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パンを売る少女

コロナ禍で高校に行けなくなった高校生の娘。
家でゴロゴロしていてもしかたがないので、パンでも作って売ったら?そしてそのお金で何か好きなものを買ったらよいのでは?と提案してみた。

事の始まりは海外のニュースで小さな女の子がレモネードの屋台を出したら、彼女のお母さん(看護師)にバイクの事故の時助けられたハーレー乗りたちがこぞって買いに来た。という話。

アメリカでは子供たちがレモネードスタンドを出すことが多いが、まあこんなことをやってみたら?

と話したのだ。

すると娘は「やってみる」と言い出し、先日家族で旅行に行ったときにピザ屋さんにおいてあったパンの本の中に書いてあったオリーブパンを作りたいとのこと。

原価も計算し、一個100円で売ることに。

前日に生地を仕込み、当日は朝5時頃から起きだしてパンを焼いていた。
私は仕事が5時からあるので、一仕事終えて10時に自宅に娘を迎えに行き、私のお店があるところまで送った。

かごに20個ほどのパンを入れ、手に持ち「オリーブパンを焼きました~」
「どうぞ~」などと言いながら道端に立って売った。

後から聞いたら一番最初は足が震えて立っているのでさえやっとだったという。

最初は以前通っていた英語の塾の先生に買ってもらったり、彼女の友人に買ってもらったりしながら、20個を売り切り、満足気な顔で汗を拭きながらお店からいただいたサンドイッチを齧る横顔は充実感と達成感に満ち溢れていた。

通常、何かを売る場合、その「商品」は出来上がっていて「信頼性の高い」ものである場合が多い。飲食店であれば「料理人が作った料理」であるし、他のものだってしっかりとプロが作ったものだ。

しかし今回彼女が売るのは「自分が作ったパン」という信頼感からは程遠いものだ。家でパンを作ったことはもちろんあるが、売るようではなく、家族で食べるためのものだ。唯一妻がパティシエであり彼女から教わりながら作ったものであるという一点。そして自分の努力。足が震えるのもわかる。

自分で作ったパンを自分で売ると、いろいろなものが見える。

そして少しでもお客様の信頼感を勝ち取ろうと努力する。
一日目、パンが完売したのはいいが、浮かない顔をしていたので、なぜかを聞いてみると、「今日売れたのは私が高校生だからで、炎天下でかわいそうだから」だと。そしてかわいそうに思ったおばあさんが最後残っていたパンを全部買ってくれたのだ。と。

そして、ビニール袋に入れて日差しが当たるとパンに汗をかいてしまうので、他の入れ物も試してみたい。と言った。

車で近くのおしゃれなパン屋に行き今日の売り上げからパンを数点購入していた。

市場に行き包材屋さんでパンが汗をかかない袋があるのかを聞いていた。

高校生が初めてパンを焼いて初めて自分で街角に立ち20個を完売した一日である。

確かに彼女はこの経験によりいろいろ勉強になったであろう。しかし、勉強になったのは実は私のほうであった。

自分でパンを焼き、街角に立ち売ることが今できるだろうか?
その後売り上げからパンを買い、研究するだろうか?
仕事終わりに包材屋に行き袋の研究をするだろうか?

もしかして自分は仕事をルーティーンととらえ毎日同じ事をして満足してないだろうか?

また、彼女が女子高校生だったから一か月もの間毎日パンが売り切れたのだろうか?(彼女は一か月間続けた)

確かにそういった部分もあるだろう。

しかしそれを言ってしまったらプロフェッショナルが泣く。
私はそれを仕事にしているのだ。
女子高生だからを理由にしたらサービスマンなんていらなくなる。

このコロナ禍で炙り出されたことがあるとするなら
いま飲食人に一番足らないのは「一生懸命売る」ということなのではないだろうか?
一人の人、一人のお客様に対して一人の私が対応するのだ。
私の作ったものをあなたに食べてもらい、そして笑顔になってほしいのだ。
高校生の彼女は自分の作ったパンを一生懸命売ったのである。だから売れたのだ。

飲食店は分業制でキッチンとホールに分かれているところもあるが、作った本人がでてきて、「私の料理を食べてくれてありがとうございます。」という気持ちが必要だし、お客様が絶対満足させる料理を作らないといけない。

高校生に経験をなどと悠長に構えていた自分が恥ずかしい。

教えてもらったのは私の方であった。



【あとがき】
パンは何度か売り残ってしまった事があった。
私が迎えに行ったとき、まだ売り切れてなくてかごを持った娘は遠くから見ると疲れて、こわばった笑顔でお客様に声をかけていた。

私が迎えに来たのを見ると何とも言い難い、悔しさと恥ずかしさが入り混じったような笑い顔で「まだなんだ」と言った。
もう少し頑張る?と聞くと「うん」と言ってもうしばらく道端に立っていた。
その時の恥ずかしそうな、悔しそうな彼女の顔を私は一生忘れないだろう。
そして時間で終わりではなく、売り切るまで頑張るという初心も忘れずにいたい。



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