(小説)ようこそ、アントレ部へ~プロローグ~

僕の将来の夢は何だっただろう。子どもの頃は、いっぱいあった。
たとえば何があったかな。プロ野球選手やカメラマン、後は弁護士なんてのもあったような・・・。
けれど、今の僕にはそんな夢なんて一つもない。
強いて言うなら、安定した職種に就くことだろうか。だとしたら、公務員が僕の将来の夢と言えるかもしれない。
ただ、少しだけ思う。こんな人生を歩んで後悔はしないだろうか、もっと自分にしか出来ないことはないのだろうかと。
けれど、僕にはそんな不明確な思いだけで冒険する勇気なんてさらさらないし、しようとも思えない。なぜなら、僕は失敗するのが死ぬほど嫌いだからだ。
だから僕はほんの少しの好奇心など押し殺し、平々凡々な人生を歩みたい。
そんなことを思いながら、僕はベッドから起き、窓際に行ってカーテンをサッと開いた。その途端、眠気を吹き飛ばすような強い朝日が僕の目に差し込んだ。
今日から僕は高校生。義務教育じゃなくなっただけで、なんてことはないかもしれないけど、なんとなく気が引き締まる思いがした。
「あっくん、ご飯よ。早よう食べんと遅刻するよ。」
一階から母笹音の声がする。ちらりと時計を見ると、時刻はまだ7時を少し過ぎた頃だ。まったく中学と違って、今日から通う阿野国高校の始業時間は9時からでまだまだ時間には余裕がある。まったく相変わらずせっかちだな。ちなみにあっくんとは僕のことだ。もう高校生なのだからやめて欲しいと再三言っているが、未だ聞き入れてくれていない。
「章仁ー、まだ寝とるん。」
あっくん呼びから、呼び捨てになった。これは徐々にイラつき始めている兆しだ。さっさと返事しないと、今に怒号が家に鳴り響くことになるだろう。
「起きとるよ!今下りてく。」
僕は軽く伸びをしてから、さっさと自室を後にした。
「あ、兄貴。おはよー。」
一階のリビングにつくと、先に2つ下の妹凜々花が、大好きなイチゴジャムをたっぷり塗りたくった食パンを頬張っていた。
「おはよ、後相変わらずジャム塗り過ぎ。」
「えー、これが美味しいのに。兄貴も試してみ?」
「何それ、なんて罰ゲーム?」
「罰ゲームとは何さ!ホントに美味しいんだよ!」
リスのように頬を膨らませてプリプリ怒る凜々花。そんな妹を軽くあしらいつつ、いつもの定位置である凜々花の向かいの席に腰かけた。
「あっくんは、バターでよかったよね?」
席に座ると同時に、母さんが朝食を持ってこちらにやってきた。相変わらずよく言えば手際が良く、悪く言えば忙しない母親だ。
「じゃあ、母さんもう行くからね。式には顔出すつもりだから、遅れずに行きなさいよ!」
腰に結んだエプロンの紐を解きながら、そう母さんは言った。そして、エプロンを素早く畳むと、こちらの返事など聞かずに、仕事に向かった。
「お母さん、んぐんぐ・・・相変わらず忙しそうやね。」
依然とジャム塗れのパンを頬張りながら凜々花が言った。
「おい、食いながらしゃべんな。」
僕はすぐさま窘める。すると、凜々花は「兄貴も相変わらずお堅いな」と茶化す。
「それで、親父は?まだ寝てんの?」
「んー?昨日も浴びるように酒盛りしてきたみたいやし。んぐんぐ・・・昨日はなんだっけ?確か、んぐんぐ息子の高校入学記念だったかな?」
窘めたにも関わらず、未だ食べながらしゃべる凜々花。まあもうそれはいい。それに親父も相変わらずと言ったところか。
「はあ、そんな調子で今日これんのかよ。」
「んー、大丈夫でしょ?んぐ・・・、ぷはあごちそうさま!じゃあうちももう行くね。じゃね、兄貴。」
母さんに続き、凜々花もパタパタと慌ただしく出かけていった。まったく母娘揃って忙しない。これがDNAってやつか・・・。
その後、リビングに一人残された僕は、優雅に朝食とコーヒーブレイクを堪能した後、身支度を整え、親父に眠気覚ましの蹴りを入れた後、家を出て、自転車に跨り、学校へと向かった。

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