー企業だと社内に頼れる人材がいないことも多く、全て自分で解決する必要があり、切迫感により否応なく成長させられる感じがあったことを記憶していますが、不安に思う方があるのもわかります。

奥山さんの指摘された課題を、デライト・ベンチャーズも認識しており、その解決策の1つとして起業の成功確率を最大化する発想をもとにセーフティーネットありで起業家を育成する「ベンチャー・ビルダー制度」を立ち上げています。

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デライト・ベンチャーズ  プリンシパル / CFO 辻口敬生
大学卒業後事業会社に入社し法務・広報・IR・ベンチャー投資を経験。MBAをWashington University, Olin 校で取得。
その後、Ernst & Young NY office, コーポレイトディレクションを経て、2010年にDeNA入社。SF駐在員として米国企業のM&AとPMIに従事。帰国後、ベンチャー投資推進室でベンチャー投資とM&Aを担当。2021年10月にデライト・ベンチャーズ参加後は、主として財務・会計・法務の分野を担当。

--デライト・ベンチャーズのベンチャー・ビルダー制度と出向起業制度の類似点はどこにありますでしょうか。

辻口:ベンチャー・ビルダー制度と出向起業制度の類似点は以下にまとめられると思います。

<類似点>
①セーフティーネットありきの起業ができる
②独立しスピンアウトすることを求められるため、あらゆる点で事業や会社の市場性を体感することができる
③株のマジョリティは起業家自身が持つため、成功したときのメリットを享受できる
④(DeNAという)企業の利点を活用できる

まず①のセーフティーネットありの起業ですが、ベンチャー・ビルダー制度は、起業の中でも最も失敗しやすいとされる初期のPMF(プロダクト マーケット フィット)の段階からサポートします。②とも連動しますが、ベンチャー・ビルダー担当の坂東のnoteにもあるように、プロダクトやソリューションありきで、マーケットがないのに新規事業アイディアを練り上げてしまう起業家は多くいます。ただし、市場がないとビジネスにはなりません。デライト・ベンチャーズではこの段階で壁打ちをした上で、市場性やその企業にとって商機があると判断した場合、次のステップとしてプロダクト開発を行います。セーフティーネットありの起業という意味では、この段階でDeNAの社員であればデライト・ベンチャーズに出向して起業準備を、別の企業の方であればEIR(客員起業家)としてデライト・ベンチャーズが雇用や業務委託の形態を取りながら起業準備をすることができます。自身の雇用や一定の収入を確保しながら起業準備を行うことができる。背水の陣を引かなくても起業できる形になります。
2点目として、ベンチャー・ビルダーを通して起業する場合は他のVCからの資金調達をし、スピンアウトする必要があります。デライト・ベンチャーズ内でも事業の市場性は問われますが、他のVCも市場性を鑑み投資を検討するため、事業がその度にブラッシュアップされます。先程の奥山さんのお話にあった「大企業内で説明を通し、社内予算を獲得することを想定して事業化を進めること」が果たして事業の成功確率を高めることにつながるかと考えると、「いかに市場性があるのか」を突き詰めて考えた方が事業の成功確率は格段に上がるのではと私たちも考えています。
3点目は、起業家のやる気とコミットを高めるためのインセンティブ設計ですね。自ら株のマジョリティを持つからこそ「経営者」としての目線でコミットすることができます。

大企業だからこその利点をフル活用

辻口:4点目として、私たちの投資先スタートアップや、デライト・ベンチャーズのベンチャー・ビルダーで起業している起業家たちが、DeNAの支援を受けることができるようになっています。

これは、DeNAのエンジニアやデザイナーなどを活用できることももちろんなのですが、もう一つの利点としてはDeNAの繋がりや営業渉外部の助けを得ながら初期のお客様への声がけができるようになっています。

奥山:これはまさに大企業からの出向起業と同様ですね。もちろん企業側の判断によりますが、出向起業の場合も出向元の企業の名刺を活用しながら初期の営業先まわりをするということが可能な場合もあります。知名度の低い新設スタートアップからいきなり問い合わせが来るより、企業のネームバリューを活用して安心感を得ながら問い合わせる方が、成功確率は上がるかもしれませんね。

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--なぜデライト・ベンチャーズで起業している2社にこの出向起業制度を推薦したのですか?

辻口:支援金が頂けることもさることながら、出向という形を取りながら起業ができるということを、事例をもって示していきたいと思ったからでしょうか。私たちデライト・ベンチャーズとしては、日本からより多くの起業家を輩出し、起業が当たり前のキャリアになる社会を作りたいと考えています。退職して退路を断って起業する以外にも、出向を絡めて起業するという方法もある。そう考えたので、まずは率先してこの制度を活用した事例になるべく、応募を推薦しました。

奥山:ありがとうございます。私自身も出向起業が当たり前になるように、デライト・ベンチャーズがこの枠組みを活用して成功事例を生み出してほしいと考えています。日本で次々と起業家を生み出すハブのような機能を担っていただきたいと考えています。

辻口:そうですね。そして、この仕組みで支援を受けている企業に箔が付いていくようになればいいですね。審査もさらに厳しくなるとは思いますが、だからこそ、この出向起業を通した起業家は出資されやすいなどとなるといいですね。

外を向くことで、新たな世界が見える可能性も

--起業を検討している大企業の方にお二人から一言お願いします。

奥山:「試しに1回、外部の投資家に事業案を相談してみてください」と申し上げたいです。新規事業を進める上での資金調達先は、所属企業内の上司だけではなく、外部の投資家という選択肢もございます。社内で説明して、予算が獲得できなければ事業化をあきらめる、という考え方はもったいないと感じます。社内よりも、外部投資家に評価される新規事業案が、大企業の中に多々存在していると思います。外の人に会ってみて、事業アイディアや課題をぶつけてみてブラッシュアップする。そして、出向起業に応募していただければ、雇用が確保されたまま、ローリスクで起業にチャレンジできる可能性もあります。 

辻口:日本も様々な形のベンチャー・キャピタルも増え、ビジネスとして市場がある場合は出資されることもあり得ると思います。社内予算だけが全てだと思わず、ぜひ周りの世界にも目を向けてみてください。

--お二人の話を伺いながら、企業の内部だけで検討するのではなく、外を向き外部の方と接することで新たな事業や起業の可能性が拡がることがわかりました。

起業に少しでも興味がある方はぜひデライト・ベンチャーズのベンチャー・ビルダー制度へチャレンジしてみてはいかがでしょうか。


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