(小説)ようこそ、アントレ部へ~第三話~
「そうだよ!流石アッキー!覚えててくれたんだ!」
彼女は眩い笑顔を更に輝かせ、大きく頷いた。しかし、そんな彼女とは対照的に、僕の頭は困惑とか戸惑いとかで溢れ、それがぐるぐると渦巻いているのを感じた。
なぜ僕がこんなに困惑しているのか。それは当然、僕の「アキ君」という呼称から分かるように、僕のことを「アッキー」と呼ぶ人物は男の子だと思っていた。その男の子は、昔家の近所に住んでいた子で、よく近くの公園で遊んでいた。名前は確か「アキラ」だったかな。だから縮めて「アキ君」である。
なので、僕は思わず感じたことをありのまま口にしてしまった。
「え、でも、アキ君は男の子だったはずじゃ・・・。」
僕の言葉に彼女は一瞬きょとんとした表情となった。当然だ、冷静に考えてみればとんでもなく失礼な質問をしている。けれど、すぐさま合点がいった顔をすると、僕を責めるわけでもなく可笑しそうにクスクスと笑いながら言った。
「やっぱりアッキー、私のことずっと男の子だと思ってたんだ。まあ当然だよね、あの頃はお兄ちゃんのお下がりの服ばかり着てたし、自分のこと「ボク」なんて言ってたから。それにアッキーと遊ぶのに性別なんて関係なかったから、わざわざ言う必要あるなんて思ってたしね。」
相変わらず、クスクスと笑い続けるアキ君。いや、今の彼女に「アキ君」という表現は相応しくないかもしれないが・・・。いや、今は一旦そのことは置いておこう。
ともかく、今もなお笑い続けているアキ君。笑い方こそ、霞がかかった記憶の中の彼女と違い、世間一般的な女子高生らしいといった可愛らしい笑い方をしているが、その笑顔には確かに面影を感じた。特に、ニカッと八重歯を見せながら笑うその様子は、僕が知っているアキ君、その人だった。
「アキ君?ホントにアキ君なん?」
僕は、相手が先輩であることを忘れ、ついため口で何度も語りかけてしまう。しかし、アキ君は気にする素振りもなく、「そうだよ」と感慨深そうに頷いていた。
「というか、いつこっちに戻ってきとったん?幼稚園くらいの時、急に引っ越したっきり、全然連絡なかったやん!」
昔別れた友人であることを確信した後、今度は困惑や戸惑いとは違う別の感情が沸々と湧いてくるのを感じた。
そう、アキ君は僕が幼稚園の年少から年長になろうとかという頃、突然一家揃って遠くの街へ引っ越していった。そして、そのことを僕はアキ君ではなく、後から母さんに聞いた。つまり、アキ君は僕に何も告げず、引っ越していったのだ。当然、幼かった僕は訳が分からず、ただアキ君に会えない寂しさでずっと泣きはらしていたのを今でも覚えている。
けれど、当時の僕の想いなど露程も知らないであろう彼女は、あっけらかんとした口調で言った。
「ゴメンゴメン。今この高校で二年生やってることから分かると思うけど、去年にはもうこっちには帰ってきてたんだ。ずっと前から高校はこっちって決めてたからね。」
「それなら、もっと早う教えてくれても良かったやんか!突然いなくなって、僕がどんだけ心配したと思っとんの!」
あまりにも何事もなかったかのように話すアキ君に、僕はたまらず少し感情的になって声を荒げてしまう。
いや、分かっている。これはただの僕の独りよがりだ。確かに僕たちは幼馴染でとても仲が良かったと思っていたけれど、もしかしたらそう思っていたのは僕だけだったという可能性もある。
けれど、もう会えないと思っていた友人と何の心の準備もないまま再会したことで、矢継ぎ早に溢れ出す、幼い日に抑え込んでいた想いを止めることが出来なかった。
ただ、すぐにハッとなり、正気に戻る。そして、今度は恥ずかしさがこみ上げてきた。
(なに感情的になっとるんや僕は。めっちゃハズイ。)
僕は逃げるかのようにアキ君に背を向けた。もしかしたら、今僕の顔は少し赤らんでさえいるかもしれない。とにかく落ち着こう、そう思い、僕はゆっくりと息を吐いた。
すると、不意に後ろから何か柔らかいものが覆いかぶさってくるのを感じた。
「ごめん・・・、ごめんね。」
先程とは打って変わって、ポツリポツリと点滴が落ちるような穏やかな語り口でアキ君は言った。そして、不思議なことに明らかに先程よりも小さい声が、よりはっきりと僕の耳と胸に届いた。
いやこれは・・・。
「あ、アキ君!?な、な、なに、何して・・・。」
突然の状況に、静まっていたはずの胸の鼓動が再び激しく騒ぎ始める。そう、僕は今正にアキ君に後ろから優しく抱きかかえられていた。
予想だにしなかった彼女の行動に混乱し、蛇に睨まれた蛙のように身を固くしていると、アキ君はその口調のまま言った。
「私だって・・・、本当はもっと早くアッキーに会いたかった。でも、勇気がなかったんだ。だって、アッキーとは幼稚園以来会ってなかったから、お家に挨拶しにいくのもアレかなって思ったし、第一私のことなんて忘れてるかもとも思った。だから、会いに行けなかったんだ。」
「アキ君・・・。」
思いもしなかった。アキ君がそんなことを考えていたなんて。
そう僕が感慨にふけっていると大胆なことにアキ君は肩に置いていた両手を前に出し、僕の首を優しく抱きかかえる。が、気のせいだろうか、優しかったのは最初だけで心なしか徐々に力が込められてきているような。
「ちょ、ア、アキ君?く、首がしまって・・・。」
その後も万力のようにぎりぎりと力を込めるアキ君。それにいつの間にか抱きかかえるような形から、格闘技などでよく見られるチョークスリーパーのような恰好になっていた。
「はあい、冗談はここまで♪私がそんな殊勝なこと思う訳ないでしょ?思ったら即行動、それが私のモットーなんだから!」
そ、そうだった。アキ君は昔から彼女の辞書に「躊躇」という言葉が一切なかった。そんな彼女がさっきのようなああだこうだと悩むわけがなかったんだ。
「も、やめ・・・。くるし・・・。」
「えーどうしよっかなー。」
クスクスと楽しそうに笑うアキ君。ただ先程と違い、今の僕にとっては悪魔の笑い声のようだった。
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