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文豪オオグソクムシの天才小説① 「法線」

 以下に、オオグソクムシ氏による小説作品「法線」の全文とその解説を掲載する。本文(『第一章 赤貧イモを洗う』〜『教訓』)に対しては一切の修正、加筆、誤字脱字の訂正、注釈の付加を行うことなく掲載していることに注意。


第一章 赤貧イモを洗う

 昔々あるところに、おじいさんと、おばあさんと、頂点のマージが、貧しいながらも、仲良く暮らしておりました。
 おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に、頂点のマージは世界中にあるあらゆる頂点を結合させ時空を一点に収束させる極秘研究「プロジェクト/M」を実行するため東京に出勤しました。

第二章 針千本呑ます

 おじいさんが山で柴を狩っていると、ふと目に入った木の表面に大量の針が刺さっているのが見えました。
「これはこれは、このままではこの木は先行救済されてしまうぞ」
と思ったおじいさんは、卑怯なる木が他の木々のことを顧みずに勝手に救済されようとするのを防ぐため、針を全て抜こうとしました。(訳者注:この世界では「死ぬ」ことを「救済される」といい、自らの所属している群体の他の個体が死んでいないのに先に死ぬ行為は、「先行救済」とよばれ、禁忌とされています)
 しかし、おじいさんが針を抜こうと木に触れた瞬間、驚くべきことに、おじいさんの身体にも大量の針が刺さった状態になってしまったのです。
 おじいさんは、自分が先行救済されてしまうのではないかと恐れ、恐慌状態に陥り、そのまま山を走って下りました。

第三章 第五の公害

 そのころおばあさんは、川で洗濯をして有害な洗剤を垂れ流しているのを環境保全省河川局の人間に発見され、取り調べを受けていました。
「貴様、自らの犯した罪がどれほど重大かつ愚かなことかわかっているのか!」
 環境保全省河川局第二百十八支局の所属で、おばあさんが洗濯をしていた武連堕川の担当者は、おばあさんを厳しく問い詰めました。
 しかし、おばあさんは顔面の穴という穴から洗剤を噴き出し続けるばかりで、何も言おうとしません。
「黙秘するつもりか…」
 これが武連堕川担当者:羽鳥堂夢の最期の言葉でした。
救済因:おばあさんによって取調室に充填された洗剤を飲み込んだことによる急性アルコール中毒
合掌。
 こうして取調室から脱出したおばあさんは、足から洗剤を勢いよく噴射して空を飛び、数百万人の救済を出す大災害を引き起こしながら家へと戻りました。

第四章 驚天動地

 そのころ、生体実体の頂点結合がなかなかうまくいかず、4本の足全てがタイヤになったネズミや、喉から手が生えている猿などを作り出していた頂点のマージは、おばあさんが空を飛んでいるのを目撃しました。
 そしてその瞬間、おばあさんから放出された有毒洗剤を顔面に浴び即救済しました。
救済因:びっくりしすぎて心臓が圧壊したことによる失血救済
合掌。

第五章 裏面

 そして、頂点のマージが遺した自動プログラム「もしも頂点のマージが救済されてしまったら、仮に未完成な状態でもプロジェクト/Mを開始するやつ」が作動し、プロジェクト/Mが実行されました。
 しかし、プロジェクト/Mの実行プログラムは未完成だったので、プロジェクト/Mは正常に作動しませんでした。
 プロジェクト/Mのバグにより、世界に存在するすべての物体の法線が裏返りました。
人々はいきなりモディファイアの効果がおかしくなったり、裏側からしか見えなくなったりした世界にびっくりしました。
 人々はびっくりし過ぎて「びっくり!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」と叫び、その叫びは一つの衝撃波となり、おじいさんに直撃し、おじいさんは救済されました。

エピローグ 幸福の在り方

 不幸なことに、おじいさんは、一連の騒動が法線が裏返ったことによるものだということに気がついていた唯一の人間でした。
 おじいさんは、いきなり世界がおかしくなった瞬間、自分に刺さっていた針の方向が入れ替わったのを見て、そのことに気がついていたのです。
 しかし、おじいさんはもうこの世にいませんから、世界を修復する手がかりはなくなりました。
 人々はしだいに法線の裏返った世界に順応し、幸せに暮らしましたとさ。
おしまい

教訓

人はたいていのことに慣れることができる


解説

 以上が小説作品「法線」の全文である。
 現在確認されている中で、オオグソクムシ氏が執筆したとされる最古の小説だ。某discordサーバー(歴史的遺産の保護の為、その詳細な地点は示さない)の、2020年5月の地層から、他数点の未発表作と共に発見された。

歴史的資料


 この作品からは、3DCGを趣味としていた氏による、世界の捉え方の大胆な転換が確認される。つまり、この世界を、巨大なコンピュータによって作られた3DCGの世界だと捉えたのだ。作中に登場する「法線」とは、3Dモデルを形成する面の向いている方向を表し、「針」は法線の向きを視覚化したものだと考えられている。終盤で、世界中で「モディファイアの効果がおかしくなったり、裏側からしか見えなくなったり」するが、これは法線の方向が正しくない時に起こる各種不具合に対して、氏が一種の「破壊の美」を感じていたことを示唆する。彼がこの小説を考えついたのは、たぶん趣味での3DCGの使用中に発生したエラー等からだろう。

 また、氏の素晴らしい先見性も確認される。頂点のマージによる研究の結果、「4本の足全てがタイヤになったネズミ」が作り出されているが、これは、本年大きな話題を呼んでいるいるテレビアニメ「PUIPUIモルカー」に登場する、モルモットと車が融合したようなキャラクター「モルカー」の容貌と酷似している。

 執筆時期にはまだモルカーは話題になっていなかったが、氏は既に、齧歯類と車が融合したキャラクターの可能性に気が付いていたのだろう。一種の未来予知能力を有していた可能性も否定できない。

 この作品は、すでに広く知られている、氏の後期の作品と比べ、非常に理解しやすく、展開も論理的である。これは現在の主流の説に反する結果であり、氏の思想の変遷を知るうえで重要な資料となることは間違いない。ほとんど現存しないと考えられていた初期作品が多数確認されたことは、オオグソクムシ文学の研究に大きく寄与するものだ。これと同時に発見された数点の作品も、研究解析が終わり次第、公開する予定である。

(解説=オオグソクムシ)

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