Beatles - Revolver
ブライアン・ウィルソン vs ビートルズ
大谷翔平 vs マイク・トラウトの対決は、大リーグをよく知らない暇な農夫でさえグッときたのだから、野球ファンにとってはこれ以上ない瞬間だったはず。メッシ vs ネイマールとか、マイク・タイソン vs ホリフィールドみたいなものだろうか。古いかも。
ポピュラーミュージック界でいえば、ブライアン・ウィルソン vs ビートルズの対決も、実にドラマティックである--さらに古い話で恐縮だが、人間が古いので仕方がない(僕の生まれる前の出来事だけど)。僕が最も愛するビートル作品『Revolver』の最新リミックス版を聴きながら、そんなことを考えていた。
ビートルズの『Rubber Soul』に触発されたブライアン・ウィルソンが生み出した『Pet Sounds』に、感化されたビートルズが『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』を発表--両者が互いに影響を与えあった1960年代半ばの状況をざっくりまとめると、こうなる。
この時代の両者のアレコレについて、日本の山奥に暮らす暇な農夫が付け加えるべきことはほとんどない。ただひとつ気になるのは、両者が互いにどの辺に影響を受けたのだろうか?ということ。ちゃんと考えたことなかったので、いまいちピンとこないままなのだ。
焼酎漬けにされ、熟成された、もしかすると珍味としても重宝されそうな、ふにゃふにゃの脳みそをクリアにするためにも、この時期のリリース年月日を時系列に並べてみた。農夫は暇なのだ。
『Today!』1965年3月8日発売(Beach Boys)
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『Rubber Soul』1965年12月3日発売(Beatles)
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『Pet Sounds』1966年5月16日発売(Beach Boys)
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『Revolver』1966年8月5日発売(Beatles)
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『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』1967年5月26日発売
こうして並べてみると『Today!』から『Sgt. Pepper's』までわずか2年あまりという事実に改めて驚かされるし、『Pet Sounds』の3ヵ月後に『Revolver』がリリースされるだなんて、音楽のみならず音楽好きですらキャッチアップするのに苦労したはず。それにしても、なんと濃密な日々であろうか。
『Today!』と『Rubber Soul』
『Rubber Soul』が、『Today!』(Beach Boys)の影響下にあると見るのは当然だろう(ちなみにバーズの『Mr. Tambourine Man』のリリースは1965年6月21日。こちらの影響もかなり大きいけど省略)。ビーチを感じさせない内省的なボーイズの作品に、ビートルたちが面食らったことは想像に難くない。そんな時代の変化にいち早く反応し、作品に反映させてしまうところも天才集団たる所以か。
そんな『Rubber Soul』に衝撃を受けたブライアン・ウィルソンは、ツアーに同行せずひとりスタジオに篭り、前作で見せたスタジオワークや曲想をさらに発展させ、『Pet Sounds』を完成させたわけだが、僕がいつも疑問に思うのは、ブライアン・ウィルソンは『Rubber Soul』のいったいどこに反応したのか、ということ、である。
確かに、バディ・ホリーらが築き自らが進化させたロックコンボスタイル、および歌詞世界、アレンジ含めすべての面で新たな次元に足を踏み出した『Rubber Soul』は、それまでのビートル作品をも一気に前時代的なものとして葬り去った作品だった。ただし、アルバムとしての統一感はあるものの、コンセプトアルバムとして企画されたものではない。それに、ブライアン・ウィルソンが喜びそうな和声的な面白さもほとんどない。音楽的に見ても、シタールの使用がエポックメイキングな出来事として語られることもあるが、あくまでロックミュージックの範疇の話であって、ジャポニスムに感化されたドビュッシーの例を挙げるまでもなく、音楽史的にはさして注目すべきところはない。
若きブライアン・ウィルソンが触発されたのは、優れた楽曲群もそうだけど、それ以上に、ビートルたちが表現した既成概念から逸脱せんとする個の苦悩や孤独、解き放たれた意識の寄る辺なさなどなど、新しい時代の空気のようなものだったのかもしれないと想像する。拡張された意識を具現化したかのようなサイケデリックな音像に感化されたブライアンが目指したのは、それらを反映させたコンセプチュアルなアルバムを作ることであり、従来のポリフォニー路線をスタジオワークを駆使してさらに複雑化させること。ブライアンにとってそれはつまり、ロックンロール、あるいはサーフミュージックといったジャンルや既成概念、道徳などなどあらゆるリミッターを外し、脳内で鳴り響く音を、そのまま具現化させる作業だったはずだ。
『Pet Sounds』と『Revolver』、そして『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』
ブライアン・ウィルソンが野心的な作品を完成させつつあったちょうどその頃、『Revolver』の制作のため、ビートルたちがアビーロードに集まったのは1966年4月6日のこと。ごく初期の段階で「Tomorrow Never Knows」のセッションが開始されたという事実は、とにかく従来のイメージを覆そうとするビートルたちの気概がビンビンに伝わってくる。
同アルバムにおいて特筆すべきは、やはり「Tomorrow Never Knows」。ラ・モンテ・ヤング的なドローンや、テープの逆回転やコラージュなどシュトックハウゼン的なミュージック・コンクレート手法を取り込むなど、現代音楽に接近した同曲は、革新性という点では、彼らの頂点だろう。もちろん、ポピュラーミュージックの枠内の話ではあるのだが。
『Pet Sounds』のリリースが1966年5月16日なので、このアルバムへの影響はなさそうにも思えるが、リリースとほぼ同時期に『Pet Sounds』のプライベートな試聴会がロンドンで開催され、出席したジョンとポールは大変刺激を受けたらしく、その勢いそのままにポールは「Here, There and Everywhere」を書き上げた、とされている。ポールらしい耳馴染みの良い優れた楽曲ではあるものの、『Pet Sounds』のようなポリフォニックな面白さはない。ポールはいったい、『Pet Sounds』のどこに感化されたのだろう。
おそらくは、「God Only Knows」に代表されるような、天から舞い降りたのではないかと錯覚してしまうようなメロディはもちろん、美に対する崇高なまでの情熱と、圧倒的なクリエイティビティに圧倒されたのかもしれない。このように『Revolver』は、現代音楽のエッセンスを取り込みポピュラーミュージックからの逸脱を図るジョンと、どこまでも19世紀的なポールの、この時点における両者のギャップがより顕になった作品だ、とも言える。
だが、より本格的に『Pet Sounds』を意識して作られたのは、『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』だ。サイケデリックなヴィジョンを表現したコンセプチュアルな作品は確かに、バディ・ホリー以降のロックミュージックの範疇においては革新的であったかもしれないが、『Revolver』に比べてしまうと音楽史的には退化だったのではないだろうか。
賢いビートルたちは自分にもできるはずだと従来のスタイルを捨ててまで挑んだものの出来上がったのは、ポリフォニーな『Pet Sounds』とは構造的にもまるで別物。音楽的には退化した紛い物のゴシック建築のような代物だった。『Revolver』を聴いていると、そんなことまで考えてしまうのである。
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