氏原維持

読んだ歌集の感想を書いていきます。毎月1冊予定。

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最近の記事

「読まされてきた」ものを越えて|『Lilith』川野芽生(②/③)

第65回「現代歌人集会賞」受賞挨拶 『Lilith』で標記の賞を受けた川野は、受賞者の挨拶の場で「美しさ」について語った。歴史上数々の芸術が女性を美のアイコンとして取り扱ってきたこと、美しいものは鑑賞者に絶えず搾取されるものでありそれを若い女性として生きる中で強く感じてきたこと、自分の歌が「美しすぎる」のではないかと思ったこと、搾取されるものは人間のみならず自然も含まれること、美の価値観も根本的に差別的であり言葉の美しさを求めることのみがその暴力性から逃れうるものではない

    • 20世紀の忘れ物|『奇魂・碧魂』小田原漂情

      学習塾経営歌人  某市の古本屋で見かけた見慣れぬ名前の歌人のことを、何も知らなかった。山と積まれた古本の束を少しずつ崩しながら、あれも違うこれも違うと読み進めていき、『たえぬおもひに』に行き着いたとき、これだと思った。ちょうど同じ作者の歌集が近くにあったため、それと一緒に購入したのが、掲出の『奇魂・碧魂』だった。  一読して、作者について調べてみると、どうやら東京で学習塾を経営しながら創作を行っているようで、冒頭で挙げた埋め込みリンクが学習塾のサイトとなっているのもそのた

      • 鱗ある者たちへの歌|『Lilith』川野芽生(①/③)

        異能  川野芽生を特定のジャンルで語ることは難しい。創作者としてのスタートは、掲出歌集の標題にもなっている連作「Lilith」により第29回歌壇賞を、同書により第65回現代歌人協会賞を受賞したことにあるといってよい。しかしその創作は短歌にとどまらず、SF的要素の強い小説集『無垢なる花たちためのユートピア』、幻想的な世界観の短編集『月面文字翻刻一例』と(連作短編風な)長編『奇病庭園』、そして第170回芥川賞(日本文学振興会ホームページの記載によれば、「新進作家による純文学中

        • 廃墟からの視程 | 『揺れる水のカノン』金川宏

          フリーペーパーで死を歌う寡作の人  本作は、第一歌集『火の麒麟』、第二歌集『天球図譜』から30年の沈黙の後に出版された、短歌と詩が織り交ぜられた作品集だ。第三歌集のための未発表作品を「廃墟」と名付けられたノートに書きとめていたものを、20数年の時を経て紐解き、ひとつの作品集にまとめあげたという。  第一・第二歌集も知らなければ作者の名前も聞いたことがなかった私が金川のことを知ったのは、2023年1月に閉店した某書店に置かれていた一冊のフリーペーパーを読んだときだ。冊子の名

        「読まされてきた」ものを越えて|『Lilith』川野芽生(②/③)