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「俺は訳あって声優になりたい奴の手伝いをしなければいけなくなった」第10話

第10話 エピローグ

二か月後、退院した光明は松葉杖をついた状態で新宿にある事務所、桜花月夜の扉の前にいた。

心臓の鼓動が高鳴る。
「はあああああ、すううう」

深呼吸をしてから、ドアノブに手をかけ、ゆっくりと回す。カチリと音が鳴り、ドアを開くと、そこには五十代に見える髪の長い女性が立っていた。
「おはようございます。あなたが、二本柳光明君ね」
「はい、おはようございます! あらためまして、二本柳光明です。よろしくお願いします」
 光明は深々と頭を下げた。
「はい、よろしくね。それじゃあ頭を上げて、スタッフを紹介するからこっちへきて」

女性の名は、八重桜蕾。桜花月夜の社長である。彼女は五十畳ほどの事務所内を紹介し始めた。
「こちらが養成所の事務局ね。三人のスタッフは養成所のときに知っているだろうから紹介の必要はないわよね。あっちにあるデスクのかたまりが事務所スタッフの机よ」

そう言って指さした先には、体の大きないかつい男性と、眼鏡をかけた小柄な女性、背を向けた中肉中背で、伸ばした髪を撫でつけた男性の三人がいた。
「ひとりずつ紹介するわね」

光明が三人に目を向けたとき、八重桜の言葉は遠くに聞こえているノイズのように何を言っているのかよくわからなくなった。
光明の目は、中肉中背の男性に釘付けだった。
机の横には松葉杖が立てかけられ、頭に包帯を巻いている。
光明が振り絞った声は、かすれた。
「あ、あの……」

男は体を動かすのが億劫と言わんばかりのゆっくりとした動作で、椅子に座ったまま光明のほうへ体を向け、口を開いた。
「未来の自分へ投資をする覚悟ができたか?」そう言うと笑みを浮かべた。
「か、かえ、楓さん!!」光明の目から涙が零れ落ち、声は大きなものになっていた。
「楓さん! ぼ、僕、ここまでこれました!」
楓は苦笑いしながら、口を開いた。
「まったく、泣き虫だな」
光明は涙を流したまま、満面の笑みを作って、声を張り上げた。
「はい! よろしくお願いします!」

おわり


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