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人生ポートフォリオ①

ちょうど、区切りの時期が来たので、これまでの振り返りやらなんやらを、いつか見返せるようにつらつらと記しておこうと思う。



小さい時の私は、ひとりでいる事が好きだったらしい。1人で色んなところに行っては楽しんでいた。兄弟が居らずとも、ひとりで遊ぶのもそれなりに楽しんでいたし、好きだった。だから意味無く他人と群れる事が嫌いで、他人と同じでいる事がいちばん嫌いだった。

それなのに、いつからか私は、お気に入りの傘では無く、ビニール傘を使うようになっていた。

ずっと苦しかった。何の為にこんなに必死になって、毎日を死にもの狂いで生きているのか、本当に意味がわからなかった。何十回、何百回、あるいは何千回考えても答えは見つからなかった。だから、こんな世の中を生きることに意味なんて無いと勝手に自分の中で折り合いをつけた。そうなると、自ずと「死=救済」の考えが頭をよぎる様になっていった。そこから、日常が霞んでいった。嬉しいこともなければ楽しいと思うことも無くて、悲しいと思うことすら段々無くなっていった。


そんなある日、ふわふわと上の空で生きていたら、知らぬ間に赤信号の時に飛び出してしまってたらしく、こちらに向かって来ていた車に、爆音でクラクションを鳴らされた。ハッと意識が戻り音の鳴る方に振り返れば、車が来ていたが、私の脚は竦んで動かなかったことがあった。後ろから父が背中を押してくれて事なきを得たが、一瞬この世界がスローモーションになったのを覚えている。死ぬ間際はこんな感じなのだろうとその時思った。


私は残念なことに、要領がいい人間では無かった。だからなんの意味も分からずに、只管に机に向かうことが出来なかった。皆には理由があって、だからあんなに必死に机に向かっているのだろうか?
私にはよく分からなかった。偏差値で決められる難関校と呼ばれる大学に進学したいと思う理由も、Fランクと呼ばれる様な大学を蔑む声が聞こえる理由も。そもそも、大学に行かなければいけない理由すらもだった。
全員が同じ方向を向き、下を見ることは決して許されない。本当に井の中の蛙だった。毎日死にものぐるいで必死に勉強して、いい大学に進学することでしか、私の生きる道は無いんだと思った。


そうして心がすり減っていき、自分の中が空っぽになってしまった頃に、やっと声に出して伝えることが出来た。死にたい、と。人間が三人いるのが限界になってしまうくらいには物があちこちに散らばるわたしの部屋で、何度も何度も嗚咽混じりに、死にたい、殺してくれ、と両親の前で懇願した。

今でも鮮明に覚えている。

あんなに知的で博識の父が、「お前が自殺するくらいなら俺がこの手でお前を殺す」と言い放った。

あんなに温厚で人当たりのいい母が、震えた手で小銭のたくさん入った財布を私に向かって投げつけながら泣き崩れていった。


そこからの二ヶ月間は布団から起き上がるのが精一杯の生活が続いた。夕飯時に何度も何度も家族で食卓を囲み、これからどうしてくのかを話し合った。
私は自由に生きてみたい。何にも縛られずに、自分で考えて自分の道を生きてみたい。そう伝えると両親揃って二つ返事だった。その時に色々調べてみて、初めて知ったことは、意外にも生きる道はたくさんあるということだった。


花の蕾が開き出した頃。新しい出会いの季節になり、新生活が始まった。最初は、以前までいた場所とのギャップについていくのに必死だったが、暫くするとその生活にも慣れた。
そこには色んな人が居た。良い人もいれば悪い人も居た。かつてこんなに色んな人に出会い、関わった事があっただろうか、という程だった。

同時に、女子高生というものはとても楽しかった。女子高生というだけで、無敵になれた気がした。学校帰りに寄り道するのも、ふざけ合いながら過ごす休み時間も、笑いを堪えながら電車に乗ったことも、喧嘩したことだって、全部が輝いて見えた。

きっとこれが、幸せなんだろうなと心の底から思えたのもその時だった。私はこれまで、自分が何を幸せと感じるのか、そもそも幸せとは何なのか、ということすらをも考えたことがなかったんだ、と少し落ち込んだ。何となく敷かれたレールの上を、何も考えずに足元だけを見て歩いて生きてきただけの人生だったから。しかし、一年前にそれを自分の力で前向きに変えられたことに関しては自分をたくさん褒めてあげたいと思った。

少し話がズレるが、最近は見せかけの幸せが多い気がしている。きっと昔の時代にはなかったSNSが音速(私にとっては)で普及しているからだと思う。その影響で、他者評価によって自分の価値が全て決まると思っている人が多すぎるのでは無いかとも思った。もっと自己中心的に生きればいいのに。貴方の人生なのに。他者との相対評価でしか自分の価値や幸福を図ることでしか生きていくことができない人は、きっと心の底からの幸福を感じることはないのだろうと思った。


そんな、これまでのたった数十年の人生の中で私が思ったことは、自己の大切さである。人間関係の中で、関わる人間の影響はもちろん少なからず受けると思う。しかし、その影響の善し悪しを見ず取捨選択せずに、されるがままに全部が全部受け入れて影響を与えられまくってるのをみると可哀想に思える。なんにもない人なんだと。前の私もそうだった。

自分を幸せに出来るのは自分自身だけであり、自分を守れるのも自分自身だけである。自己があっての他人だ。もっと自分を大切に、自分と他人に優しく、生きていきたいと思った。ジブンサイコウ!
その上で他人から頼ってもらえるような、素敵な人間になりたいと切に思う。



続く。




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