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フランスの政治や社会について思うこと その1:ワールドカップ決勝

今回のワールドカップ カタール大会決勝戦でPKの末フランスが敗れた時、グランドまで降りてきて選手たちを慰めていたマクロン大統領に対して、全国紙に批判的な記事が掲載された。要約すると、国の父のような態度で国民に媚を売っているということらしい。

第一線で活躍するジャーナリストはこの国で本当のエリートだと私は思っている。頭がキレる、ユーモアにあふれるといった素質はもちろん、正義をもって仕事に身を捧げ、国民のために真実を伝えようとしている。だから、フランスに3紙しかない全国紙ひとつがこんなに的外れな記事を掲載したことに驚いた。

マクロン大統領に思惑があるとするならば、それは残念ながら国内に向けられたものではなく海外、とりわけ他ならぬカタールへのアピールのはずだ。フランス代表のスター、エムバペ選手はパリ・サンジェルマン(PSG)に所属しているが、幼い頃からレアル・マドリードでプレーするのが夢だった。そんな彼に対し、パリで経験を積んでからマドリードへ行けばいいと必死に説得して、PSGはなんとか契約にこぎつけたのだ。昨シーズン後半には、マドリードと本人の間ではほぼ合意していたにもかかわらず、最終的には「本人が」それを蹴ったことになっている。マドリード側は激怒し、もう彼が夢のチームでプレーすることは絶望的と見られる。ではエムバペは何故PSG残留を選んだのか?大統領から直接電話があり、パリに残ってほしいと頼まれたからだ。

ちなみにPSGのオーナーはカタールの実業家ナーセル・アル=ヘライフィー。今や世界サッカー界に強大な影響力を持つ人物であり、今大会の実行委員も務めた。すなわち今回一番いい思いをしたのは開催国だろう。出資チームのスター選手2人が一騎打ちで勝負という、これ以上には望めない決勝カードになり、世界に誇れるサッカークラブPSGを存分に宣伝できたのだから。

ウクライナ戦争以来エネルギー危機に見舞われ、場合によっては計画停電も予想されている今冬のフランスにとって、天然ガスや石油の原産国であるカタールは非常に重要なビジネスパートナーなのである。

もちろん現仏大統領のサッカー好きは有名で、前回のワールドカップ優勝時には選手らと一緒になって大はしゃぎで勝利を祝った。今回も「準決勝は見にいくからね」と宣言していたように、どちらかというと自分の楽しみのためにスケジュールを調整したという感じで、ゴールが決まるたびに子供のように喜んでいた。ただ去る5月には再選を果たし(可能連続任期は2期までなので、今回が最後)、その直後に行われた国民議会の議員選出選挙で絶対過半数を獲得できず、思うように改革が進まないマクロン大統領に今、国民に媚を売る必要性はあまりない。が、カタールから天然ガスを優先的にまわしてもらう必要性は大いにある。国際的なスター選手ともフレンドリーな国家のリーダーという姿を特にカタール、そして世界に向けて発信したかったと考えるほうが自然だ。

そんな国際政治の踏み台にされたエムバペはかわいそうなのかもしれない。自分の意思とは関係のないところで、ひとりのサッカー選手という立場を遥かに超え、政治的にも経済的にも非情に重要な人物となってしまったのだから。

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