連想って楽しい~「1983」から「テセウスの船」に辿り着くまで~
人間の脳、発想するシステムってどうなっているんだろう。
私はよく人から「よくそんなところに連想するな」と突っ込まれる。
そんな私が休日の朝、何気なくNETFLIXで見かけた「1983」という作品から「テセウスの船」という作品に辿り着いた連想を残そうと思いこれを書いている。(もはや日記です。)
ポーランドのifを背景にしたドラマ「1983」
休日朝のルーティンとなっていたNETFLIX巡回で、ある作品を見つけた。「1983」だ。
タイトルをみた第一印象、「1984年」のオマージュか?
ジャンルを見てみると「ディストピア」の文字が。
どうやらこの作品は、”ポーランドが民主化されずソビエトの統治下である”というifの世界を背景にした犯罪ドラマのようである。
と、ここで学のない私はポーランドの歴史に興味を持ち始めた。
紆余曲折なポーランドの歴史を見ていて
ここから私はポーランドの歴史を調べだすのだが、調べた歴史を述べていては文字数がとんでもないことになるのでここは割愛させていただく。
いくつかのサイトでポーランドの歴史を見ていて、琴線に触れたワードがあった。「ヨーロッパにおける民族大移動」だ。
私は以前、ケルト文化について少し調べた時期があった。
ケルト音楽が好きなのだ。技術的なことは語れないが、あの神秘的で壮大な音楽を聴きながら読書なんかしたときには没頭感がすごい。(個人的な感想)
ざっくりケルト文化について触れると、ケルト文化のルーツを持つケルト人は昔ヨーロッパに広く暮らしていたが、ゲルマン人のヨーロッパへの移動に伴う「民族大移動」により、ケルト人はアイルランドや北西ヨーロッパに追いやられたという歴史があるらしい。
この知識があったために、「ヨーロッパにおける民族大移動」というワードが、ケルト文化への興味を呼び起こした。
「またケルト文化について調べるかー」と。
この時点でもう「1983」の面影はどこへやら。
「トリスタンとイゾルデ」とケルト
ケルト文化について調べていると、「トリスタンとイゾルデ」というワードが出てきた。
トリスタン、イゾルデ、、どこかで聞いたことあるな…と。
それもそのはず。
「トリスタンとイゾルデ」とは、アーサー王物語にも組み込まれている歴史的な逸話で、楽劇や映画になったり、キャラクターとして漫画やゲームに登場したりする。
「トリスタンとイゾルデ」における「白い手のイゾルデ」
記憶の淵にいる「トリスタンとイゾルデ」。
調べないと気が済まなかった私は、アーサー王物語としての「トリスタンとイゾルデ」の内容を見ていた。
その中で気になる逸話が。
※以後「トリスタンとイゾルデ」に関する雑なネタバレあり
簡単にまとめるとこの話は、トリスタンとイゾルデによる悲恋の物語である。
物語の中で、トリスタンは「白い手のイゾルデ」という姫と結婚する。(「白い手のイゾルデ」と「タイトルのイゾルデ」は別人)
「白い手のイゾルデ」と結婚した後も、トリスタンは悲恋の恋仲であった「イゾルデ」のことが忘れられないため、「白い手のイゾルデ」は「イゾルデ」に嫉妬していました。
そんな嫉妬のついて回る結婚生活の中、トリスタンは戦で毒による大けがを負います。そしてその毒は「イゾルデ」(トリスタンと悲恋の恋仲であった方)にしか治せません。
この知らせを聞いた「イゾルデ」は海を渡りトリスタンの元へ駆けつけます。
起き上がれないほどに衰弱したトリスタンは「白い手のイゾルデ」にこう語ります
「妻よ、船の帆の色を教えてくれ。白だったら彼女(「イゾルデ」)がいる。黒だったらいないのだ」
船は白い帆でした。しかし「白い手のイゾルデ」は嘘をつきます。
「あなた、黒い帆ですわ」
それを聞いたトリスタンはショック死。彼の死を聞いたコーンウォールのイゾルデも、後を追って死んだのでした。二人の墓の上には、赤と白の二本のバラが植えられます。二つの木は絡み合って、赤と白両方の花が咲く一本の木になったのでした。
ん?
この船の帆の話、どこかで聞いたことあるな…
またもや記憶の淵に引っかかるものが。
なんとなくギリシャ神話だった気がする…
オーサー王物語ならギリシャ神話に類似する物語があってもおかしくない。
ということで、連想はギリシャ神話に辿り着く。
ギリシャ神話における「テセウス」
ギリシャ神話には、「テセウス」というアテナイの王となった人物の逸話がある。
「英雄ヘラクレス」に憧れたテセウスは、色んな困難を乗り越えるのだが、その中に「ミノタウロス退治」という困難がある。
テセウスはなんやかんやあって、ミノタウロスがいる島へ向かい、なんやかんやあってミノタウロスを退治する。
そして無事ミノタウロスを退治し、アテナイへ帰る航路、悲劇が起きる。
ミノタウロス退治出発前に、テセウスの父でありアテナイの王である「アイゲウス」は
「ミノタウロス倒したテセウスを乗せて帰ってくるときは、白い帆を上げて帰ってくるように」
と船長に言っていたのだ。
しかし船長はそれを忘れ、黒い帆を上げたまま帰ってきてしまった。
それを見たアイゲウスは、テセウスが死んだのだと思い、ショックのあまり海に身を投げてしまう。
というお話。
そう、「トリスタンとイゾルデ」の内容を見て引っかかったのは、ラストの”船の帆の色で判別”と”ショック死”というところがテセウスの話と被っていたからだ。
そしてこの記事から、「テセウスの船」という作品の存在を知ることになる。
連想は「ディストピア」から「ミステリー」へ
以上が、私の連想だ。
「1983」というディストピア作品から「テセウスの船」というミステリー作品に繋がった。
「トリスタンとイゾルデ」の物語を考えた人もテセウスの物語から何かを連想してこの物語を作ったのかもしれない。
そう考えると、人間の連想は無限大の可能性を秘めている。
秘めた感性や持っている知識は人それぞれで、全く同じ連想ルートを辿ることは無いだろうから。
AIによるシミュレーションなんかが連想を再現できるのかもしれないけど、今回私が辿った連想は「知りたい」という欲求から生まれたもの。
AIにどこまで再現できるだろうか。
そういった意味では、人間によるエンタメ作品の創作には可能性しかないように感じられる。
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