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DeSocとはなにか?:自己の複数性とSBT

こんにちは。Web三郎です。

今回はEthereum創設者のVitalik Buterinが提唱して、少しずつ広がりつつあるSBTとDeSocの概念について話していきたいのですが、やや捉えにくいものではあるので、ここはキャッチーに、MetaのThreadsがバズっているのを横目に彼らの本業であるメタバースの話からはじめましょう。

コロナ禍やオンラインシフト、VRゴーグルの普及などを背景に、今では、ファミコン並みにチープなものから現実と見紛うようなものまで、様々なメタバースがこの世界に展開されています。

元々はゲーム業界かSF作家くらいしか注目していなかったメタバースですが、急速な投資の拡大により、NikeやLouis Vuittonなどのアパレルブランドまでがビジネス展開をするようになっており、すでにメタバースはSFの産物ではなく、広告プラットフォームやオンラインショップなどのビジネスの場として、多様な体験や価値を提供できるようになってきています。

私たちはすでに複数の世界で生きている

このようなトレンドにおいて、私たちはリアルな身体を媒介として生きる世界と、バーチャルな身体を媒介として生きる世界の2つの世界を並行的に生きるようになると予言されています。ですが、それは予言というよりは現実に起きていることを改めて言い直しただけなようにも聞こえます。

たとえばTwitter上でのコミュニケーションは私のリアルな身体をベースにしているのでしょうか。私は対面で会ったことのある知人以外のフォロワーの裏側にあるリアルな身体がどのようなものかは知りません。どのような背格好をした人か想像したり写真を通じて知ることができるケースもありますが、まったく想像がつかないケースの方が多いです。このご時世だと実はAIが人間のふりをして呟いているということもあるでしょう。

またオフラインの世界であっても、オフィスにいるときの私と、気の知れた人と一緒にいるときの私が、まったく同一の身体や人格を相手に示せているかどうかは怪しいところです。

これらの例からもわかるように、私たちはすでに「公と私」や「オンラインとオフライン」などの形で、リアルとバーチャルなスペースを行き来しながら、それぞれの状況に応じた自己を演じています。これはまさにメタバースが提唱する「複数の世界で生きる」ことと同じです。

80%の私が同意し、20%の私が拒否する契約

様々な自己を演じながら、様々な世界で生きていく時代において問題になるのは、どのような自己において責任を果たすかという点です。身体や人格を容易に変化させることができるメタバースの世界で、私たちは自己を認識するだけでなく、その自己認識を相手に十全に開示し、その開示した自己において責任をもち、取引や契約を交わさなければなりません。

現在の世界における契約においては、私と私の署名との全体的な一致が前提となっています。つまり、契約書にサインされた名前と、契約を結ぶところの自己と、飲み会やSNS上での自己とがすべてぴたりと合致していることが前提となっているのです。そのような形での責任を果たすためには、自己同一性を証明するための証明書は偽造されてはなりませんし、自分以外が悪用できないように作られていなければならないのです。

しかし、自己が多様であるという事実に則った場合に、証明書は、今のような自己の全人格と署名との同一性を証明するためのものではなく、むしろ自己の多様な人格に応じて、様々な責任のとり方があり、必要な証明がある、というようなあり方であるほうが自然なのではないでしょうか。

たとえばブラック企業から一般的な水準に比べてきわめて条件の悪い雇用契約書を渡されたとしましょう。まだ稼ぎのない自分としては嫌な仕事でもできる限りはこなしてお金を稼ぎたいと考えています。しかし、趣味や家族の時間も大事にしたい自分の私的な側面においては、そのような条件はまったく受け入れがたいと感じています。

従来であれば背に腹は代えられないので仕方なく契約書に押捺することになるのですが、仮に「私の自己意識の80%を占める経済的な側面は同意しているが、残りの20%の私的な側面は反対している」ことを表現できる方法があったとすればどうでしょうか。

さらに、そのような仕方で契約して就業したのち、激務に耐え切れず心身を痛めたとしましょう。従来の全人格を紐づけた契約書に則るのであればであれば休職するか退職するかの2つくらいしか契約上の選択肢はありません。しかし、80:20の柔軟な人格において契約を締結していれば「契約時に私の20%が拒否していたことは確かなので、業務量を20%削減してください」という交渉が可能になるかもしれません。

もちろん、自己意識のうちのある側面が占める割合を定量的に示すことはできませんし、そもそも雇用契約においては雇用者対被雇用者という全人格対全人格とは言い切れないようなある種の柔軟な方法で契約が成立するのが普通なので、この例は現実的なものではありませんが、自己の曖昧さや多面性をもっと活かせるような「弱い証明」のようなもののイメージを掴んでもらいたくて、このような例を出しました。

DeSocとSBT

「弱い証明」に関連するキーワードとして「DeSoc」と「SBT」という言葉があります。

Ethereumの発案者であるVitalik Buterinは2022年5月に「Decetralized Society: Finging Web3's Soul」という論文を公開しました。ここではWeb3と言われるブロックチェーンをベースとした社会が、実社会におけるヒトとヒト、あるいはヒトとモノとの関係(ソーシャルグラフ)やアイデンティティなどを十分に表現したり流通させたりする手段が存在していないために、実社会との結びつきが不完全であるという指摘がなされています。

その上で、実社会とWeb3の結びつきをより完全なものとするためには、実社会に存在している「譲渡不可能」な領域をWeb3の側にも作ることが重要であるとします。

たとえば学歴、職歴、クレジットスコア、医療履歴、専門資格などの情報は個人に固有なものであり、誰かに譲渡できるものではありません。それらをWeb3の基本的な単位であるウォレットアドレスに、「譲渡不可能なトークン(論文ではSBTと呼ばれます)」としてデータを紐付けることで、Web3においても就職活動のような実社会の基本的な活動が可能になるというお話です。

ここで面白いのが、Vitalikは単にWeb3を実社会と同じ水準にしようというのではなく、むしろ実社会とWeb3的な分散型の仕組みをSBTという譲渡不可能なトークンによって生ずる信頼関係を通じて統合することで、現実においてもWeb3においても、より多面的な信頼関係が網目のように張り巡らされ、豊かな経済(あるいは社会)が実現されるというのです。

DeSocにおける就職活動

この説明だと抽象的過ぎていまいち理解がし辛いと思うのですが、SBTが具体的にどのように使われるかを考えてみると受け入れやすくなると思うので説明してみます。

就職活動をモデルにしてみましょう。通常の就職活動では、氏名、住所、学歴、職歴、アピールポイント、志望動機などを履歴書に書いて、大学の成績証明書や卒業証明書などとともに提出します。これをWeb3上で実現しようとすると、そもそも匿名性を基本とするWeb3上(オンチェーン上)にそれらの情報は存在していないため、基本的には再現不可能です。

では「大学の成績証明書トークン」のようなものがあり、それを格納したウォレットアドレスを採用担当者に提出するとしたらどうでしょうか。このトークンはハンコとは違って、それ自体では本人のごく一部の情報を弱々しく証明することしかできません。なぜならそのトークンには氏名も住所も顔写真も何も含まれていないからです。

しかし、採用担当者にはそのトークンを起点に様々なオプションが提供されます。たとえば、まずは受け取ったアドレスの中身をチェックして、成績証明書トークンがどこから発行されていて、またそのウォレットの所有する他のトークンが成績証明書とどのように関連するかを確認するとしましょう。

たとえば「東京大学の学事担当者トークン」を持ったアドレスと、「東京大学のバイオテクノロジーゼミの担当教授トークン」を持ったアドレスが共同で成績証明書トークンを発行していれば、採用担当者はトークンの発行元を辿ることで、その証明書が正しいかどうかを判断できます。

また、その過程で成績証明書トークンに書き込まれた「ゼミ評定A」という味気ないデータだけでは知り得なかった興味深い情報を知ることができるかもしれません。たとえば先ほどのバイオテクノロジーゼミの担当教授のウォレットに「エンジェル投資家トークン」や「ノーベル賞受賞トークン」のようなものも入っていた場合、採用担当者はその学生が投資家としての素質や、歴史的に価値のある研究者の弟子としてのスキルがある可能性を見出すことができます。

さらに、たとえば学生のウォレットアドレスに銀行のアドレスから発行された「低残高トークン」と、政府の発行した「ひとり親トークン」、そして日本学生支援機構が発行した「成績優良奨学生トークン」が入っていれば、採用担当者は彼が真面目な苦学生であり、入社日までの資金援助を必要としていることに気づくことができるかもしれませんし、そのような可視化された社会関係(ソーシャルグラフ)をもとに、適切な条件の生活資金融資を彼に打診することができるかもしれません。

このように一つの譲渡不可能なトークンとそれを格納するウォレットを起点に、他の譲渡不可能なトークンとの結びつきを可視化できるようにすることがSBT、そしてそれを利用したDeSocの重要なコンセプトです。このコンセプトによって、より豊かな信頼関係の表現が可能になるのです。

DeSocのために

就職活動の話はDeSocの姿のほんの一例でしかありませんが、しかし今の現実の社会にも様々な「弱い証明」が繋がり合って、柔軟な社会的機能が実現している例はたくさん存在するでしょう。

たとえば、ある人が自分のTwitterアカウントを通じて自分の意見を発信しているとします。その人のツイートは、その人がどのような価値観を持っているか、どのような考え方をしているかを示す「弱い証明」です。そのツイート一つ一つは、その人がその時点で考えていることを示すだけで、その人全体を表現するものではありません。しかし、そのツイートが積み重なることで、その人の価値観や考え方、興味関心などが徐々に明らかになってきます。

また、その人が他の人のツイートをリツイートしたり、いいねをつけたりすることで、その人がどのような人々と関わりを持っているか、どのような情報に興味を持っているかなどもわかってきます。これもまた、「弱い証明」の一つです。

このように、一つ一つの「弱い証明」が繋がり合って、その人の社会的な存在を形成していくのです。そして、それぞれの「弱い証明」は、その人が自分自身をどのように表現したいか、どのように他人に認識されたいかという意志を反映しています。

DeSocの世界では、このような「弱い証明」がブロックチェーン上のトークンとして表現され、それぞれのトークンが互いに関連付けられることで、より豊かな社会的な関係性が形成されていくのです。これこそが、DeSocが目指す社会の姿なのです。

このような社会では従来の契約書が求めるような「強い証明」は必要なくなるかもしれません。あるいは「弱い証明」を表す技術がトークンとは別に出てくるのかもしれません。

具体的にどのような形で社会がDeSoc化していくかはまだわかりませんが、しかしこのような世界を見据えて行動することが、豊かな社会を作っていく上で重要なのかもしれません。

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