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書評

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ヨミタイモノ、ココニアリマス。
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#海外文学のススメ

アントワーヌ・コンパニョン『寝るまえ5分のモンテーニュ 「エセー」入門』

アントワーヌ・コンパニョン『寝るまえ5分のモンテーニュ 「エセー」入門』を読み終える。も…

既視の海
2か月前
18

アゴタ・クリストフ『文盲 アゴタ・クリストフ自伝』

『悪童日記』三部作を読み、著者アゴタ・クリストフが、母語ではないフランス語で書くことの意…

既視の海
7か月前
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アゴタ・クリストフ『第三の嘘』

少し感傷的になりながら、アゴタ・クリストフ『第三の嘘』を読む。『悪童日記』『ふたりの証拠…

既視の海
7か月前
20

アゴタ・クリストフ『ふたりの証拠』

いてもたってもいられず、アゴタ・クリストフ『ふたりの証拠』を読む。『悪童日記』の続編であ…

既視の海
7か月前
19

アゴタ・クリストフ『悪童日記』

読む本は、いつもゆくりなし。 先日来、「いま読書中」「一番の偏愛本かもしれない」という声…

既視の海
7か月前
18

Luis Poirot “NERUDA: Retratar la Ausencia”(パブロ・ネルーダ写真集)

1971年、ノーベル文学賞の受賞記念としてパブロ・ネルーダの自宅で開かれた夕食会。そこに招か…

既視の海
7か月前
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ロベルト・アンプエロ『ネルーダ事件』

「ネルーダ週間」も終盤にさしかかる。映画を観たり、詩集を読んだりしながら、参考文献を紐解いたり、ニュースを調べたりして、南米チリの詩人、パブロ・ネルーダの全体像がぼんやりと浮かび上がってくる。 批評家の小林秀雄は、文芸時評から出発したものの、絵画や音楽、能などにも批評の対象を広げた。そのとき、伝記を読み、書簡を読み、行き着く興味は作家の「人そのもの」であり、生活となる。作家の坂口安吾との対談でも小林秀雄は語る。 そんなことを思い出しながら、ロベルト・アンプエロ『ネルーダ事

アントワーヌ・ローラン『ミッテランの帽子』を読む。さえない会計係、不倫中の作家の卵、スランプの調香師、時代遅れの資産家が次々と仏大統領の帽子を手にして運命を変えていく。洒脱な筆運びと固有名詞、歴史的事実で具体、具体とたたみかける。登場人物も読み手もみな幸せな気分になれるのがいい。

既視の海
7か月前
13

『ネルーダ詩集』田村さと子訳編

「ネルーダ週間」は続く。ようやく、本命である田村さと子訳編『ネルーダ詩集』を読む。 詩や…

既視の海
7か月前
21

アントニオ・スカルメタ『イル・ポスティーノ』

原作があったなんて、まったく知らなかった。 南イタリアの小さな島を舞台に、素朴な青年マリ…

既視の海
7か月前
40

クラリッセ・リスペクトル『星の時』

またひとつ、静かな物語。 クラリッセ・リスペクトル『星の時』を読む。 舞台はブラジル・リ…

既視の海
7か月前
29

エステルハージ・ペーテル『女がいる』

女がいる。僕を愛している。かつてはそうつぶやいたが、いまでは分からない。彼女は僕に、消え…

既視の海
8か月前
10

ジュンパ・ラヒリ『思い出すこと』中嶋浩郎訳

見えてはいるが、誰も見ていないものを見えるようにするのが、詩だ。 詩人・長田弘のこの言葉…

既視の海
8か月前
24

ジュンパ・ラヒリ『わたしのいるところ』中嶋浩郎訳

そう、こんな本が読みたかったんだ。 自分の好みを明文化しているわけでもないのに、そう思うことがある。このジュンパ・ラヒリ『わたしのいるところ』がそうだった。イタリア語への思慕があふれ、40代になってから移住し、母語ではなくイタリア語で執筆を始めたジュンパ・ラヒリの長編第1作。日本語に翻訳されたものしか読めないから、その進歩のほどは判断できない。でも、訳者あとがきによれば、ほぼ完璧なイタリア語で書かれているという。 登場するのは、大学講師をしている45歳の女性「わたし」。お