見出し画像

大人の「現代文」44 ……『舞姫』にもどります。

エリスの手紙を受け取った豊太郞

 
 『舞姫』のストーリーに戻ります。

 エリスの「あなたとずっと一緒にいたい」「絶対に別れたくない」という必死の説得の手紙を読んだ豊太郞、初めて、あることに気づきます。それは、まことに、まことに皮肉なことに、そのエリスの必死な思いが、逆に、豊太郞に、エリスとの別れの可能性を意識させたのです。具体的に言うとエリスの手紙のこの言葉です。

「豊様、あなたそんなに大臣に信用されているなら、私の日本行きの旅費も天方様にお願いすれば出していただけるんじゃないですか?出していただけるはずでしょ?」

 しかし、豊太郞は、このエリスの手紙を見て「そうかエリスの日本行きの旅費も天方大臣にお願いできるのか」とは思いませんでした。(無論係累はいないと相沢に言っていますからダメなのは当然ですが)

 豊太郞が気づいたことは、そうか自分はそんなに天方伯に「信用されているのか」「日本に帰国できるのか」であって、エリスの求める「エリスとの二人の愛の生活を何としても継続させること」ではなかったのです。

 そして、彼は、「自我の目覚め」が本物でなかったことを、悟るのです。

 「ああドイツにきた初めに、自ら私の本来の自分に気づいたと思い、もう人に操られるだけの、器械的な人物にはならないぞ、と心に誓ったけれども、それは足を縛られて放たれた鳥がほんの少しの間、空中で羽根を動かしこれで自由になったぞ、と一人得意になっていたようなもので、ホントの自由ではなかった。自由を束縛する足の糸は解くわけにはいかなかったのだ。ただ、足の糸を操っていたのは、先には私の上司であり、今は天方伯に変わっただけなんだ」

 この瞬間、豊太郞の心からエリスは遠ざかっています。

 さて、ここです。なぜ豊太郞はこのように思ったのか?なぜエリスの必死の説得は、豊太郞の心に響かなかったのかです。豊太郞そんな薄情な人なんでしょうか?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?