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SHURE M44系 怒りの2万字ランデヴー

※2022/10/24 追記
 KoileLinesさんについて現状に合わせ修正。



◯はじめに


最近Shure M44Gを中心にちょっとした冒険を続けている。 
かねてより10年近くM44-7を導入していたDJの友人が、高円寺のEad Recordさんで購入したリード線(※ハンドメイドリード線を委託販売されている。友人が購入したのはKoike Lines製)に衝撃を受け怒涛の連絡を送って寄越したのがきっかけだった。
平時であれば返信に早くて一日掛かる友人が返信も追いつかない速度で矢継ぎ早に感動を伝えてくる……(しかも札幌の◯レ◯ャ◯◯ー◯で前線を張っていた男の耳経由で)となればその感動は本物であろうと推測が付いたが、いかんせんM44系が手元に無い……しかも2018年5月時点でShureがアナログカートリッジの生産から撤退したため絶版となっている。

しかしとうとう……とうとうM44系に手を出す時が来たのではないか、これもしかして運命なんじゃないか……と甘言が頭をよぎったが最後、気づけば中古市場を漁る日々が始まってしまっていた。

覚悟を決めて決済ボタンを押した結果悪徳転売業者の罠にかかり、手元に送られてきた邪悪な音色に頭を抱えていたところに届く「バチバチに直せる人おるで」との福音、圧倒的クラフトマンシップを誇るリペアマンからもたされたモンスーンもかくやな情報の濁流、M44G究極召喚のため札幌から東京の地へ飛んでしまったあの日……

以下、
・M44系の中古市場状況について
・M44系の購入に際する注意について
・これまで使用してきたカートリッジについて
・各M44系カートリッジ、針およびリード線についての比較
・カスタムのすすめ
を丸っと記載する。

計2万字を超えてしまっております、入眠のお供にでも是非。



◯中古市場のM44G、M44-7について 


ご存知の通りM44Gは2022年時点でプレミア化している。
針付き定価約7000円に対し純正針付きM44Gは中古ストア、フリマ共に8000円〜からが基本的な相場となっており、状態の良い純正針が付属となると12000円前後、デッドストック品では20000円以下になることはほぼ無いようだ。
一方M44-7はGに比べ大きなプレミア化とは成っておらず、ヘッドシェル付きで5000円前後、新品カートリッジ+純正交換針付きで10000円弱に落ち着いているように見受けられる。たまにすこぶる状態のよい2本セットで3000円以下のものもあったりするが。
リスニング向けのM44Gの方が相場が高い……のは何故かは知らないが、44−7の方が現状M44系の導入経路としては易しいということになる。

なんで?


こちらはM44系リペアの大ベテランの方より伺った話(詳細は伏)だが、M44系は「プロユースでありながら粗製」であり「何本かまとめ買いして当たりの個体をラジオ局などで使用」し「壊れたら使い捨てる」のが共通のスタンスであったという。また「度重なる修理に耐えられる構造ではないと思ってくれたほうがいい」とのことだった。
つまり、現状のプレミア市場とM44系自体の性質は非常に……ミスマッチと言うことだ。

ただ、どちらも中古市場を覗けば必ず販売中のものが存在する。また個人オーディオファンの長期保管品が放出されるタイミングもまあまあの頻度で存在し、2週間程度市場を注視すれば恐らく比較的状態の良さげなタマに遭遇できるだろう。絶版から4年経っても弾数自体は安定しているというこの状況はShureの設計方針の賜物か……感謝すべきかは微妙だが、とりあえずそういう状況ではある。




◯M44系を中古で購入する際のあれこれ


M44系を購入するにあたって注意すべき点を何点か発見したので以下に記載する。これらは絶版済のオーディオ用品を購入するに際してある程度共通する要素になりそうだ。


・カートリッジの状態について


カートリッジの状態について最も気にしなければならないのは……ホールピースの状態ではないかと思う。針側の端子を差し込む、M44Gで言えば菱形の穴だ(各社構造が異なる。例えばortofonはカートリッジ側端子が出っぱっているので存在しない)。カートリッジ単売の商品であれば正面からの写真で確認することができる。
兎にも角にもこの部分の耐久性が怪しい、というのが第一の印象である。
こちらは素人のザックリとした見方だが、針を差し込む菱形の穴を正面から見て右上の辺と左下の辺に設置されている金属端子が中心部に寄っているように見える場合は危険なタマの可能性が高い。針が挿入できない、挿入できても針の角度が大幅に傾いてしまう(ジャイロする)、または最奥部まで適切に挿入できず正しい再生ができない、といった可能性がある。
正常な状態では金属端子は辺と一体化して見え、端子全体が目視できるほど飛び出ない。

アウトな例 - 右上側の端子がはっきり露出している。こんなん届いたら叫んじゃうね


ホールピース内の端子に関しては、例えば針を交換する際に挿入角度や力の込め具合のほか、装着後であっても不用意な外圧を加えると容易に曲がってしまう繊細な箇所であるため(自戒)、前オーナーや販売者の取扱いが粗忽な場合悪影響を受けている可能性が高いと想定すべきだ。針が装着済の場合多くはホールピースを確認できないが、正面からの画像で装着されている針が恐ろしい角度で傾いている場合、ホールピースがお陀仏している可能性がある。

また次項とも関連するが「(針が無いため、などで)音出し確認できていません」と記載されている場合はそもそも”針が挿入できない”個体であることを想定すべきだ。

※しかしながら、これまたベテランリペアマンの方より伺った話だが「M44系のホールピースおよび純正針には個体差があるため、正面から見て針自体がある程度左右に傾いていてもそれは個体差として許容すべし」とのことだった。
デッドストックのカートリッジにデッドストックの純正針を挿入しても相性によって傾きが発生したり、針側の端子(金色部)と針ボディの樹脂部分を圧着する際の微妙なズレによりホールピースが健康であっても傾きが発生してしまったりといった場合があるとのことで、明らかにどう見てもトレースに影響が出ると思われる極悪な角度でなければある程度妥協は必要になってきそうだ。
ただ上述の通り不適切な取り扱いによって発生した外圧から起こる曲がりも勿論あるので、最終的に傾きがある商品の状態が妥当であるか否か(トレースが正常にできるか否か)については自身の選球眼と……運に頼るところが大きい、といったところか。

他には併せてリード線接続端子に傾きがないか、なども確認してみるとよいかもしれない。

キモ!と思った傾きは買わないほうがいいと思う これはキモい



・音出し確認の有無について


これはどのカートリッジにも関わらずだが、商品説明欄に「音出し確認できていません」と記載されている商品は基本的に購入を避けるべき。「左右音出しOK」「動作確認OK」などと記載されている商品が最低ラインだと考えたほうがよいだろう。上記のようなホールピースの不具合や内部断線があり音出しができないジャンクに「よくわかりません」とシラを切る免責が添えられていてもこちらからは判断できないからだ。不良品が届いたら正々堂々首を絞められる相手からのみ購入しよう。



・純正針の有無、状態について


Shure純正の針が装着された個体は確実に販売価格が高くなる。
これはオーディオマニア特有のオリジナル原理主義によるもの……というわけではなく、Shure純正針が携える強烈な個性がもたらすものだろうと考えている。
実際にShure純正針、JICO針(DJ用)、100Sounds針、謎ヨーロッパ針をそれぞれ比較した限りでは(比較詳細は後述)確実に純正針独特の音色は存在し、且つ完全に純正針を再現できるモデルは上記の針からは確認できていない(JICOのN44G IMPはもしかしたらイケるかも。聴いてないですけど)。

ミニ四駆みたいにカスタムが楽しめちゃうし、力加減を間違うと諭吉が飛ぶ


手に入れる前から純正針の音色に魅力を感じることは勿論不可能だが、興味があるならせっかくなので純正針付きの品を購入してもよいだろう。
ただ50年以上も生産されていた品のため(カモメマークのアメリカ製からマーク無しのメキシコ製に移行したのが90年頃)、正直一発目の購入で具合の良い針を入手するのは難しいかもしれない。カンチレバーの曲がりや傾きが見受けられないものでも、ダンパーの劣化で底突きしてしまうものなど数しれないからだ(勿論不都合な状態を秘匿する出品者は沢山いるだろうし、転売アカウントなら尚更……)。

リペアマン等に頼らず初めから程度の良い品を手に入れたい場合は、粘り強く「長期保管品」「デッドストック」などを探すとよいかもしれない。派手に傾いているもの、ねじれているもの、潰れているものなどは勿論のこと、曖昧な説明に終始する出品者には手を出さないのが吉だ。



・ヘッドシェルについて


例えば組み合わせとして定番のTechnics製ヘッドシェルは中古で2本セット3,000円〜程度となっているが、M44系の場合ヘッドシェルの有無で中古価格が上下することは基本無いように見えるので、カートリッジ+ヘッドシェルの形で購入できれば手間は少ない。
ただTechnics製の例のヘッドシェル+M44G+純正針 の組み合わせだと、規定針圧が0.75〜1.5gと軽いことに加えTechnics製ヘッドシェル自体も軽量シェルとなっているため、インサイドフォースキャンセラ等を整えても十分なトラッキング性能を得られない場合がある。
その場合ヘッドシェル自体を重量のあるものに交換するかシェルウェイトを装着するか等対策を行う必要があるが、Technics製お馴染みヘッドシェルは「ネジ式シェルウェイト用ネジ穴」が有るモデルと無いモデルが有り、穴が無い場合はカートリッジと共締めの板型ウェイトのみ使用可能となる。
筆者が調べた限りではTechnics純正を模倣した中華製ネジ式ウェイト(2gと4gのやつ)の方が板型ウェイトより俄然入手難度が低そうだったので、参考にされたし。



・リード線の状態について


ヘッドシェル付きの中古商品を購入する場合リード線も付属してくるが、リード線は単価が安くカスタム性もあり且つカスタム難易度も高くないので、いずれ別途付け替えるものとしてそれほど頓着しなくてもよさそうだ。
M44系へのリード線カスタムのアプローチとしてはEad Recordさんのウェブサイトか高円寺の実店舗にお邪魔するのが強く参考になる。

※2022/10/24追記
EADさんの公式Instagramを見る限り22年10月現在もKoileLinesさんは新作リード線を開発・新規取扱されているようだが、現状EADさん公式HPからはKoileLinesの商品が確認できなくなっている。
EADさん公式が新サイトに移行中のためそのうち表示されるかもしれない。
KoileLinesさんの公式サイト、FB、Insitagram含めコンタクト窓口が少々難判断となっているため、引き続き盛んに取り扱われているEADさんの実店舗に足を運べずどうしても連絡を取りたい場合は筆者にDMをくれれば解決するかもしれないし、解決しないかもしれません。


主として「Koike Lines」さん、「宇田川リード線工房」さんのリード線を委託販売しており、M44系をゴリ押ししてきた上述の友人はKoike Linesさんのものを、筆者は宇田川リード線工房さんのリード線を装着している。

(※余談だがリード線を交換する際は先端が斜め、かつギザギザ溝になっていない精密ピンセットを用意することをお勧めする。ギザギザが端子を潰してしまう可能性があるからだ。掴むポイントを誤ると容易に断線もありうるので、慣れていない場合サウンドハウス等ストアで公開されている交換方法に目を通しておくとよいだろう)



・しっかり転売者も存在するぞ(私怨)


市場規模が小さいことからあまり注目されていないかもしれないが、M44系カートリッジやSL-1200旧モデル群はしっかりと転売屋に触手を伸ばされている。
ヤフオクやメルカリなど適当なフリマサービスで出品されているM44系やSL-1200シリーズ(特にパーツ単売品)を任意に選択し出品者が他にアップしている品を確認すると、往々にして絶版となっているカートリッジや補修パーツがずらりと並ぶはずだ。
結論から言えば転売業者からの購入はリスクだけが高くオススメできる導線ではない。販売高への注力が商品説明欄の偽装や参考画像の隠蔽に繋がる可能性が高いからだ。
例えばM44系2本ペアの商品を確認すると「右と左でネジの素材やワッシャーが異なる」「よく拡大すると片方の針のみ異常に劣化している」「ホコリの被り方が異なる」「よく見るとヘッドシェルさえ異なる(コレはあからさまだが)」といった様子となっており、不審に思い出品物リストを確認すると多数の同系列商品が百数点……などの状況にはよく遭遇する。
単品で買い叩いたジャンクを寄せ集め2本セットとして販売し、「絶版品だが市場的には綺麗な方」などと曖昧に記載したうえで売りつける、といったことがまかり通っているので、個人的にやはり狙い目は個人出品者だ。
また、ジャンクに近いカートリッジに新品の互換針を添付することで販売価格を釣り上げる作戦に出ている転売業者も多いが、互換針の製造者名が記載されないバルク品の場合形状や構造からメーカー名を同定する必要があり、且つ場合によっては劣化が進んでいるホールピースにとどめを刺してしまいかねないような粗悪品が添付されている可能性もある(◯電など由緒正しい出所のバルク品も販売されているのだが)。いずれにせよ同定できないのであれば、不要なオプションで価格を水増しされるより自分で吟味してから購入したほうが生産的であり、抱き合わせされている商品は手を出すべきではない、というのが筆者の意見だ。

役満の例  やばいよやばいよ……


(※ちなみにコレは完全に余談だが、市場規模が小さすぎるためSOLD済のM44系出品やSL-1200系出品のページに飛ぶと恐ろしい頻度で同じ転売業者のコメントを目にすることができる。おっかないぞ〜)





◯あゝ我がカートリッジ遍歴

M44Gとその先へ至るまでのカートリッジ遍歴です。
書き起こすほど大したことではないけれど、M44系と音色を比較する試金石として役立ったり役立たなかったりだったので記載します。調べ直しによって判明した事柄も多々あり、中々面白い行いでした。



・Stanton 300

人生初のカートリッジはStantonの格安ターンテーブル「T.92(3万円強)」に付属として装着されていた「Stanton 300」である。

お前だよお前


こちらを書くにあたり改めて調べてみたところ、Audio-technicaのキングオブOEMカートリッジ「AT3600L」そのものであると海外フォーラムで書き殴られており、つまるところヘッドシェルのStantonロゴ以外に特段のアイデンティティは存在しない針であった。
そのフォーラムでは

「T.92純正のカートリッジがcrapped out(壊れた)けどカートリッジ交換なんて怖くてできないよ、どこかで新品買えないかな?」

という純な悩みに対し

「その針自体がcrap(うんち)だから探さないほうがいいよ」

と容赦ない返答が飛んでいたので、恐らく立ち位置はアナログカートリッジ界のサタデーナイトスペシャルなのだと思う。

土曜の夜を彩るcrap(うんち)   余裕の佇まい


音質に関しては一切の記憶が無く、また再生環境もLogicool社が誇る名機「Z523(サテライトが10Wx2なのにウーファーが200W)」という頭が痛くなる御品だったため、どうせ碌な感想は引き出せそうにない……けれど、どうやら2000円も出せば新品が購入できるようなので近いうち絶対に試してみたい。昔の自分がどんな音でワクワクしていたか超知りたい。

ウーファー前面の開口部はフェイクで、実際は真下に向けて音が出る。気が狂ってんのか


ちなみにインサイドフォースキャンセラの掛け過ぎでどんどんカンチレバーが曲がってしまったため、母校のジャズサークルの部室に眠っていた巨大サウンドシステムに勝手に組み込んでおいた。無事に使用できているらしいです。



・Ortofon Concorde Night Club Mk2

主の無知から身体が歪んでしまったStanton 300を他所の敷地へ押し付けることに成功した後、「めっちゃかっけえヤツ買いてえ」と一念発起して購入したのがOrtofonの「Concorde Night Club Mk2」だ。

持ってるだけでギャルにバカウケ


ご存知Ortofon 社においてDJ用途でのフラッグシップモデルであったNightClub Mk2、2本セットの実売価格は2018年始めからメジャーアップデートされた現モデル「Club Mk2」と同等の2万円強。
上記のcrapからフラッグシップモデルへの大袈裟すぎる飛躍ともあれば購入当時の歓びは尋常ではなく、アナログレコードの収集はその時から一気に加速した気がする。
現在に至るまで現場から最大級の支持を受けるConcordeのフラッグシップともなればフロアユースなトラックとの親和性は須く素晴らしいもので、現モデルのClub Mk2を含め「Club」系列の量感・主張・密度それぞれのバランスの妙味は頭一つ抜けたものがある。M44系を導入して改めて気づいたことだが、「現場主義!」な佇まいによらずM44系と比較して音色は実に端正だ。キックは無駄に拡散せずギュッとアタックに集中した弾力のあるもので、中高音を覆い隠さない。また中高音もブライト目で綺羅びやか、かつ刺さらない絶妙な塩梅にまとまっており、無闇矢鱈に低音を拡散することで量感を稼ぐありがちなDJモデルとは袂を分けた「ゲインで勝つ」特性を持っている。安易な導入を誘発する知名度に対しリスニング用途としても十二分に耐えうる奥深さを秘めたカートリッジであり、「とりあえずConcorde 」は決して誤りではないと感じている(権威主義)。

残念ながらNightClubくんは指がツルッと滑った弾みでプラッターのストロボスコープと熱いチッスを交わしてしまい、カンチレバーが腰から90度曲がり昇天してしまった。どうやらConcordeタイプとストロボスコープの相性は悪名高いらしく、その後M44G型のカートリッジを手に入れた際、カートリッジの絶妙な出っ張りがストロボスコープとカンチレバーの接触を防ぐ形になっていることを(指を滑らせて)知り感動したのであった。

偉大な角張り  ギャルにはウケない


Concordeタイプはシェル一体型であるそのメリットとしてリード線の接続やシェルへの装着が必要ない点が挙げられるが、逆にそれがデメリットとなる場合もある。
筆者が掴んだ個体はある日を境にLR間で2dbほどの音量差が発生してしまったが、リード線を交換できないシェル一体型では泣き寝入りするしかなく、針が昇天したのを期に新たなカートリッジの導入を決意したのだった。
この経験から以降基本的にシェル一体型は避けるべきと考えるに至っている。



・Ortofon  Concorde ELECTRO

もうシェル一体型は買わん!と決意した筆者が次に購入したのはシェル一体型である「Ortofon Concorde ELECTRO」だった。??
実売価格は2本でジャスト2万円。

何考えてんの?


なぜ憎きシェル一体型を購入してしまったのかは鳥頭なので憶えていないが、「ハウス・テクノだけでなくアンビエントなどオールジャンルいける」と謳われている通りNightClubから極低音のパンチを抜いたような音色だったのを記憶している。
NightClubがドンシャリとはまた異なる「ブリっと極厚な」音だったのに対し、ELECTROは各帯域の絶妙なバランスはそのままに厚みを抜いた味付けになっており、よく言えばオールジャンル対応、気を抜けば「薄味」と口走ってしまいそうな音色だった。
アナログを堪能できる品であったことは間違いないのだが、いかんせん「NightClubの代打」というイメージと「先端の”Electro”の文字がダサい」という想いから重宝するまでには心が至らず、純白のボディは徐々に黄ばみを強めていったのであった。
しかしながら以降5年ほどカートリッジを買い替えず酷使したので、ホント悪いことしたなと思っています。



・100SOUNDS RC-DJ100

NightClubの一件から「アナログめんどくさい」の感情が強まった結果Electro購入から5年ほど針を新調していなかったものの、最近になって急激にオーディオ欲が爆発、再生環境の新調と合わせカートリッジも更新しようと思い立った。
一体型は十分堪能した気がしたので、次は非一体型がほしい……と探してみたものの、Shureは2018年にカートリッジから撤退、DJ用としてナガオカが発売していたDJ-03HDもシレッと2018年頃から生産が終了しており、DJ用途に限れば非一体型の選択肢が極端に狭まっていることを認識する。
Ortofon のVNLでも良さそうだけれど……これまでのOrtofon と同じような音色にまとまっていたらつまらない、JICOもいいけれど……再現モデルならばオリジナルを使用する前に買いたくない(原作を読む前にアニメを観たくない)、といった躊躇が連続した結果、白羽の矢が立ったのは新興国内メーカー100SOUNDSのDJ用モデル「RC-DJ100」であった。
何より国内に新興メーカーが現れたことへの祝福の気持ち、そして「人と被らなさそう」という下心から、迷うことなく決済ボタンを押していたのである。

RC-DJ100 - 役所窓口のように真面目な佇まい


剥き出しのリード線、野暮ったいヘッドシェル、野暮ったい金色が光るカートリッジ、スタイラスの差し色、カチカチ楽しいスタイラスガード……そういうことなんすよ、というぽったりしたルックスからはコンコルドの呪縛を打ち消す福音が聴こえる……

と思いきや音色に関してはそうでもなく、曇り空の下遠足に出かけるようなジトッ……とした気持ちが湧き出てくる。
悪い音ではない。全然悪い音ではないのだが……糞詰まったような出音だ。
規定針圧3.5gからくる低音は十分過ぎる量感であり、締まってはいるもののOrtofonのギュッとパンチの効いたそれとはまた異なるまろやかな、拡散していくような湿り気のある音色で良質だと感じる。中高音に関しても十分な伸びがあり、刺さったりはたまた尻切れしてしまうような不足感は感じられない。
が、いかんせん遠い。中高音は十分伸びているものの、拡散する低音域に押される形となり遠い。遠くで伸びており、絶妙に手が届かない。野外フェスでテントの中から遠く聴こえる布袋寅泰のギターを聴きつつ「おっ、布袋が頑張ってるな」とポカリスエットを啜ったあの日のことを思い出す、そんな出音である。
品質にも問題はなく出力も良好。この針でリッピングしたアナログ音源を使用した際も評判は良かった。この針がセッティングされた箱でのパーティは気持ちよく楽しむことができた……が、一度浮かんだモヤモヤは使えば使うほど輪郭が明瞭になっていく。やっぱりなんか……うんこ詰まってるみたいな音なのである。

救済果たされず。またしても路頭に迷うこととなるのか……と思っていたその刹那、届いてしまったのがはじめに記した友人からの熱いメッセージであった。



・M44G & 純正針 究極形態(アルティメイタム)

今回の主役。
友人が猛プッシュしてきた「ハンドメイドリード線を装着したM44-7はヤバい」という情報を確かめるため、しかしM44-7で被るのは面白くないということで気合を入れM44Gを選んだ。
針自体は互換針でもいいと考えていたが、M44系の救い手として名高いJICO自身が「まだ完全には再現できない」と表現する純正針、そんな言い方されたら……ということで純正針付きのものを購入している。

2018年のShureアナログカートリッジ撤退からまだ4年しか経過していないが生産自体は50年以上続いていたため、中古市場は修羅。筆者が購入した個体も片方の純正針が根本からクラック&潰れ、もう片方はダンパーがお陀仏しておりカートリッジが盤面に擦ってしまう目にも眩しいウンチっぷりであった(上述した”購入時の注意点”は概ね筆者の怨念から作成されている)。

これでも修理後の画像。到着時はカンチレバー根本のツイストがひどく、クラックも入っていた。


ハイオーディオの範疇に入らない絶版オーディオ機器については修理業者を探すのに難儀するのが常であり、ネットの海に潜んでいる野良凄腕技術者を探し当てるほかないのだが、開封した30分後から捜索する羽目になったM44系修理の技術者は本当に本当に……本当に見つからなかった。
今回は幸い札幌で長年DJをしている方から「尋常ではないオジサマがいる」との吉報を頂き無事修理&フルオーバーホールを破格の価格で受けていただくことができたが、あくまで個人でやられており了承無く掲載するのは憚られると感じたため、ここでは直接の紹介を控えることにする。

凄腕のオジサマから圧倒的クオリティでのオーバーホールを受けたのち、それでは満を持して……とEad Recordさんからハンドメイドリード線を通販しようとしたものの、凄腕のオジサマ(ハンドメイドリード線作製が本業)から頂いたリード線の紹介PDFにはEadさんのHPに掲載されている4倍ほどの量が掲載されている。
10秒ほど眺めたところで「あっこれ東京行かないとよくわかんないやつだ!」と確信した筆者は、リード線を交換するためだけに東京へ突撃し、猛プッシュしてくれた友人と共に高円寺Ead Recordさんの店舗に直接闖入、数々試聴のうえリード線やパーツを交換、ついに究極形態(アルティメイタム)召喚に成功したものが現在手元にあるM44Gとなる。
なお帰宅後あらゆる人間から「バカなんじゃないの」と見開いた眼で見つめられたため、リード線のためだけに東京へ出向いたことは極力自分から持ち出さないようにしている。

リード線交換による変化や純正針・各互換針の感触、その他パーツのカスタムについては次項にて詳細に解説している。というかそちらが本題なのでどうにか頑張って読んでください。



・JICO J44D & JICO N44G DJ IMP

究極召喚に成功し東京から意気揚々と帰宅した数日後、意気揚々と100SOUNDSの互換針をM44Gに差し込んだところ……入らない。入らなければ強く押すしかない。グッ!グッ!グッ!グッ!グッ!グッ!グッ!グッ!

100SOUNDSの謀略によりたった数日で針挿入口の端子が折れ曲がりM44Gが一台お陀仏してしまったが、直近でDJの機会を頂いていたため、凄腕のオジサマに土下座して再入院させてもらうか近所に電話を掛けまくってJICOを探すか……の2択を迫られることになった。
M44Gの音色を理解できた今、せっかくだしということでイチかバチかでJICOを購入してみることにする。幸いにも島村楽器やディスクユニオン等がJICO取扱店となっているので、存外容易に購入が可能となっているのも動機になった。

https://jico.online/%e5%8f%96%e6%89%b1%e5%ba%97%e8%88%97%e4%b8%80%e8%a6%a7/

公式取扱店舗リスト


なおヨ◯バシにも電話してみたが「受注生産なので注文する必要がある」との説明を受けたので、JICO公式に記載のある取扱店以外では「なんとなく在庫」が置かれている可能性は低いと認識したほうがよいかもしれない。

カートリッジ自体の作りに関してはほぼほぼ完全にM44Gで、不安を覚えるチャチ感もしっかり踏襲している(上面のぼこぼこ柄も再現)。針部樹脂の色まで寄せた徹底ぶりで、ロゴさえ入ればオリジナルとの判断は困難であると思えるほど。が、ホールピースや針側差込端子の組み付け精度は相応に高そうに思えた。断言できるほど個数を揃えてはいないが、「このボディとこの針は噛み合わせが悪いから諦めて♡」といったメキシコクオリティが発生する心配は無さそうだ。
M44系リバイバルの彗星へ熱い応援を込めて、擦り切れるまで使用していきたい。

こちらも音質比較を次項に記載しています。

タスケン・レイダーに襲撃されそうな見た目





◯M44系 怒りの大レビュー大会

・はじめに

本題です。
各M44系カートリッジ+互換針+リード線 について、完全主観でレビューを作成してみました。
網羅率で言えば全然少ないのですが、まとめて比較しているエントリは実は少ないんじゃないかと思うので参考になれば幸いです。

※リード線銘の記載がない場合以下のものを使用しています
 - 宇田川リード線「OFC NY 25277」

※検証に使用した盤
Calm Presents K.F.* – Bless Cisco EP

大ネタ中の大ネタ   ピアノ・フルート・コーラスと盛りだくさん


Hiroshi Watanabe - Multiverse EP

海外勢から愛され過ぎてしょっちゅう相場が爆上がりするHWさん


Byron Stingily - the purist

先生と一蓮托生で頑張りました


Eric Kupper Ft. Keiko Yoshimura – In Your Arms

サ行の刺さり確認用   刺さる針では本当に刺さるボーカル




・Shure M44G+純正針+Technicsヘッドシェル純正リード線

購入時の初期装備。
実に軽快な音が鳴る……からっ風が吹くように軽い。キックは十分に芯があり締まっているが、DJ用モデルのような厚みや膨らみはなく、「リスニング向け」の評価は伊達ではないといった印象。
このセットアップにおいてリード線はカスタムの対象外と認識する場合、驚異的なのはM44G+純正針の尋常ではない高音の伸びだ。スターウォーズでいうハイパースペースジャンプのような加速度でグングン音が飛んでいく。

こんな感じ


これはある程度の再生環境でなければ体感できないかもしれない。ヘッドホンや集合住宅で背中を丸めながら鳴らすモニタースピーカー(筆者の家)よりは、ある程度住環境に恵まれた友人にお願いしアンプ越しにぶっ放してもらったほうが明確に感じられそうだ。

オリジナルの音色を一言で表現するならば「速い」に尽きるだろう。スターウォーズでいうAウィング・インターセプターだ。音が薄く、高音が突き抜けていく感覚。且つ薄さの内において各帯域のバランスが取れているので、特段の過不足は感じない。

「速ければ勝てる」の精神で本当に勝った子


ただ、総合的にDJ用途としてはホントに通用するんだろうか?と疑いたくなる品でもある。針圧1.5gの仕様からも察せられるように音色を含め明らかに現場仕様ではなさそう。
ここから低音の量感を出すとなると無理な針圧を掛けていくしかない……。懇意のリペアマン(M44系大好き)の方が発していた「DJ連中は針圧を掛けすぎる」という言葉は事実なんだろうと思う。
試しに針圧をJICO針や100SOUNDS針の適正値である3〜3.5gに設定してみると、上記の互換針に近い膨らみまで低音を持っていくことができる(ダンパーが負け盤面に底づきしてしまうが)。つまり逆も然りということだ。
Ortofonの2M Blueで最高のパーティを組み上げた現場の話も伺っているが、使用感としては2M側と同じ「繊細な針を頑張って使う」側に立つのではないだろうか。

ヤバいと噂の2M Blue   寒天みたいで美味しそう



・M44G+純正針+宇田川リード線

初期状態にハンドメイドリード線を装着。
今回購入したリード線は宇田川リード線工房さんの「OFC NY 25277」。
販売価格は店頭で2,800円、ウェブだと税込3,000円となり、価格的には同工房の中でも試しやすい品となる。

線材には、アナログを自然に鳴らすOFC銅線0.08mmを使用。
接続用のハンダは、ビンテージハンダの中でも「宝石」と呼ばれ、ビンテージな度合いと透明感が素晴らしく、絶妙なバランスに優れている約1950年代製「New York Solder」を使用。
双方の良いところが重なり、バランスを損なわずクルーブを兼ね備えた線となっています。
https://eadrecord.theshop.jp/items/31706265

- Ead Record 商品ページより

とのことでリード線の素材について門外漢なのが惜しいところだが、つまるところそういうことらしい(丸投げ)。バランスとグルーヴの点については実際試聴の際に決め手となっており、筆者からもその通りであると強く太鼓判を押させていただきたい。

U.S.W.F.(宇田川リード線工房)
ダンスミュージックをより楽しく!
をもっとうに、ダイナミックに鳴る単線から
アナログを自然に表現するOFC銅線
今の技術をダンスミュージックに合わせたtriple-cなど、数有るビンテージハンダを宇田川が選びベストな組み合わせを探ります。
約4センチ長さで空間、空気感・グルーヴをしっかりと表現できる線をオールハンドメイドにて制作しています。
製作者 宇田川

- Ead Record 商品ページより

「ダンスミュージックをより楽しく」との文言通り、こちらのリード線へ付け替えることにより主に中低音、特にキック周辺の質感が変化する。純粋にキックの芯が太くなるほか、アタック後にキックが薄く拡散していく様を明確に把握できる。低音重視モデルによくある湿気を纏ったモタつくキックというよりは綺羅びやかでブライト目なブーストが為され、M44G特有の乾燥感は失われない。微妙な例えになってしまうが、PioneerではなくULTRASONEやAtomic Floydに近い音色といった趣だ。
中高音を覆ってしまうような極端な変化は起こらず、あくまでもM44Gの音色の中においてハウス・ミュージックをよりハウスらしくしてくれるといった絶妙な塩梅がありがたい。
正直リード線による音色の変化は眉唾に近いなにかだと思っていたので、試聴した瞬間のド派手な変化には思わず声を出して笑ってしまった。
気軽に手を出しやすい価格帯のため、M44Gに限らずリード線を取っ替え引っ替えしてみると飽きが来ず手持ちのカートリッジを楽しめるかもしれない。

装着済の図    ハウス好きは「NY」の文字に弱い



・Shure M44−7+JICO互換針+Koike Linesリード線


友人が感動のあまり怒涛の連絡を寄越したこちらのセットアップについても音色を確認させてもらった。
なお友人が装着しているリード線はKoike Linesさん製作の「Koike Lines PC-TripleC18072 / Middle62505」となる(※こちらはEad RecordさんのHPに掲載されていない。全ラインナップを確認したい場合はKoike Linesさんに直接問い合わせを行うとよいかもしれない)。

結論から言えば……M44Gとはドエライ違いである。M44Gが音響までカラッカラのウェスタン映画だとすれば、M44-7は構えていても毎回ビクッとなるスターウォーズのアレだ。

シ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛


……とまでいくと大袈裟かもしれないが、M44Gに比べれば深く荘厳な音色であることは間違いないと思う。クラブミュージックだけでなく生楽器との相性も非常によく、ECM盤を何枚か聴かせてもらったがどの演奏においてもキレと広がりが強い。「強い」という表現がしっくりくる骨太さで、八艘飛びのM44G、立ち往生のM44-7、ぐらいの違いに感じられた。

断じられるほど試聴したわけではないが、Koike Linesはどちらかといえば音色の深みや澄み具合を強化する印象だ。「キックがうるせえ」と言われるくらいのM44-7にKoike Linesの表現力は噛み合わせがよく、元々のパンチとリード線由来の清涼さが実に都合の良いセッティングとなっている気がした。

また相対的にM44Gは「オールジャンルとは言うが結構尖っているぞ」と記しておきたい。デジタル音源のハイファイかつ肉厚な音色に慣れている人間にとって、M44Gは些かひょうきんなカートリッジかもしれない。



・M44G+100SOUNDS互換針

サウンドハウスのポイントにて無料で入手できた100SOUNDSのM44G / M44-7用互換針「RS-44-100B」をM44Gに装着してみた。

付属の専用缶ケースはセブンで売ってるヘアピンのケースと同じ


規定針圧が以前使用していた同社のカートリッジ「RC-DJ100」と同様の3.5gとのことで若干嫌な予感が頭をよぎったが、とりあえず針を落としてみる。

あっ……100SOUNDSの音です。
簡潔に記せば、100SOUNDSカートリッジの音色をそのままM44Gに(上書きをもって)持ち込む針だ。
パッと感じる特徴としては、低音域の拡散が強烈。純正針がドン、後述するJICO針がドゥンだとすれば、この針はボゥン と表現すればいいだろうか。
先述のRC-DJ100と同様に中高音の伸び自体に過不足は無いが、低音域が広めに拡散することもあり鳴っている距離は耳から遠い。音色自体には湿気があり音が刺さるような感触はなく、音源によっては尖るといった扱いづらさとは無縁の纏まり具合だろう。内周での歪みなども無く、また高い針圧もあってか針飛びも起こらないように見受けられ、現場での信頼性は相当のものがありそうだ。
これは明確に個人の好みだと断っておくが、筆者はボウンと拡散する低音域が得意ではない。特に中高域を遠ざけてしまうような毛色の低音はオエ!となってしまう質なので、100SOUNDSの低音域は少々苦手である(S◯LID BASSシリーズが苦手と言えば伝わるだろうか)。
ただ、音色の湿度というか纏まり具合は特筆に値する。この腰を据えた重みが気にいる人間にとってはベストな互換針になりうるのではないだろうか。M44Gから落ち着いた音出しても意味無くないか……とは思うが。

筆者の100SOUNDSのイメージ   母乳で顔を洗おう


※ちなみに余談だが、こちらの針を規定針圧以下で使用するとなんだかいい雰囲気になるため試行錯誤中。3gまで落とすとキック周りのモコモコ具合がいい具合に左右に拡散され中高音が近づいてくる、といった感触がある。2.5gだと中高音が相当具合良し、ただし低音が歪む。3gでも内周に近づくにつれ若干の歪みを感じるので、ターンテーブルの設定も含め色々と最適値を探り中。



・JICO J44D+JICO N44G DJ IMP(旧ロット)

JICO+JICOセット。
前提として、JICOのM44G / M44-7用互換針は2021年11月以降のロットより純正に近づける改善が施されている(カンチレバーのラウンド形状化など)。ならば過去仕様が購入できなくなるということだ、と今回は悪ノリで2021年8月出荷分の針を選択した。
N44G DJ IMP単体(というかJICOの丸針全体 ※無垢丸針は除く)は2022年3月時点で一時出荷停止在庫払底となっているため、2022年3月時点では入手したい場合J44Dカートリッジと共に購入する必要がある。
改善内容および丸針の出荷状況については下記を参考にされたし。

https://jico.online/2021/11/01/types/
改善内容の詳細は公式プレスを参照
https://jico.online/2021/11/09/notification-2/
丸針の出荷一時停止についてはこちら

どちらも2021年11月の発表


DJ用途であるN44G DJ IMPは規定針圧が3.5-4.5gとかなり高い値になっており、これまたクソデカボインボイン低音になるのではないかと緊張しつつ針を落とすと……これM44Gじゃん!と小躍りしたくなる出音だ。
シンプルに「キックと(若干)ベースラインが太くなったM44G」に落ち着いている。中高音への見開きが100SOUNDS互換針より良く、音色の乾燥感もそのまま保たれている。キックも膨らんだというよりは「ドンッ」と重く芯が太くなった程度に収まっており、クラブサウンド指向のチューンとM44G本来のキャラクターが相載せで程よくまとまっている。

音色について具体的に表現するならば「よりドンシャリ化したM44G+純正針」といったところだろうか。中高音域・低音域ともにオリジナルよりも若干主張が激しくなっている……もとい「出るとこがもっと出ている」ような印象を受けた。
その特性により、高音域においてはテキスチャが粗くなる瞬間がある。何度も似たカートリッジと針をとっかえひっかえする中、あれ……M44Gってカサついてたっけ、と振り返るとJICO+JICOだったので、恐らくこの感触は間違いではないと思う。
特に女性ボーカル周辺は音源によって尋常ではないカサつきや刺さりが発生する。こちらについては開発と近しい方より「11月以前のロットにてフィードバックされていたサ行の刺さりが新ロットでは改善されている」とのご報告を頂いているので(※あくまで野良情報です)、新ロットであればまた違う感想となるかもしれない。筆者個人としては上記の刺さりは明確に「難」であるため、21年11月以前のロットについて今後購入は御免被りたいところである(マジで刺さる)。

低音域については、ベースラインが強く出る音源ではM44G+N44G DJ IMP(次項に記載)より明確にベースが太く聴こえ、若干中高音域を食っているように聴こえる場合がある。総合的にオリジナルの絶妙なバランスに対して勢い重視なチューニングとなっており、じゃじゃ馬な印象。オリジナルより若干の粗さを持つテキスチャをどう捉えるかが評価の分水嶺となりそうだ。

現行で買えて、且つ発展途上   ってとこが最大の価値ですよね


※余談だが、水平バランスを取る際にJ44Dカートリッジの方が0.8g程度ウェイトを進める必要があった(対M44G)。使用しているシェルが軽量の場合はシェルの増量か追加のシェルウェイトが必要になりそうだ。



・M44G+JICO N44G DJ IMP(2021年11月以前の旧ロット)

続いてJICO N44G DJ IMPをM44Gカートリッジに装着。
「互換針」としての機能はむしろこちらの取り合わせにおいて真価が試されるのではないだろうか。こちらも上記と同様に2021年11月以前の旧ロットを用いた検証のため、新ロットでは評価がガラッと変わる可能性があることにご留意されたい。
では、どうかよい巡り合わせでありますように……と願いつつ針を落としてみる。

……素晴らしい!
JICO+JICOより明確にこちらのほうが好ましい。
JICO+JICOで気になったテキスチャの粗さがこちらではほとんど気にならない。オリジナルのバランスや音色の絶妙な細かさはそのままに、低音域だけ芯が太くなり出力が上昇している。それ以上でもそれ以下でもないのだが、「中高音域をオリジナルさながらに保ちつつ低音域を最低限ブーストする」というこのキャラクターはM44G互換針として一つの理想解なんじゃなかろうかとさえ感じる。互換だからと妥協する箇所が特に無く、手放しで楽しい。え〜最高なんだけど。
強いて言うならば、やはり中高音について純正針よりN44G DJ IMPの方が乾燥感がありやんちゃな気がする。純正針のほうがシルキーというか、湿気を含んでいる。が、腰の入った低音域とのトレードオフと考えれば、特段懸念にはならない程度のやんちゃ感ではある。

取り急ぎN44G DJ IMPはオリジナルを求めている純正針ユーザーへのアプローチとして実に誠実な音色を持っているように思える。純正針単体の価格がカートリッジ+純正針の中古相場より高額となっている現状市場に並ぶ恩恵も並ではない。純正針と同様の規定針圧(0.75-1.5g)である互換針「N44G IMP」についても、こちらの好感触から鑑みれば期待が持てそうだ。

現状アナログの視聴はこちらの取り合わせで行っているが、音源の楽しさを十二分にブースト「してしまう」ため、それなりの費用を充て構築したデジタル環境の出音がどうにも……地味に感じるようになってしまった。
同じ音源をデジタルとアナログで比較した際もこちらが発する楽しさに旗が上がってしまうため、アナログ中心の生活にシフトしてしまった次第である。恐ろしい。

N44G DJ IMP - 取り急ぎお前がナンバーワン



・JICO J44D+M44G純正針

JICOカートリッジにM44G純正針を装着した状態。
意外や意外、具合が良い。というか、M44G+N44G DJ IMPとほぼ変わりのない音色が得られている。
ベースラインやキックほか低音域の量感、音圧は針圧1.5gにもかかわらずM44G+JICOと概ね同等のものが得られており、中高音域にも特段の減退などは見られない。M44G純正針の軽妙な特性に引っ張られ「多少やんちゃな純正」程度に収まると思っていたので、この厚みのある重低音はJ44Dカートリッジ自体の影響もあるということだろうか。
つまるところM44G純正針を所持していればJ44Dカートリッジ単体のみの購入でも良好な結果を得られるということになる。M44Gのからっ風な雰囲気に巻き込まれるわけではなく、明確にフロアライクな音色を得ることができるだろう。
M44G+JICO針とJ44D+M44G純正針の厳密な差異については……恐縮だが試聴に次ぐ試聴で気力がゴッソリ失せているため明文化できる自信が無い。翻せば重箱の隅をつつかなければならないような比較になっているということだ。

ちなみにこちらもM44Gより軽量なJ44Dカートリッジ+軽針圧のM44G針と確実なトラッキングが得難い取り合わせとなっているため、使用しているシェルによっては追加のウェイト等が必要になりそうだ。

令和のシンデレラ   もとい諸悪の権化



・JICO J44D+100SOUNDS互換針

好きではない。
というのも、M44G+N44G DJ IMPやJ44D+N44G DJ IMPに比べ明らかに中高音域の出力が足りない。クラップの破裂感やリードシンセの鳴りについては大袈裟ではなく1.2倍程度の出力差があるのではないだろうか。
こちらの取り合わせにより相対的に「M44G+N44G DJ IMPやその逆はM44Gの破裂的な高音の伸びをそのままに芯の太い低音域を得ることができる」との理解を得ることができた。
やはり100SOUNDSの中高音域には……あくまで筆者の好みに沿ってだが、普遍的に不満が残る結果となる。
緊急事態でも発生しない限りこちらの取り合わせは使用しないだろう。



・M44-7+M44-7純正針

恐縮だが、まだ試聴したことがない。
これは敢えて情報の出どころを伏せさせてもらうが、「M44GとM44-7のカートリッジ自体に差はない」との情報を有力筋から直接伺ったことがある。
……いやいや勘弁してくれ!!と内心突っ込みつつ、しかしどうしてもその真実を確かめたいので近々M44-7カートリッジを入手しようと画策しているところだ。もし上記内容が真実だとすれば、実際のところM44系オリジナルカートリッジの入手難易度がザックリ半分になる(選択肢の分母が倍になる)ということなので、その点に関してはぜひ真実であってほしいところである。

が、「M44G+純正針」の項にて述べた通り友人宅でそれぞれM44G純正針を装着したM44GとM44-7を比較した際には相当の差異があったと見受けられた。異なるのはリード線のみだったけど……リード線のみでそこまでの差異が出るだろうか?と若干疑ってもいる。
オーディオ的には差異があった方がきっと面白いとも思うので、どちらに転んでも楽しい検証となりそうだ。

低音バカ   というお話は常々伺ってます



・◯電の互換針 N-44HG

中◯から発売されている互換針「N-44HG」については、直接的な情報源からとても面白い裏話を伺ったことがある。面白すぎて絶対ここでは書けないのだが、取り急ぎ「全ての互換針が自社開発ではない(≒買う必要のないメーカーがある)」ということと「◯電は偉大」とだけ記しておく。ビバ中◯。応援してます。



・おまけ:ネジやワッシャ類のカスタムについて

Ead Recordさんにリード線カスタムを相談した際、まず着手されたのはネジに付いていた鉄ワッシャだ。「マグネット付近の磁性体が減れば音が変わる」とワッシャーの有無による比較を提案されたが、「CDに塗ると元気になる液」などピュアオーディオ界隈の動向をおちょくっていた自分としてはどうにも訝しく感じられ……などと疑っている間に音が変わっていた。
ものの一瞬でワッシャが外されたカートリッジで再度音源を再生すると、確かに音が違う。割と大雑把に分かる幅で雑味が消え、クリアな音色に変化している。
ただ、M44G+Technicsヘッドシェル+純正リード線+純正ネジワッシャ の取り合わせによる音色も非常に好ましく、上下絶対値の変化というよりは「横移動」といった感触で、まさしくカスタムそのものだ。
同じく明瞭感を増加させる方向で、アーム接続部に付いていた謎の金属ワッシャ(恐らく前所有者のハンドメイドとのこと)をゴム製に交換したり、ネジおよびナットをβチタンに変更するなど色々遊ばせていただいた。
これらの好ましいところは、ゴムワッシャなどは数十円、βチタンネジでも一本200円と非常に手軽な着手が可能という点だ。勿論可逆であり、いつでも元の構成に戻すことができる。
謎の液体でCDを元気にさせるつもりは引き続き毛頭ないが(Ph◯◯e Webは週刊Flashだと思ってます)、このような気軽かつ触って楽しいカスタムは童心を思い起こさせ、色々思いつきを試したくなる。「横移動」なのでダンボールでワッシャを作ってもよいわけだ。
ということで、もしきっかけがあればカートリッジの構成パーツを変更してみるのも意外や意外楽しいのでオススメです、というお話でした。



・まとめ

比較の結論としては、現状筆者にとって最も好ましいセットアップは「M44G+JICO N44G DJ IMP」となった。M44Gの特色や愛嬌をそのままに最低限のクラブサウンド向けチューンへと変化させるこちらの取り合わせは、ジャンルによっては薄すぎてしまうM44Gの音色を大変都合の良い形へと昇華してくれている。
同じく「J44D+M44G純正針」についても同様に良好な結果となったため、積極的に使用していきたい取り合わせだ。

JICO+JICO(DJ用途針)はM44Gを取り入れたセットアップより若干荒々しい出音となるが、オリジナルからの劣化というよりは「よりパンチの効いたサウンド」の範疇に収まると考えられなくもないことから、現状最も入手性・整備性の高いという事実も含めJICO+JICOの選択は大いにアリだと記しておきたい。
というより道楽に傾倒するでもないのであればM44系サウンドの入手経路としては唯一に近い妥当な選択肢ではないだろうか。JICO直販からの購入で担保されるかは不明だが、旧ロットではやはり女性ボーカルの再生に難があると言わざるを得ないため、JICO購入の際はぜひ2021年11月以降のロットを入手したいところだ。

100SOUNDS互換針については、「100SOUNDSの音色を気に入るか否か」で大きく評価が異なるといったところだろう。100SOUNDSオリジナルカートリッジ「RC-DJ100」のシットリとした特徴がそのまま若干の上書きを持ってM44Gにもたらされる形となる印象のため、それならM44Gでやる意味ないじゃん、と筆者は若干否定的だが……特性を大幅に書き換えているという点では面白いと感じる。M44形を持っていて100SOUNDSオリジナルカートリッジを買うほどの意欲はないが体験はしてみたい、といった需要をお持ちならば一本買って試してみても良いかもしれない。

M44G+純正針についてはキャラクターが強烈すぎ&明らかにリスニング用とのため上記「クラブユース」なセットアップとは比較すること自体がミスマッチかもしれない。が、この強烈さが純正組みからしか得られないのであれば後生大事にしていきたいと思えるような魅力的なサウンドであり、実際定期的についつい純正組みに装着しなおしてしまう。「DJ」ではない方のN44G IMPがどれほど純正針に近づいているのか、在庫の復活が待ち遠しくて仕方がない。

M44-7カートリッジ&純正針や2021年11月以降のJICO針、JICOの1.5g針、絶版済のナガオカ互換針や中電互換針などが手元にない現状では中身のない比較と成ってしまっているかもしれないが、それらが入手できた暁には是非とも追補してみたい。



◯終わりに

なにはともあれ、風が吹き抜ける純正針・しっとり重い100SOUNDS針・ご機嫌なJICO針と針一つで丸っとキャラクタを変えられることやそもそも日々互換針がリリースされ続けている現状など、M44系周辺がまるでミニ四駆のようなホビー文化圏として成立していることは興味深く面白い。近年におけるM44系用木製ハウジングの台頭などはまさしくポリカーボネートボディに包まれたミニ四駆だ。

最近のミニ四駆   ランクルじゃないんだから

https://eadrecord.theshop.jp/
M44系用木製ハウジングについてはこちら

Ead Record公式より


筆者の再生環境は「SL-1200→アナログミキサー→3インチのモニタースピーカー」と大変ささやかなものだが、それでも各カスタムによる音色の変化はひとまず十分に堪能できている。吟味されたアンプを大仰なパッシブスピーカーにつなげ2m離れた椅子に座ってジッと目を閉じなければ味わえないような大掛かりなものではなく、日常のお供としてサクッとカスタマイズできる実にカジュアルな遊びだ。

これまで記したように絶版の中古品を漁り使用し続けることは精神的によろしくないところも多分にあり、積極的に勧めるものではない。だが幸いなことにJICOを始めとした各企業がリバイバルに努めていることもあってこのカスタム圏に足を突っ込むハードルは低い。興味を持ったなら安心の現行品JICOに手を出すのもあり、自身の腕や信頼の置けるリペアマンを頼りにジャンクに手を出すのもあり、財力でデッドストックを引き寄せるのもありだ。

筆者は十分堪能できているつもりなのでこれ以上あまりM44沼に脚を突っ込む気はないけれど(次は中電のMG-3605が欲しい)、「カートリッジはガチャガチャ遊んでなんぼだ」と気づかせてくれるM44系、脚を一歩踏み出してみると……ズルっと引き込まれてしまうかもしれない。



◯書いた人
Twitter: @dekkek
instagram:@dekkekk


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