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アーティストとコレクターとレコード会社

90年代後半からMP3フォーマットのポータブル・プレーヤー・アプリにはじまり、03年にアップル社によるITunes(そのちょっと前には悪名高いNapsterがあった)がリリースされると一気に音楽のデジタル販売が世界規模で広まっていった。さらにサブスクやストリーミング・サービスがリリースされ音楽は所有するものじゃなく共有するものだというパラダイム・シフトが起きたのは周知の事実。

そのパラダイム・シフトが過去の遺産を呼び起こした。それまで隅に追いやられていたアナログ・レコードの復権だ。

ここ数年のレコード売り上げがすごい。フォーブス誌によれば、RIAAによると、昨年は1986年以降で初めてレコードの売上がCDを上回った。

ここ日本でも一般社団法人日本レコード協会によれば、アナログ・レコードは、数量110万枚(前年比90%)、金額21億2千万円(前年比99%)となり、3年連続で20億円以上を維持しているようだ。

2007年に発足したイベント、レコード・ストア・デイは世界規模で盛り上がりを見せ日本でも毎年開催されている。しかも、年ごとに開催回数が増えているという。ここまでくると、どんなひねくれ者でアナログ・レコードが盛り上がっていることが作為的ではなくて事実であることを認めざるを得ないだろう。

2019年のレコード・ストア・デイ・アンバサダーを務めた高橋幸宏さんはレコードの魅力についてこう語った。

「ジャケットを撮影したカメラマンや、帯のコピーを紡ぎ上げるコピーライターとミュージシャンのつながりが、音楽をどれだけ面白くしてくれるか。そうして出来上がった30cm×30㎝のアートワークにはファンを惹きつける力があるし、思い入れのある1枚ならば帯を捨てたりしないでしょう。音楽における“アナログ”とはそういうこと。人間どうしがモノに集まって自然とつながれるし、逆にモノがないとつながった気になれない。これからきっと、そういう風になっていく。若い世代はレコードに針を落とすのも上手くはないだろうけど、失敗した時のドキドキ感なんかも、実は大切にしたいことなんです」

こうした作り手の思いみたいなものを知ってか知らずか、音楽をストリーミングで共有する一方で、自分の好きなアーティストや楽曲を手元に置きたいというリスナーの欲求が、アナログ・レコードというメディアに向けられたようだ(カセット・テープも)。元々アナログ世代のレコード・マニアやDJ以外にマーケットがなかったはずのアナログ・レコードに、若い世代やレコードを捨てたオールド・ファンが戻ってきた格好だ。ずーっとレコードを買い続けてきた人間からすると「?」だろうが。

ここまで今更な話をしてきた理由は、アナログ・レコード・マーケットが活況を呈することで新しい(?)楽曲リリースの形みたいなものが見えてきたからだ。

それは80年代中期から活動を開始し、世界中にファンを持つジャングル・ブラザースというベテラン・ラッパーたちのお話。彼らの歴史についてはリンクを見ていただくとして、彼らは88年のファースト・アルバムからレコード会社を通してコンスタントに作品を発表してきたが、時代の流れには逆えず昨年にはついにアップル・ミュージックなどに代表される音楽配信用プラット・フォームからデジタル配信リリース・オンリーとなった。

まさか!!あのジャングル・ブラザースがデジタル・オンリーで作品を発表するとは!!少なからず昔からのファンだった僕は軽い衝撃を受けたのを覚えている。「ヒップホップはユース・カルチャーだ」という言葉があるが、ヒップホップ・シーンにおいてベテラン・グループが生き残って行くのは厳しいんだなと思った。

作品自体は、決して最新モードのヒップホップではないが、彼らが作り出してきた世界観みたいなものがブレずに出た、わかりやすい言い方をすれば90年代ヒップホップを想起させる楽曲ばかりだった。率直に言ってオールドスクール・ファンで最近のヒップホップには手が出ない僕から言わせればとても良い塩梅のヒップホップ。少々レイドバックしすぎな感も否めなかったが普通に楽しめた。

しかし、デジタル・リリースの悲しいところで、DJをするわけでもないいちリスナーの僕は楽曲を購入することもなくYOU TUBEチャンネルにいいねをするのが関の山だった。

それから約1年後、思わぬ形でこのアルバムと再開することになった。

それは僕がマイ・アイドルのひとりとして長年に渡って推してきたダブル・ディー&スタインスキーさんからの一通のメールだった。彼らと知り合ったのは2年前、彼らが開設したHPを発見しコンタクトしたことがきっかけだった。

そこには彼らの名をこの世に広めることになり、数多くのDJ/クリエイターに影響を与えたカット・アップによるメガミックスの大名盤「Lesson1,2&3」のオリジナル盤やDJシャドウ&カットケミストに更新されてきたこの「Lesson」シリーズが本人達の手で公式に更新された「Lesson 4」なるレコードが紹介されていた。

僕個人がこのレコード買うよりもっと多くのファンに知ってもらいたいなって思いで(もちろんレコード会社としての意地みたいなもんも少なからずあった)、この「Lesson 4」の日本の窓口をさせてもらった。記念にロングTシャツも一緒に作らせてもらった。

それ以来、彼らとはメールで情報交換させてもらっていた。自分のアイドルでもある彼らと話せることがとても嬉しかった。そんなある日、彼らからメールがあった。

「僕らがデジタル・リリースした作品をLAのコレクターが個人でアナログ・リリースしてくれるらしい。そのコレクターはジャングル・ブラザースのアルバムもリリースするらしいよ。一緒に日本の窓口をやらないかい?」と。

そう彼らも、ジャングル・ブラザースと同じ2020年に自身の作品をデジタル・リリースしていたのだ。

つまり、ダブル・ディー&スタインスキーとジャングル・ブラザースのデジタル・リリースされた作品を聴き、彼らのファンであるレコード・コレクターが私財を投げ打ってアルバムをリリースするというのだ。しかもレコード・ディストリビューターを通さないでファンだけに直接売るというピュアな形で(正直、ジャングル・ブラザースがよくOK出したなと今も思っている)。

これってレコード会社やレーベルの仕事だよね?!僕はそう思った。僕自身レコード会社のようなものをやってる身としては、これは僕がやるべきことだったのかもしれないとも思った。それはさておき、ようはデジタル・リリースされた作品に対して、ある程度の知識とお金があれば直接アーティスト自身にコンタクトして容易にリリースできちゃう時代なのだ(それができるのも前述のアナログ・マーケットの拡大があってこそと推測する)。

余談だが、大昔、一線から退いたロック・ミュージシャンやソウル・シンガーを医者や弁護士と言ったお金持ちのコレクターが自分のお金で来日させ自分の家に泊めつつ、自分とその家族のためだけにライブをしてもらったなんて話を思い出した。

話を戻そう。しかも、そこには、アーティストが作ったアルバムを不特定多数に大量に販売することを目的としない、本当に好きなファンだけに流通させようという意図が見える。なんかとても良い形だなぁとしみじみ思った。と同時に、極論だけどメガヒット・アーティスト以外は、レコード会社なんていらないのかもしれないとも思った。

だから、僕はダブル・ディー&スタインスキーさんの申し出を受けることにした。そんなに大きな数はオーダーできないかもっていう条件付きで。彼らはすぐ「OK」と返事をしてくれた。

そうやってリリースされたのがこの2枚の作品。彼らの音楽が好きな人はぜひチェックしてください。

The Jungle Brothersとソロ作品2作、Public Enemyプロモ用7インチも追加されました。


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