(小説)ようこそ、アントレ部へ~第四話~
「はあ・・・、はあ・・・。」
程なくしてアキ君の拘束から解放された僕は、突然絞められた首に手を当て、肩で息をしていた。
それにしても彼女の行動はあまりにも理不尽だし、意味が分からない。もちろん、感情的になった自分も悪いと言えば悪いのかもしれないけど、このような仕打ちを受ける道理はないはずだ。
まあ思えば、彼女は昔からこんな感じだった。かつて彼女の思い付きでどれだけ振り回されたことか・・・。いや今をそのことは置いておいて、こう言わざるを得ないだろう。
「突然何すんの?」
そんな魂の叫びにも近い問いに、アキ君はどこ吹く風といった様子で、再びあの頃の面影を纏わせながら、クスクスと楽しそうに笑っていた。
「いや、笑い事やないよ!」
すぐさま僕はそう強くツッコむ。すると、アキ君は笑いをかみ殺しながら言った。
「ゴメンゴメン。それよりもアッキー、変わりないようだね。今も昔も凄くいじりがいあって!」
そう飄々と語るアキ君に、僕は「はあ」と深い溜息をつく。
実を言うと、毒気のようなものが僕の中にはもう既になかった。もちろん、彼女の理不尽な行動に憤りが一切ないと言えば嘘になるけれど、それ以上に、生まれて初めて家族以外の女性に後ろから抱きしめられた高揚感が度の感情より勝っていた。
・・・何と言うか、自分でも思う。男、特に思春期の男子は単純な生き物だと。現に、久々に再会した相手にあんなチョークスリーパーをかますような傍若無人な彼女の輝くような笑みに、怒りよりも幸福感に近いものを感じているのだから。
「・・・はあ、まあもうええよ。見た目以外は昔とあんな変わらんな。」
「見た目以外?」
その言葉にピクリと反応したアキ君。すると、またニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、からかうような口調で言った。
「じゃあさ、アッキーは今の私ってどんな風に写ってるのかな?」
「そ、それは・・・。」
いや、言えるわけがないだろう。
男友達だと思っていた相手が実は女の子で、それでいて一瞬見惚れてしまうほどどストライクな可愛い子だと感じていることなんて。
それでいて、おそらくアキ君のこの表情を見る限り、僕がどう思っているのかこれまでの反応からおおよその見当がついているのが窺える。まったく天使のような見た目をして、とんだ悪魔がいたものだ。
まあともかく、正直に答える道理なんてない。だから、ここはこう答えることにしよう。
「いや、それはそうとここはどこなん?なんで僕はここに連れてこられたん?」
そう、多少強引かもしれないけれど、話をすり替えること。これが一番の選択であろう。それに、ここに連れてこられた理由を聞きたいというのは本心であるし。
「・・・このヘタレ。」
・・・なんだか今、罵倒された気がするし、アキ君が少し不機嫌になっているような気もするけれど、おそらく気のせいだろう。そういうことにして、僕は彼女の言葉を待った。
「まあいいや。さっきも言ったけど、ここはアントレプレナー部。通称アントレ部。」
「アントレプレナー部?」
なんだそれ、初めて聞いた言葉だ。やっぱり、高校にもなると色んな部があるんだなあ。
「アントレプレナーっていうのは簡単に言うと、ゼロから事業を起こす起業家のことだよ。つまり、この部はそういった起業家になるために実際に事業を起こして、研究・検証を行うところ。まあザックリ言えばお金儲けする部ってわけ。」
「お金儲け!?」
アキ君の説明を聞いて、僕はかなり驚いた。なぜなら、ここ阿野国高校はアルバイトが禁止されている。それはつまり、言い換えればお金儲けをすることは禁止されているのだと思っていたからだ。だから僕は、その疑問を素直にぶつけてみることにする。
「確か、ここってアルバイト禁止じゃなかったけ?」
僕の質問に、彼女は「チッチッチ」と言い、人差し指を左右に振る動きをした。まあ指の動きは分かるけれど、実際に言葉にする人がいるとは、なんて思ったことは内緒である。
「アッキー、これはアルバイトじゃないんだよ。お給料を貰うのではなく、自分で稼ぐんだ。それに商売も学業の一種だって先生たちを説得して、ようやく部として認めてもらったんだから。」
「説得って、まさかアキ君が創った部なん!?」
まったく相変わらず、アキ君の行動力には驚かされる。まさか高校で新たな部を立ち上げているなんて。まあ驚きは多少あるけれど、アキ君ならと妙に納得している自分がいる。
「そう、今年の2月の終わりくらいにようやくね。まあ部としての活動は次年度からってことだったから、今まさに立ち上がったって言っても過言ではないかも。」
・・・おや?今彼女なんだか不吉なことを言った気がする。
今まさに立ち上がった?そんな言い方じゃ、まるで・・・。
「・・・アキ君?つかぬことを聞いてもいい?」
「もちろん!なに?」
「・・・今ここの部員って何人?」
アキ君は胸を張り、堂々と言った。
「二人!」
「ああ二人。アキ君の他にもう一人いるんだね。でもまだまだ少ないから、これから部員を増やしていかないといけないから大変だね。」
僕の言葉にきょとんとなるアキ君。やめて、そんな「何言ってんだコイツ」みたいな表情しないで。
「何言ってんのアッキー。」
実際に言葉に出して言われた。まずいまずい、これはかなりまずい流れだ。どうか僕の思い過ごしであってくれ。
しかし、僕の願いも虚しく、彼女はおおよそ僕の想像通りのことを言った。
「アッキーも部員なんだから、これからバリバリ行くよ!」
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