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あの娘のキスはピリリと魔法の味 ~世界は今、彼女の唇に託された~38

38. 一か八か

 なるべく足音を立てないように静かに駆け、洞窟の入り口を目指す。ゴーレムたちは紗雪にご執心でこちらのことは気づいていないようだ。

 必死になって駆け込んだ洞窟、そこには巨大な扉が行く手を阻んでいる。まるで水門みたいな巨大な鋼鉄製の自動ドア。当たり前だが、そう簡単には入れてくれないらしい。

「タニア! GO!」

 レヴィアは予期していたかのようにタニアに指示を出し、タニアは英斗からピョンと跳びおりる。

 なるほどタニアは適任だ。先々のことを考えて行動するレヴィアに英斗は舌を巻き、自らのふがいなさに首を振った。

 タニアは胸のポッケから肉球手袋を取り出すと、キャハッ! と奇声を上げ、扉に向けて縦横無尽に光の刃を射出する。直後、鋼鉄の扉は大小さまざまな三角形のかけらとなってガラガラと崩れ落ちた。

「急げ!」

 レヴィアはすぐに内部へと駆けだしていく。

「さ、紗雪を待たないと……」

 英斗は紗雪が気になって前へ進めない。

「馬鹿もん! 紗雪を信じろ!」

 レヴィアは真紅の瞳をギロリと光らせて怒鳴った。

 『信じろ』その言葉に英斗は口をキュッと結んだ。そう、レヴィアは正しい。自分たちは仲良しグループではなく、人類の命運がかかった魔王討伐隊なのだ。

 個々の安否より目的遂行が優先される。それは分かっている、分かっているがゆえにキュッと胸が苦しくなる。

 英斗はギリッと奥歯を鳴らし、無言でタニアを抱きかかえると、レヴィアを追いかけた。

        ◇

 その頃、紗雪はゴーレムたちに追い詰められていた。

 ズン! ズン! と岩が爆破され削られていく中で、岩にはあちこちにひびが入り、いつ崩壊してもおかしくない状況になっている。

 英斗たちはもう洞窟には入れただろうか? 英斗のことだから『紗雪を放って洞窟へは行けない』などとごねてはいないだろうか?

 紗雪の本音としては英斗に待っていて欲しい。先に行かれて追いつけなかったら、もう二度と会えないかもしれないのだ。

 だが、これは魔王討伐。自分を見殺しにしてでも魔王を制圧するのが正解なのである。

 紗雪は静かに首を振り、寂しそうにキュッと口を結んだ。

 何とかこの岩から抜け出して洞窟へと行きたいが、ゴーレムの脇をすり抜けて洞窟へと走ればレーザーをもらってしまうのは避けられない。ジャケットでどこまで耐えられるだろうか? 下半身に当たってしまったらと考えると、とても現実解ではなかった。

 その時、岩の上部が吹き飛び、ガラガラと大きな石が落ちてくる。

 ひぃ!

 もう残された時間は長くない。紗雪は頭を抱え、必死に考えた。何としてでも英斗に会いたい。

「英ちゃん……、どうしたら……?」

 紗雪は何度も大きく息をつき、活路を探す。

 追い詰められた紗雪は最終的に一つのアイディアにたどりつく。それは大切なジャケットを放棄する一か八かの戦略だった。

 紗雪はシルバーのジャケットを脱ぐとその辺の石を詰めてジッパーを閉め、袖先を結んだ。これで囮の出来上がりである。

 大きく息をつき、タイミングを計った紗雪は、砲丸投げのようにジャケットをブンブンと振り回して、思いっきり崖の方へと放り投げた。

 この作戦が失敗したら紗雪にはもう打つ手がない。紗雪は祈りながらジャケットの行方を見守る。

 大きく弧を描きながら銀色のジャケットは空を飛び、陽の光をキラキラと反射しながら落ち、ガン、ガンと何度かバウンドして崖の下の方へと転がり落ちていった。

 果たして、ゴーレムは攻撃をやめ、ジャケットを紗雪と誤認して崖の方へと歩き出す。成功だ。ゴーレムがお馬鹿で助かった。紗雪はギュッと両手のこぶしを握る。

 これで英斗に会いに行ける。紗雪は両手で顔を覆い、ポロリと涙をこぼした。

 ズン! ズン! と、ゴーレムが崖の方へと歩いていく。

 紗雪は涙をぬぐうとそっと岩陰からゴーレムの様子をうかがい、ゴーレムの死角をうまくうように、ピョンピョンと軽やかに溶岩だらけの大地を駆け、洞窟へ飛び込んだのだった。

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