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第5回 自宅の謎レコードについて調べる Erykah Badu - Next Lifetime (Deluxe Pusher Remix)


自室で首を回せば、どこかしこにアナログレコードが転がっている。
ジャケットから覗くレーベルに目を凝らせば、いつどこでどんな経緯で入手したものか意外なほど鮮明に浮かび上がってくる。が、いつどこでどんな経緯で生み出された音源なのかは知らない。あなたの視界にもそんな一枚が映っていないだろうか。

今回は「すっかり顔馴染みだが、よくよく考えるとなにか怪しい」そんな一枚を調べてみることにする。





◯諸元

・タイトル:Next Lifetime (Deluxe Pusher Remix)
・レーベル:Not on rabel(非公式リリース)
・アーティスト:Deluxe Pusher (Miguel Migsの変名)
・原曲アーティスト:Erykah Badu
・発売国:US
・発売日: 2000
・原曲発売日:1997
・ジャンル:House, Deep House
・収録曲
A1 - Next Lifetime (Vocal)
B1 - Next Lifetime (Dub)





◯聴いてみる

A1 - Next Lifetime (Vocal)

なんとも端正なディープ・ハウスだ。
歪みの無い穏やかなキックに必要最低限のパーカッション、グルーヴを産むのに十分かつこれまた最低限なベースライン、コードを淡々と表すバックシンセと僅かながらに独自のフレーズを差し込む上モノシンセ、とお手本のようなディープ具合がありがたい。
Erykah Baduのような大ネタのリミックスともなるとJunior Va◯◯uezやT◯dd  T◯◯◯yのような「オラ!こうすればいいんだろ」的商業全振りワークの被害に遭いがちな’00年前後だが、こちらは非公式とは思えない破綻の無い構成であり、また昨今のリエディットにありがちな「90%原曲です」的小生狡さも見受けられない。
恥ずかしながら今回調べることで初めて知ったのだが、コンポーザ名である「Deluxe Pusher」は例の大御所「Miguel Migs」の別名義だそうだ。言われてみると彼が使いそうな音色で満たされている気もしてくるし、頻繁に「Pusher」になっているMiguel Migsであるが、購入から8年間全く気が付かなかった……ともなるとこの甘えの無い構成の力についても合点がいく(権威主義)。
Miguel Migs御大およびその別名義については下部<調べてみた>を参照してほしい。



B1 - Next Lifetime (Dub)

こちらはDub版。
イントロ周りに若干展開の違いが見られるものの、純粋なオフボーカル。
非公式リリースとは思えないガチトラックのため聴き応え十分なスルメDubとなっており、筆者はこちらのほうが好み。05:20頃から鳴り始めるささやかなシンセは聴くたび眉間がピクピクしてしまう。



原曲 − Next Lifetime / Erykah Badu

原曲はErykah Baduのデビューアルバム『Baduizm』(1997)に収録、及びシングルカットされており、シングルは米国R&Bチャートで首位を獲得している。
MVが非常に強烈であり、Erykah Badu本人が監修した西暦1600年〜3000年を一挙に駆ける壮大な恋物語は油断して適当に尻を掻きながら視聴すると床ごとひっくり返ることになる。
個人を超えた民族的”愛”が表されていると方方から高い評価を得ているようであるが、インパクトが強すぎてどうしてもその方向に指が動かないため詳細な解説は以下に丸投げする。

エリカ・バドゥ 「Next Lifetime」解説:黒人たちの過去・現在・未来を描いたMVの内容とは?
https://www.udiscovermusic.jp/stories/erykah-badu-next-lifetime-feature

原曲内のフレーズを確認すると、今回のDeluxe Pusherリミックスと重なるものが無いと分かるだろう。資本にかまけたトンチキリミックスを選択しないMiguel Migs、大好き♥






◯調べてみる

Deluxe Pusherとは何者だろうか。
上述してしまっているが、何者かといえば正体は西海岸ディープ・ハウスの雄、(雄と言いながら)乙女ハウス界の大黒柱として一世代を築いたMiguel Migsその人だ。しかし彼の音楽を含め乙女ハウスに夢中になっていた辺りの人間ならば、Pusherと聞いて思い浮かべるのは……そう、「Petalpusher」の方ではないかと思う。

PetalpusherはMiguel Migsが’05年に自らの個人レーベル「Salted Music」を立ち上げる以前、’00年前後に主だって用いられていた彼の変名である。traxsourceで確認する限りこの名義が含まれた約40曲となっており、最後のリリースは’13年となっている。


Miguel Migsは16歳の頃、Naked Musicの創始者であるBruno Ybarraらと共同レーベル「Transport Recordings」を立ち上げるとともにその活動を本格的にスタートさせているが、その時頃から用いられてきたPetalpusher名義でのリリース(アルバム・EP)は全てNaked Musicからのリリースで統一されている。鶏と卵ではないが、振り返ればそのような立ち位置の名義であると認識できそうだ。

Naked Music
あ〜見たことあるある


対してDeluxe Pusherはtraxsourceにて3曲のみトラックが確認でき、リリースは存在しない(Discogsではもっと件数が少ない)。またリリース時期は’00年、’03年’、’08年とまばらだ。今回のテーマであるErykah Baduのリミックスを含めても計5曲となり、レーベルも統一されていない。そのため活動履歴からDeluxe Pusher名義の意図を推し量ることは不可能と言うほかなさそうだ。一瞬本人にメールでも送ってみようと思ったが、どうせ「大した意味はないです」などと返されて悲しい思いをするだけな気がしたので自重した。
今回の『Next Lifetime』が非正規リリースであることからグレーな活動の際に用いられる名義かとも思ったが、『Take me to paradise』『Be strong for me (リミックス参加)』『 Find what's mine』のいずれも正規リリースとなっているためその用途でもなさそう。
ちなみにGoogleで「Deluxe Pusher」と検索したところ、最上部に出てきたものは爪の甘皮を押し込む器具だった。

OMI STAINLESS STEEL DELUXE PUSHER P-06
お値段 1900円



中1の頃筆者が人生で初めて購入した音源はMiguel Migsの『Those Things』、次に買ったのは『24th St. Sounds』と青春は正しくMiguel Migsにどっぷりだった訳なのだが、あまりにも擦りすぎたのか最近は全く再生しなくなっていた。ともすれば「乙女ハウスはもうあまり肌に馴染まないのかな」なんて考えてもいたものの、購入から8年間常に聴いていたこのDeluxe Pusherを改めて調べることで判明したのは「めちゃくちゃMiguel Migsを聴いていた」という驚愕の事実だった。
Deluxe Pusher名義のリリースが少なくこの先すぐに網羅できてしまうことは少々寂しいが、改めて乙女の潮流との己の親和性を確信した今、改めて周辺を掘り起こす良い機会が訪れたとワクワクで胸が一杯だ。
また「すっかり手垢まみれと思いきや」な今回の経験は、これまた改めて手持ちの音源に新鮮な目線を向ける素敵なきっかけになったと感じている。
ひどく個人的な所感に終始し恐縮ではあるのだが、ささやかで実りのある良い試みであったと心が満たされた。あーよかったよかった。

『Those Things』。正直 一曲目『So Far』以外殆ど記憶に無い
『24th St. Sounds』 マンネリズムの極地、等とレビューされていたりする。
00年代初頭のUSディープ・ハウスミックスとしては金字塔だと思う。名盤




◯余談

このアナログ盤を手に入れたのは約8年前、進学を機に筆者が北海道の片田舎より中心地へ引っ越したばかりの頃に遡る。札幌の聖地Pre◯◯◯us ◯◯llにて黎明期から最前線を張り続けるハウスDJ、KEIJI氏が営むレコードショップ「ROOTS RECORDS」にて初めて購入したものだ。
「強いレコード屋さんがある」という情報だけを頼りに大通公園の位置さえわからない足で向かい、(偶然他のテナントが軒並みお休みだったため)照明の落ちたフロアを「やはり都会は怖い」と浮く脚で進み、10分ほど逡巡したのち店内に闖入する。
も、自動改札にさえ慄く田舎者に都会のレコードショップは刺激が強すぎる。床の木目を眺めつつブリキの足取りで店内を一周すると当然ながら店主氏と目が合う。沈黙の中パニックに陥った筆者が弾き出したのは「い、良いハウスをください」と噴飯必死のボヤついた言葉だったのだが、あまりにも情けない問に吹き出しつつも丁寧に提示して頂いた内の一枚がこのDeluxe Pusherだった。ピックアップされた数枚が眼前のブースで次々とミックスされていく光景に抱えきれない興奮と緊張を覚え「全部ください」と叫ぶ筆者、「子供が無理しちゃいかん」と至極真っ当な楔を打つ店主、緊張で試聴内容を憶えていないため白目を剥きながら当てずっぽうで指を指す筆者。
そうした経緯を経て我が家に鎮座するこちらの『Next Lifetime』は、針を落とすたび今だ新鮮な脂汗が噴き出す刺激的な一枚でもある。




◯書いた人
・Twitter:@dekkek
・Instagram:@dekkekk

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