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第3回「ガチ中華」人気4ジャンル~②「羊料理」

この写真は中国内モンゴル自治区の東北部に位置するフルンボイル平原を旅したときに、草原で出会った羊の群れを撮影したものです。(撮影/佐藤憲一)

空が広いですね


中国では長江以北に住む人たちにとって羊料理は日常食です。
 
エリアでいえば、北京から西に向かう西北地方(河北、河南、山西、陝西、甘粛など)や内モンゴル、新疆ウイグルに至るシルクロード沿い、東北三省(遼寧、吉林、黒龍江)など、広範囲にわたります。また中国には回族と呼ばれるイスラム教徒も多く住んでいるので、ハラールの忌避がある彼らが食している「清真菜(ハラール中華)」でも羊料理は定番です。
 
つまり、羊肉は「ガチ中華」の主要食材のひとつなのです。ですから、都内ではここ数年、羊料理が食べられる店が増えています。
 
これまで日本人は羊料理といえば、ジンギスカンくらいしか知らなかったかもしれませんが、「ガチ中華」では羊肉の串焼きやロースト、塩茹で、煮物、炒め物、点心、スープ、麺、火鍋など、さまざまな料理が楽しめます。
 
以下、主な「ガチ中華」の羊料理を紹介しましょう。
 
■羊肉串
 
食べやすい一口サイズに切った羊肉を串にさし、塩やクミン、トウガラシなどを軽くふりかけ、強火で焼きます。香ばしくてヘルシーなやわらかい肉質に独特のスパイシーさが加わることで、ビールが進みます。
 

「神田味坊」(神田)の羊肉串


串焼きにする羊の部位はさまざまで、「ガチ中華」の店でよくあるのは、プリプリした「羊腰子(羊マメ=腎臓)やほろ苦さと甘みのある「羊肝(羊レバー)」、「羊心(羊ハツ=心臓)など、食感も味わいも異なります。

 
■ラムチョップ(烤羊排)
 
ラムチョップは、骨付きの背肉のかたまりから、肋骨と肋骨の間に切り込みを入れて切り離した部位で、羊のスペアリブのこと。
 

「羊香味坊」(御徒町)のラムチョップ

いったん軽く湯通ししてから炭火で焼くと、脂身が口の中で溶けて、肉のうまみが感じられます。骨ごとに手に取って食らいつきましょう。
 
■羊の丸焼き
 
ここ数年、都内の「ガチ中華」で羊の丸焼きを出す店が現れています。
 

「香福味坊」(秋葉原)の羊の丸焼き


この写真のように、羊丸一頭を専用大窯でじっくり数時間をかけて焼きます。焼き上がったら、モンゴル風の大型ナイフで身を切り刻み、皿に取り分けます。そのまま食べても香ばしくておいしいですが、店ごとに異なるオリジナル風味のタレにつけていただきます。
 
骨付きの肉がいちばんおいしいとされます。骨ごと手に取り、食らいつく豪快さがこそ、羊の丸焼きをいただく醍醐味です。

 
■羊肉の塩茹で(手抓羊肉)
 
骨付き羊肉を塩茹でにした料理です。
 

「ハラールキッチン」(日暮里)の羊肉の塩茹で


もともとモンゴルの素朴な料理で「チャンサンマハ」といいます。モンゴル人たちは、岩塩だけのシンプルな味つけで食べていますが、華人たちはトウガラシなど、さまざまなスパイスをつけて食べるのを好みます。
 
■羊骨肉の醤油煮(羊棒骨鍋)
 
太くて大きな骨付き肉の醤油煮込みです。味はしっかりついているので、タレはつけなくてもかまいません。華人好みのしっかりと濃いピリ辛味で、食欲がわいてきます。
 

「羊大厨」(池袋)の羊骨肉の醤油煮


箸でつかむには大きすぎるので、手でつかんで齧りつきましょう。「ガチ中華」の店ではたいてい手が汚れないようビニール手袋を用意してくれます。

 
■羊肉の長ネギ塩炒め(葱爆羊肉)
 
羊肉を使った炒め物もいろいろあります。羊肉とネギは相性が良く、これは中国でも定番メニューです。
 

「老酒舗」(御徒町)の羊肉の長ネギ塩炒め


なかでも「羊肉のクミン炒め(孜然羊肉)」は、羊肉をクミンや塩、胡椒などで味つけし、タマネギと一緒に炒めます。クミンの口の中でスッとするほろ苦い香りが羊肉によく合います。
 
■羊肉水餃子
 
モンゴルでは羊肉入りの蒸し料理の「ボース(包子)」が有名ですが、中国では水餃子にして食べます。
 

「ハラールキッチン」(日暮里)の羊肉水餃子


「ガチ中華」の店に行くと、客の少ない昼下がりになると、店の人たちがテーブルに羊肉のあんと小麦粉の皮を広げて、餃子を包んでいる光景を見かけます。こういう気兼ねない姿は「ガチ中華」らしいと思います。
 
■羊肉シュウマイ
 
モンゴルではよく羊肉のシュウマイをつくります。羊の粗びき肉をネギやショウガ、胡椒などで味つけし、よく練りこみ、餃子よりも薄い小麦粉の皮で包みます。肉の量はたっぷりですが、蒸しているので油控えめです。
 

「羊香味坊」(御徒町)の羊肉シュウマイ


■羊肉スープ(羊肉湯)
 
ヘルシーで身体が温まると、最近、ひそかに人気なのがこの「羊肉湯」。羊ダシの白濁したスープに、細切りした羊肉やネギ、干豆腐などがたっぷり入っています。
 

「食彩雲南 友誼食府店」(池袋)の羊肉スープ

串焼きや炒め物、煮物などに比べると、羊肉の匂いが少し気になる人がいるかもしれません。スープ自体にあまり味がついていないからですが、塩やトウガラシタレ(辣椒)、お酢などで好みの味にして食べます。中国の人たちに人気なのは、羊のホルモン入りのスープで「羊雑湯(ヤンザータン)」といいます。

■羊肉刀削麺

 
羊スープの刀削麺です。刀削麺は羊肉を常食とする山西省のご当地麺ですから、現地ではよく食べられています。


「刀削麺倶楽部」(池袋)の羊肉刀削麺


厚手でモチモチの小麦麺は羊スープによくからみます。パクチーをたっぷりかけていただきます。
 
■北京風羊しゃぶしゃぶ(涮羊肉)
 
内モンゴルの羊火鍋は、四川のような激辛スープではなく、新鮮な羊肉のダシだけでスープにします。一方、これが北京になると、ほぼ味のない薄いスープ(正統派はただのお湯)にナツメやクコの実などの中華スパイスを入れたスープで羊肉をしゃぶしゃぶします。
 

北京風羊のしゃぶしゃぶ「涮羊肉」(菊池一弘さん撮影)


それを「涮羊肉(シュワンヤンロウ)」といいます。ゴマダレにつけて食べるのですが、中国の人たちはそれだけでは飽き足らず、トウガラシなど数種類のタレを混ぜるのが一般的です。このタレを「調料(チャオリャオ)」といいます。
 
火鍋も現代化しているし、ここは日本なので、めったに見られませんが、真ん中に穴が開いて煙突のようになっている昔ながらの鍋を使う店も、都内にいくつかあります。火力は炭で、煙突を取り囲む鍋部分のスープは絶えずぐつぐつ煮えています。ここにスライスされた羊肉をはじめ野菜や豆腐などを入れて食べます。
 
涮羊肉は北京の冬の風物詩といわれるように、この鍋には情緒を感じます。

 
ところで、日本で食べられる羊肉の99%はオーストラリアやニュージーランドなどの輸入だそうです。保冷技術の推進で、新鮮な羊肉が入手できるようになったことから、また味の濃い中華風の調理法ゆえに、以前ほど羊の匂いも気にならなくなったことが、これほど都内に「ガチ中華」の羊料理が増えた理由だと思います。
 
羊料理の専門家によると、近年日本での羊の消費量が増えているそうです。「海外のエスニックレストランの羊料理とは少しイメージが違うかもしれませんが、中国の人たちが出す料理に羊肉の料理が多いことが、消費量の増加に拍車をかけている」といいます。
 
つまり、「ガチ中華」の増加が日本における羊肉の消費を促進しているというわけです。その背景には、日本の「ガチ中華」オーナーのうち多数派を占めるのが、羊肉を常食としている中国東北地方出身者であることも関係があると考えられます(この件は後日またお話ししましょう)。

「羊香味坊」(御徒町)のメニュー

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