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Big Apple Productionについて①

「Big Apple Productionシリーズ」。DJがダンスフロアにいる人々を踊らせるために制作した、ヒット・ソング数珠つなぎのメガミックス・レコードの最高峰だ。もちろん、公式ではなく非公式のブートレッグ作品。

70年代後半から、ディスコ・シーンが燃え上がり音楽業界が大きな転換期を迎えた。12インチ・シングルという新しいメディアが登場し、7インチ・シングル中心だったポップ・ミュージック楽曲の収録時間を数分から十数分へと拡張し、楽器中心だったアーティストをレコード中心のDJという存在が脅かしはじめた。

そんな時代だからこそ、著作権などどこ吹く風、新しく面白いアイデアに満ちたものならなんでもOKとばかりに「Big Apple Productionシリーズ」はリリースされた。

82年に、〈Big Apple Records〉から「BIG APPLE MIX〜Medley Of The His 1982」、〈B&W RECORDS〉というレーベルから「Big Apple Mix Vol.1」、同内容でタイトル違い「Big Apple Production Vol. 1」が相次いでリリース。もはやどれがオリジナルか?ブートなのか?わからない(どれもブートではあるが)。

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前2枚は、「Special Disco Mix」というタイトルがクレジットされており、70年代後半からすでにリリースされていたDJによるブートレッグのメドレー(=メガミックス)作品を踏襲している。ミックスを手掛けたのは、Mikey D'MerolaDiscomusic.comによれば、彼はブルックリン出身のDJで、4台のレコードを操りスキルフルなDJミックスをすることで有名だった。その後、そのミックススキルを買われニューヨークのFMラジオ局〈Disco 92 WKTU〉のミックス・ショーで自前のミックスを披露するまでになったという。となれば当然、リール・トゥ・リールでのエディット・スキルも身に付け、有名メガミックス・シリーズ「Bits & Pieces」、「Big Apple Mix Vol.1」をリリースした。しかし、この説とは別に、詳しくは後述するがThe Latin Rascalsが手掛けたという話もある。真意のほどはわからない。その後、「Big Apple Mix Vol.1」から〈PAHSA RECORDS〉へレーベルが変わり「Big Appleシリーズ」がVol.3までリリースされていく。内容は「Big Apple Production 」とは別ミックスだ。

そして、3枚目がわからない。妄想するに、その後「Big Apple Production 」シリーズをリリースすることになる〈J&T Records〉の偽名ではないか?まぁ、所詮ブートなんで本当のところを気にしてもしようがない。

その〈J&T Records〉。J&TのJの人は、Julinho Mazzei。1977年にサンパウロの〈Difusora AM〉でニューヨーク・スタイルのDJミックス・ショー〈The Big Apple Show〉のホストとして活躍した。彼はニューヨークにいながら英語とポルトガル語のトークで番組を制作し、ニューヨークのディスコ・シーンを再現したという。

J&TのTの人は、Tuta Aquino。音響工学を学ぶためにニューヨークを訪れ、ディスコに魅せられDJとなりFMラジオ局に勤めた。その後、86年に〈Prime Cuts Studio〉を設立した。このスタジオはレコードのカッティングやプレスも出来たため、Shep Pettiboneをはじめ数多くのDJが使用した。また、本人もリミキサー&エディターとして、MadonnaやJanet Jackson、C&C Music Factoryなど様々なアーティストの作品を手掛けた。ふたりともブラジル出身だったのでThe Kids From Brazilとも呼ばれていたらしい。続く、、、。

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