『北風のリュート』こぼれ話
『北風のリュート』をなんとかぎりぎりセーフで完結させることができ、今、軽い放心状態です。51話、11万字の長い小説をお読みいただき、心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。
制作秘話などというたいそうなものではありませんが。いくつかの偶然がありました。
この物語を書き始めたときにあったのは、冒頭の「そこは世界の蝶番のような場所だった」から始まる『龍秘伝』の「伝承」の部分だけでした。これは半年ほど前に書き、そのまま考えあぐねて放置していた一節です。
去年とは異なり、今年の創作大賞には「ファンタジー小説部門」があったので、あの一節の続きを書こうと思い、タイトルをどうしようかと考えていて、ふいに『北風のリュート』という言葉が降りてきました。前後の脈絡もなく、突然に、ぽーんっと。
そこから物語が走りはじめました。
龍の背に乗ってリュートを奏でる少女が世界を救う――。
どんな危機から?
そんな連想のつながりで、空自パイロットと気象研究官をサブキャラにすることにしよう、と構想を立てた時点では、ドラマ『BLUE MOMENT』のことはまったく知りませんでした。気象庁について調べていて、ドンピシャのタイミングで気象研究所の研究官を主人公とするドラマが放映されていると知って、腰をぬかしたほどです。(ドラマに引きずられるのが嫌で、ドラマは観ていません)
他にも、偶然がありました。
鏡原クライシスで日本が全世界から締め出される部分を書いているときに、CDCについて調べました。当初は、CDCが調査官を派遣するぐらいのつもりだったのですが、ちょうど今年(2024年)の2月5日にCDCの東京オフィスが開設されたことを知り、それにも驚きました。同時に2023年9月に内閣感染症危機管理統括庁ができたことも知ったのです。なお、日本版CDCといわれる国立健康危機管理研究機構は、来年(2025年)4月に発足します。これらのことを、まさに芋づる式に知ることになり、ちょっと震えました。
流斗がレイに「レインボー」という渾名をつけたのも、当初から意図したものではありませんでした。たまたま「ぽろっと」、ほんとうにぽろっと、「レイ、レイ坊、レインボー」と流斗に書かされてしまったのです。
それを書いた直後に、『BLUE MOMENT』の監修をしていらっしゃる気象研究官の荒木健太郎先生の著書で環水平アークを知り、ラストのイメージがぱあっと湧きあがりました。
つまり、頭とお尻は決まっていたけれど、真ん中が真っ白の状態のまま走り出したわけです。
偶然といえば、カレンダー上の偶然もありました。
なんと今年(2024年)と、物語の設定の2030年はカレンダーの曜日がまったく同じなんです。当初は2050年くらいも考えたのですが、25年も先にスマホはあるのだろうか、とか。戦闘機はどうなっているかの予測がつきませんでした。今よりちょっと先の未来ぐらいがリアル感も出せると思い、キリのいい2030年に設定したにすぎないのです。
3人の出会いになった航空祭の日をいつに設定するかや、緊急対策本部の発足を設定するにあたり2030年の曜日を確認して、驚いたしだいです。
ボーダーコリーのボッシュの死から作戦決行までの1か月の日程の設定については、カレンダーとにらめっこしながら、ああでもない、こうでもないと検討を繰り返していました。
最も悩んだのが、最終日、北風の龍が鏡原を救ってくれる日をいつにするかでした。
そう、それについては、少しだけ自慢してもいいですか。
2030年7月1日は、実際に「新月」です。まさに「七の新月」の日です。
2024年(今年)の新月は7月6日。そこだけはカレンダーが違いました。
6月1日にSNSでバズってから、世界から締め出され、とりあえずの緊急対策本部を立ち上げ、また別の「空の赤潮対策本部」が発足し、全住民避難を完了して作戦を決行する。その間に紆余曲折のあるなか『龍秘伝』を見つける。これだけのことが7月1日までに可能なのか。あれこれ脳内シュミレーションを繰り返し、ぐちゃぐちゃと悩みました。もうあきらめて、今年の新月に当たる7月6日にしようか、と計画をずらしたり。ずうっとパズルを解いていました。
今作品を書くにあたって最も重視したのは、「読んだ人に楽しんでもらえること」です。日本のアニメやエンタメは本当にすばらしい。その後塵の後塵の埃ぐらいを拝することができれば。そんな気持ちで書きました。もしも、いくばくかでもお楽しみいただけたなら本望です。