12.青鬼になろう
5歳のとき、保育園のお遊戯会で劇をした。
演目は『泣いた赤鬼』という童話。
『人間と仲良くなりたいと思う赤鬼。しかし、怖がられてしまうため仲良くなれず、悲しむ赤鬼。友達の青鬼が「ぼくが人間の村を襲って暴れるから、そこへ赤鬼が登場し、青鬼をこらしめる。そうすれば人間たちが優しい鬼だと分かってくれる」と提案。青鬼はそれを強引に実行し、青鬼をこらしめた赤鬼は人間と仲良くなる。そして村人に嫌われた青鬼はひとり、村を離れて旅に出る』
というお話。
めっちゃいい話。泣けるなぁ。
俺は青鬼の役になった。かなり重要な役だ。だが、当時5歳の俺には、この童話の内容も、役の重要さも理解していない。保育園の先生に与えられた役を、与えられたセリフを、与えられた動きを、ただ練習して披露するだけ。
青鬼の重要なシーン。それは村を襲うシーンだ。
観覧席を正面にして立ち、両手を顔の左右に構え、指を軽く曲げ、「蹴っちゃうぞ、殴っちゃうぞ、ガオー、ガオー」と言いながら、ステージの端から端をサイドステップで往復する。これが俺に与えられた演技だ。
先生に言われるがまま、毎日練習をがんばった。
――そして本番。
観覧席には保護者が集まる。
劇が進んでいき、そして村を襲うシーンへ。
本番まで一緒懸命練習してきた5歳の俺。練習した通りに、観覧席を正面にして立ち、両手を顔の左右に構え、指を軽く曲げ、「蹴っちゃうぞ、殴っちゃうぞ、ガオー、ガオー」と言いながら、ステージの端から端をサイドステップで往復した――。
「うふふふふ」
会場に笑い声が響いた。
観覧席の大人たちの笑い声が……。
それも1人や2人だけではない……。
――なぜだ。俺は一緒懸命練習して、それを披露しているだけなのに……。
笑われた……。
それがバカにした笑いではないということは、5歳の俺には分からなかった。劇は無事に終わったが、喜びや達成感はなく“笑われた”という感覚だけが残った。
5歳のときのエピソードだが、わりとハッキリ覚えているということは、それだけ心に残ったエピソードだということ。
人格形成のすべてに原因や理由があるとするなら、俺がのちに人を傷つける側のクソガキになったのにも、きっと理由がある。このときに知った“笑われる”という感情が、要因のひとつになったのかもしれない。『攻撃は最大の防御』という言葉があるように、笑われること、バカにされることへの嫌悪感や羞恥心がそうさせたていのかもしれない。子どもの頃、それを意図的に体現するほど利口ではなかった。つまり、本能的あるいは無意識的な行為だった。それに気づかせてくれたのは様々な経験と、なにより周りの人たちだ。
もしそれがなかった場合、次第に自分自身では気づけない程に、凶暴化し、狂気化し、歯止めが利かなくなるのかもしれない。
ただ、いかなる理由でも身勝手に人を攻撃していい理由にはならない。それを止めるのは、暴走を止めるのは、周りの人たちだ。
――世の中には人を攻撃する人がきっとたくさんいるんだろうけど、それは仕方のないことなのかなぁ。
――自分が受けた痛みを、同じ痛みとして、ましてや何倍にもして返すなんて、それは仕方のないことなのかなぁ。
『人にされて嫌なことを人にしない』園児でも知っているそれを、歳を重ねて、大人になって、なぜできないんだろう。人生に正解や不正解なんてないんだろうけど、身勝手に人を傷つけたり、人の命を奪うことだけは不正解だと思う。それをする人たちにも何かしらの事由や事情があったり、痛みを抱えていたりするのかなぁ。もしその根本を解決できたなら、世の中にある理不尽な攻撃や醜い争いも、少しは無くなるのかな。まぁ、きっと無理なんだろうな。
人間って、人生って、難しいね。
地震や嵐のような自然現象の発生はどうにもできないけど、戦争や紛争、世の中のあらゆる暴力は人為によるもの。そこには大抵、人の意思や思惑がある。裏を返せば、人の意思で止めることもできるはずなのに。
大義名分なんていうけど、争いの先に求めるものは、結局誰かの私利私欲でしかない。戦争や差別の歴史や背景を学ぶとよりそれが分かる。誰かの私利私欲のために、誰かが、多くの誰かが、犠牲になるなんて。互いの少しの自己犠牲で防げる争いや暴力があると思う。そして、それによって生まれる慈しみの心。
そんなに難しいのかな。まぁ、綺麗事だけではやっていけないし、すでに世の中がそうなっている以上、なにを言ってもただの空想でしかない。
きっと戦争や紛争は無くならない。理不尽な犠牲や被害が少しでも無くなることを、只々祈るばかりだ。
なんでこんな話になったんだっけ?
そうだ、みんな青鬼になろう!
青鬼が増えれば、世の中が3インチぐらい平和に近づくんじゃないかな。うーーん。
いや、無理かぁ。
俺も青鬼になろう!
一度青鬼になってるけど、そういうことじゃない(笑)。
あの頃と違うとすれば、
笑われるぐらいがちょうどいいな、俺は。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?