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Sten Grillnerの総説論文:運動制御の現在の原理:脊椎動物の運動を特に参照して 補遺:Subcortical領域に繋がる呼吸・歩行CPG

新規論文紹介(2)として、Grillnerの脊椎動物運動系の最新理解を紹介し、我々ヒトは二系統運動系で生きていることを述べた。
このうちの錐体外路系と考えられる、大脳基底核/延髄/脊髄CPG系のシステムは、東洋系bodyworkで見られる不思議な動きや反応を説明する可能性を、筆者の仮説として紹介した。

この錐体外路系運動システムは、脊椎動物中枢神経系の一階部分、すなわち皮質下領域(Subcortex)のシステムであり、いわゆる本能として生存に必須の、built-in circuitとしてのCPG(central pattern generator)など生物進化の深い部分から構成されていることも説明した。

もともとこうした課題に筆者が関心があるのは、「呼吸法」を通してであることは繰り返し述べている。
すなわち東洋系bodyworkの根幹にある「呼吸法」は、延髄のbreathing CPGを介してSubcortexにアクセスする方法である可能性が高い。
ここにも不可思議な東洋系Bodyworkを西洋医学との共通言語としてSubcortexから説明できる可能性が将来的にありそうである。

註)Subcortex皮質下脳
例えばWikipediaなどでは大脳Cerebellumとしてかなりの説明がなされている。しかし進化的に旧い、新皮質進化で覆われて隠れたこの領域(中枢神経系の一階部分)に関しての統一的な用語は見つからない。ここでは最近よく使われる皮質下という言葉でこの領域を示している。
最近の本では、脊椎動物の仮想的共通祖先の脳という表現で終脳・間脳・中脳・菱脳部の説明がなされている(脳の不思議な世界、滋野修一他、p286、一色出版、2018)。ここではそうした考え方でSubcortex皮質下脳という用語を使っている。進化を経ても、基本機能に大差がない領域である。

CPGというbuilt-in circuitは生存に基盤的機能であり、従来は「本能」と考えられていたものである。これらのcircuitはSubcortexに存在する。「本能」は進化時間が築いた無意識下のウィズダム(身体知:西野皓三の用語)である。

無意識」という言葉には広大な関連領域がある。
この無意識を西洋世界で20世紀初頭に深く探索したのは、カール・グスタフ・ユングである。そして日本でユングに早くから関心を持ったのが河合隼雄である。
筆者が河合先生とご縁のあったことは、先に述べた(リンク黄金の華の秘密そしてDeepBody)。
私自身、河合先生の考え方には深く共感し、河合先生の書を通して、多くのユングの著書を読んだ。

その河合先生に「無意識の構造(中公新書481、1977)」という書がある。NHK-TVでの大学講座の内容を中公新書用に書き直したものという。その中の第一章に「心の構造」という図がある。

(出典:河合隼雄著、無意識の構造、p33、中公新書481、1977)

この図は広く使われている、有名なものである

・自我:自分自身という一般動物にも共通する個体意識の本体。おそらくは脳幹部、Subcortexの根源的機構。
・意識:通常のわれわれの移りゆく思い。
・個人的無意識:意識に浮かぶ以前の脳活動、おそらくはNeocortex(新皮質)ばかりではなく、Subcortex(皮質下)系の関与が大きい。
・普遍的無意識:より深い部分に根源を持つ諸々の脳活動。家族的、あるいは文化的(例えば日本環境で育ったことによる)無意識下の脳活動、さらにはゲノム領域も関与する深いシステム。

として一般には理解されている。

しかしこの図は百年前のユングの考え方である。
現在米国を中心に、Brain Initiativeで脳科学が目覚ましい展開である。まだまだ未完の研究過程ではあるが、この「心の構造」図は近い将来Brain Initiativeで書き換えられることになるだろう。例えば:

・自我:脳幹部を中心とする最深の領域。動物としてはプラナリアなどからの考察や、あるいは植物まで広がる領域かもしれない。
・意識:これは主としてNeocortex領域であるだろう。ことに最近大展開する、生成AI(GPU行列計算)、LLM学習による文章作成のみならず絵画、動画作成。加えて、その否定的な面としてhallucination、fakeをも含め、近い将来根本的再構成が必要な領域。
・個人的無意識:これはSubcortex領域を中心としての展開となるのでないか?そしてユングの言う曼荼羅とか、表象的諸像(フィレモン、アニマ、アニムス等)はSubcortex領域の何に関連するのか?
この領域の問題(研究の複雑な点)は、神経細胞活動電位のみではなく、化学物質トランスミッターによる広範な神経伝達をいかに理解するかにもかかわる。5HT(Serotonin)、Dopamine(あるいはOctopamine)等の関与の解明。さらに進化的にはプラナリア、軟体動物、節足動物まで進化過程としても広く関わる化学物質トランスミッターの情報処理も関与する可能性がある。
・普遍的無意識:これは文化のみならず、現在解析がどんどん深化していくゲノム領域まで、あるいは腸内細菌叢変化等まで巻き込んだ深い世界になるのではないか?

しかしこうした20世紀的意識領域分類も、Brain Initiativeで見られる新規方法論からの情報で、思いもよらない実態が明らかになる可能性もある。臨床試験が始まって話題のNeuraLinkの研究もそのひとつである。1024個ものプローブを実際に脳に埋め込む(リンクhttps://www.gizmodo.jp/2019/07/neuralink-hello-world.html)。
おそらくNeuraLinkの現在の目的は、随意運動の機能回復であるので、Neocortexを中心とした情報収集であろう。しかし、将来的にはプローブ数を増加する方向になりうる。
その際、Subcortex領域からの神経活動情報を収集できるようになれば、こうした個人的無意識領域に関しても、より詳細な解析が可能となるかもしれない。


Grillnerの論文に戻ろう。
彼の示すMMC/LMCはcental pattern generator(CPG)によるbuilt-in circuitであることは先に説明した。MMC/LMCの理解は、21世紀に移る頃、遺伝子マーカーで同定された新しい医学である。このうちLMC系circuitは、脊椎動物が陸上に展開するにつれ発達したもので、それは同時に進化した大脳皮質の錐体路系支配が全面に出る.

しかし一方、西野流呼吸法「対気」や太極拳「推手」の身体反応は、MMC系筋肉群が大きく関わり、一見とんでもない身体反応のように見える。しかしその実際は、随意感覚ではない、自分の内なる未知の身体が反応するという感覚である。しかも同時に非常な爽快感、かつ野性的感覚を覚えさせる。
これは現代医学としてはなお未知であるSubcortexの世界である。

いいかえれば、Subcortex世界の未知なる身体感覚の意味するところは、心の構造の「個人的無意識」領域を実体験、あるいは介入していることになる。
こうした点がスポーツなど、他の運動では味わえない感覚であると考えられるわけである。

一方、脳のbuilt-in circuitであるBreathing CPG、locomotion CPGは、東洋系Bodyworkに取り込まれ、ヨガ、座禅、そして山岳宗教や巡礼などが長い伝統として現在につながっていのではないか。
その理由として、これらCPGシステムの進化的な旧さから、これらを介する「個人的無意識」領域へのSubcortexの実際的関与がありうるからではないのか?
言い換えれば、現在のSSRI等の薬物インターベーションに頼ることなく、自分のうちなるMMC世界を身につけ、そことつながるSubcortical世界を、東洋は伝統的に生きてきた。
東洋はSubcortexの世界のアクセスの鍵となる身体操体法を伝統的に知っていた。

この考え方がユニークであるのは、西洋医学ではSubcortexは、21世紀現在もなお未知な領域であり、むしろ東洋から西欧へ医学共通言語で説明し、伝えなければならない領域である。

西野流呼吸法創始の西野皓三先生は「気育」という言葉を使っていた。
これは以上説明してきた医学共通言語を用いて言い換えれば、「MMC体幹シグナル/Subcortex感得教育」というべきものかもしれない。呼吸法もその一つと位置づけられる。

この「個人的無意識」であるSubcortex領域のユニークさは、実はもう一点ある。
ユングが重要視したSynchronicityにも繋がっている。
不思議なことに西野先生も「偶然」を重視されていた。
そして35年間、このMMC体幹世界を生きた私自身が、その人生で不思議なSynchronicityを多々経験している。

GrillnerのMMC世界、Jungの無意識世界は、進化の旧いSubcortex、そして現実身体の体幹構造として、実は相互に関連するものではないか。

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