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天の道~真実の行方10話

    フラッシュバック③

それまでの物々しい状況を物語る一切の片づけが終了し
綺麗に整理されたNICUに、急変を知らせる連絡を受け
途中から外で待機していた家族は、ようやく面会を許され
中に入って来た。
夜間の急な呼び出しに、駆けつけられたのは父親一人だけだった。

カイザー(帝王切開)のオペ後という事もあり、父親の意思を優先に
母親にはショックが大きいだろうと考慮され、急変の事も
その後の結果も、伏せられたままだった。
今頃、病室のベッドで、自由の利かぬ身体を横たえ
何を思っているのだろう。
それとも、出産という大役を果たし終え、安堵に包まれながら
心地良い眠りを得ているのだろうか。

号泣に等しい父親の涙は、改めて瞳と由美の涙を誘った。
蘇生中止が宣告され、死亡が確認された時
二人はいたたまれず泣き崩れた。
由美にすれば初めてのステルベンの経験。
ナースとしての道のりにあっては、この先も少なからず
遭遇するであろう悲しい出来事。

幾度かこの過程を経てきた瞳にしても、赤ちゃんの臨終に立ち会うのは
初めての事だった。
痛みや苦痛感を表現や身体で、まともにぶつける場面の多い中
それらの死とは明らかに違っていた。
痛いはずなのに・・・苦しいはずなのに・・・
なされるままに弱々しく泣くだけで、一貫してその姿勢を変えず
清いまま静かに消えて行った
それはまるで・・・天使を思わせた。

この世に生を受け、折角、誕生してきたのに、その命は
余りにも短かった・・・というよりは
こんな状態でありながら、この子は生きようと必死に努力し
半日以上を確かに生きていた。
もっと早くに然るべき処置がとられていたなら、といった
適切な看護に至らなかった自責と後悔の念が、胸を押しつぶしそうになり
どうしようもなく泣けた。

この病棟は本当に危険だ、、この子はその影響で犠牲になってしまったんだ
由美が打ち明けた内容に
「患者さんにまで影響が及ぶなら我慢出来ない!」と
言った意味は、この事だったんだ!
由美から聞かされた耳を塞ぎたくなるような言葉の数々
と、同時に植え付けられていった恐怖心はフラッシュバックとなって
出現し、夢とも幻ともつかない世界の中で、再現されていく
物語の進行と共に、瞳の頭が徐々に整理されて行く。

力や権力で弱い立場にある人を制圧してはいけない
その器のない人が人の上に立ってはいけない
小早川の存在そのものを『悪』と捉える瞳に
追い打ちをかけるように飛び出した小早川の言葉。

「お前らでも、、泣くことがあるんだな、、」
この言葉はどう解釈したら良いのだろう?
仕事の一過程として割り切っているんだと思ってたら
こういう場面では涙をながすんだな?という解釈?
はたまた、性格上に問題があり、絶対に涙を流すタイプではないと
思っていた、、という解釈?
或いは・・・いや、もうよそう。

あれこれ考えてみた所で、小早川に関する事では所詮
前向きな考えはもう、持つことが出来ない。
涙は理屈じゃない!泣きたい感情に素直に反応しただけだ。
父親と共に涙の時間を共有した後、最後の簡単な処置を済ませ
小さな天使は父親に抱かれて、家族の待つ我が家へと
静かに帰って行った。

奥の相談室では、牟田医師、小早川医師、海江田師長の3人で
先程からの話し合いが、まだ続いていた。
多分、今回の対応について、瞳の情報を元に常識的な第三者を
交えての対話は拗れている事だろう。

カルテの記載に思案する由美に、瞳は先輩として
「正直に書きなさい。最初の経緯から・・・指示は全て
医師ではなく師長が行っていた事もね。恐れないで事実をありのままに
だって・・・真実はひとつしかないのよ」
そうアドバイスした。
今なら小早川に何か言われても、確実に言い返せる
そんな意気込みがついていた。

瞳の憤りを知ってか知らずか、、
奥から出てきた小早川医師と海江田師長。
身構える体制にある瞳の心中に反して、二人の表情に微かな笑みが
漂っているように見えるのは、瞳の気のせいだろうか。

奥の部屋で何が話し合われたのだろう。
かなり長い時間の経過の後、出て来た小早川医師と海江田師長の二人は
それぞれに、由美の手によって書かれた看護記録に目を通した。
真実なのだから、、こればっかりは変えようがない・・・
どんな言葉で返してくるのだろうかと、覚悟を決めた瞳と由美に対し
開き直りとも思える態度で居直った海江田師長。

「どうぞ、あなた方は事実を喋って貰って構いませんから
何処へでも、本当の事を話して下さい」

自分たちの非を認めている割には、どこか違うニュアンスを
含む言葉に少々、瞳は苛ついた。

「何処へ行って、何を喋れというのですか?
問題が飛び過ぎではありませんか?」

そういう問題ではない!
この二人に考えて欲しいのは、そういう事じゃない!
救急搬送を怠った根底にあるものを、いちから説明しないと
いけないのかな?怯まず攻撃態勢を崩せない瞳を宥めるように
今度は、小早川が口を開いた。

「まぁまぁ、今度の事はワシも反省している」
「これは、神様が自分に与えた罰だと、試練だと思っている」

陰湿な嫌がらせを趣味のように楽しむ性格の一方で
熱心なクリスチャンの顔をも併せ持つ小早川。
神を語る時の彼の顔は、不思議と柔和に見える。
穏やかそうなその一面を何故、普段生かせないのだろう。
傲慢なやり方で次々ともの言えぬ部下を作り上げ
その結果が招いたともいえる今回の不祥事。

存在そのものを『悪』だと感じた瞳だが、こんな小早川なら
話を聞いてやってもいい、、同情の余地なしと決めた人物の本音を
もう少し聞いてみよう、という気になった。

搬送に対し、自分のキャリアや立場上、見栄や体裁が絡んだ私情が
少なからずあった、と正直な告白を始める小早川を前に
次第に落ち着きを取り戻していく瞳。
神様の罰と何度も繰り返す謙虚な姿勢から、今回の事は彼自身、大変な
ショックを受けているのが、ひしひし伝わってくる。

こうして向き合ってみれば、彼も至って普通の『人』ではないか。
一度は『悪』とまで行き着いた人物の存在を、もう一度
信じてみよう、という気にさへさせられてしまう。

今、目の前にいるのは
自分の作り上げた世界の頂点で、自己満足に浸っているかつての
我儘な〝ボス”ではなく、医者としての自覚に目覚めた小早川だった。
この小早川に悟りをもたらした天使の姿が再び瞳の脳裏を過った。
神を口にする自体、小早川も又、自分と同じように
あの子に、天使を垣間見たのだろうか

小早川をこのように瞬時に変えてしまうとは・・・
あの子は本当に神様のお使いだったのかも知れない
抑圧された環境が、この世界(医療の世界)で、どんなに危険なも
だったかを、身を持って教えてくれたのかも知れない。

「これまでの自分を改める」
とまで口に出した小早川に対して、瞳と由美の心にはこれまでの
『悪』との認識を覆す程の安心感が、引き換えに植え込まれた。

 11話 サブタイトル【悪夢からの目覚め】に続く
※この小説はフィクションです。
※天の道~真実の行方1話に公開済の全リンクを貼ってあります。








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