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天の道~真実の行方11話

     悪夢からの目覚め

大きな犠牲を払ったけれど、3階病棟の歴史を変える事に繋がるのなら
今回の件は、その為のひとつの通過点として
已むを得なかった事にしよう
此処で終わらせてしまおう
何よりも、今後の病棟の為……
これで、今の小早川を以って、封印された3階病棟は
これから変わっていけるだろう

嬉しそうに満面の笑みを浮かべる由美の顔がある。
その期待感はどんなであろう。
未だかつて、見た事ないような由美の笑顔。
本当に何とも言えない位の、いい表情の由美の笑顔が暫く映し出され
頬を伝わる涙の感触と共に瞳は……目が覚めた。

だが、、、涙が止まらない。
「小川ちゃん(由美)、可哀そうに……」
覚醒と同時に結びついた現実は、夢の最後となった由美の
あの笑顔を不憫なものにさせた。
この出来事は、由美から打ち明けられた時点で、数か月が経っている。

「小早川先生…変わるって…言ってくれたんですけどね」

居酒屋『呑』で、苦笑いしながら噛み締めるようにつぶやいた由美。
時折見せていた暗い表情の訳が理解できた。

こんな経緯がありながら今日まで、3階病棟に変わった変化はなく
地位や立場を利用した〝ボス“の我儘ぶりは根強く残されたままで
由美を安心させた、あの約束は結局その場しのぎの
口先だけの手口だったに過ぎなかった。指の先までジンジンと染み渡る
切ない想いに胸を締め付けられ、瞳の涙は止まらなかった。

人気のない夜の病棟内で起こった悲しい出来事。
その日の夜勤ナースとして担当していたのは、3階病棟に在籍して
まだ、日の浅かった伊藤安奈と、独り立ちを始めたばかりの
新卒まもない小川由美の二人だった。

程なくして辞表を出し退職してしまった伊藤安奈。
今にして思えば、歪んだ医療現場での不安を抱える者として出した
賢明な結論だったとも思えるが、入れ替わりの多い部署の中で
辞めていく者の理由など、いちいち表面化されることもなく、当時
好き勝手な憶測で、伊藤安奈も意に反したレッテルを張られた
形で終わっていた。

責任感が強くきちんとした仕事をしていた姿が目に浮かぶ。
ゆれゆえ彼女にとって、この出来事は許し難いものだったに違いない。
夢の中とはいえ……自分と入れ替わってて良かった
もう一度、此処に引き込んで悲しい思いを
させずに済んで良かった。
今は穏やかな時間を過ごして居る事を願いたい。

ひとり残された由美の、それまでの数か月は、どんなに辛い
日々だったことだろう。
小早川からの直接的な攻撃や言葉の暴力は、由美に対し
確かに無くなっていた。
秘密を知る者への口止めの為に与えた報酬……だが
優しい言葉のひとつもかける訳でもなく、気にかけている様子もなく
まるで自分の視野の中から完全に消してしまったような
全く無視しているようにも見えた。

誰の目から見ても大人しい由美に限って、この件をどこかに
他言する事などあり得ないと思い込んでいるのだろう。
由美には出来ないと思っている……
それが歯痒かった。

「私が小川ちゃんだったら、堪えられないわ」
思い余って自分の所へ駆け込み、救いを求めて来た由美を
何とかしてあげたいと思った。
誰でも持って生まれた性格や、それまで身に付けてきた習性やらを
簡単に変える事は容易ではない。
だけどそれを、変えようと努力する事で違いは生じてくる。

『あなたには、その素振りすらみつからない
自分以上の人間は居ないと、他人を見下すようなそんな態度は改めてほしい

大人なら、、自分の言った言葉には責任を持って喋ってほしい
例え、その場を逃れるだけの為にせよ、平気で嘘をつくのは止めてほしい
人の上に立ちたいなら、ついて来てほしいならもっと器の大きな人になりなさい。
黙っていても魅力のある者には、人は自ずとついて行くものです』

こんな当たり前の事も解らないような年だけ取った
大人のふりした、こ・ど・も…瞳は、思いの丈を頭の中で吐きだした。

「小川ちゃん、こんな人に振り回される事無いよ」
要するに考えるに値しない人間だ!
究極状態で考えたら、色々想い悩むのも馬鹿らしくなり
楽観的に抜け口を作ってみたら、気持ちが楽になって来た。
頭のスイッチを切り替え、窓に目を向けると
外は白々と夜が明け始めていた。

悪夢に始まり、泣いて考えた夜が明ける。
要は私も小川ちゃんも真面目すぎんのよ
物事をまともに受け取ろうとするから、傷ついてしまう。
あの爺(小早川)を相手にこれからもやっていくんんだったら
楽観的なものの見方も必要だって事よ
そうじゃないと、とても爺とは絡んでられないわ

小川ちゃんにも、もっと丸くなって貰わなくちゃ……
あは、私が一番か
それにしても、夜更かしは慣れているけど、仕事じゃのんびり
外の景色なんて見てらんないもんね
たまには朝の違う景色を見るってのもいいもんね~
あ~気持ちいい!

そうだ!今日は掃除して、気晴らしにショッピングでも行くか!
沸きたてのドリップコーヒーを啜りながらベランダに出て深呼吸をする。
朝の清々しい空気を存分に吸って、大きく伸びをした。分かり合おう、、とまでは言わないが、見方を変えてみようと思った。
前に出るより、一歩引く事を選択した瞳。

「小川ちゃん、貴方からのメッセージはしっかり受け止めたから」
それはそれで、忘れてはいけないと肝に銘じた。
「中身の濃い一夜だったなぁ…悪夢に始まって…しかし不思議ねぇ
小川ちゃんの話した内容をそのまま夢の中で、自分が遭遇したように
体験しちゃうなんて、まぁ、聞いてる先からショッキングな
中身ではあったけど……」

この時、瞳はまだ気づいていなかった。
悪夢だと思っている夢での出来事が、実はフラッシュバックから
繋がった現象だった事を……
一度、捉えられてしまったら、逃れる事の出来ないこの恐ろしい現象に
この後、どれ程、自分が苦しめられていくか、を

そして、気を持ち直して歩き出そうとしていた3階病棟で
更なる新たな出来事が待ち受けている事など
今はまだ……知る由もなかった。

  













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