見出し画像

bot取引がひしめくweb3に悲観的になる必要がない理由

こんにちは。Decentierリサーチャーのweb三郎です。

ステーブルコインの取引高のうちリアルな人間によるものは1割にも満たない、という衝撃的なデータがVisaとデータプラットフォームAllium Labsが共同開発したダッシュボード上で公開されています。


データを見てみる

https://visaonchainanalytics.com/transactions

実際のデータを確認してみましょう。

上図はステーブルコインの取引高(左)とトランザクション数(右)を示したもので、青い部分がオーガニックではないと推測された部分で、正確にはbot以外にも取引所のトランザクションやスマートコントラクト同士の取引も含まれます。ステーブルコインがいかにオートマティックに取引されているかがおわかりいただけると思います。ステーブルコインに限らず他のトークンの取引でも同じような状況を観察できると推測されます。

この状況を一見すると、web3での活動が実際の人間による需要に基づいていないように思えるかもしれません。web3は一部の「botter」が稼ぐための場所に過ぎないのでしょうか。

私はむしろbotの活動によってこそ人間にとって有益な場になるのがweb3であると考えています。

インターネットもbotだらけ

昨今のインターネットもbot(やオーガニックではない)トラフィックに支配されています。

7割以上のトラフィックが不正攻撃をしかけたり法的にグレーなスクレイピングを行うbotや、大勢を低賃金で雇って偽アカウントの作成などを行う「クリックファーム」によるものであるという報告もあります。

このような状況は、不正なトラフィックの背後に被害者がいることを示唆しており、決して望ましいことではありませんが、別の視点でインターネットにおけるbotの活動を見ることもまた重要です。

別の分析では、インターネットトラフィックの47.7%がbotによるものとしつつ、「良質なbot」と「悪質なbot」に分類した上で全体の17.7%は「良質なbot」によるものであると報告しています(下図)。

https://www.imperva.com/resources/resource-library/reports/2023-imperva-bad-bot-report/

良質なbotとは、検索エンジンのためにウェブサイトをインデックス化したり、ウェブサイトのパフォーマンスを監視したりするなど、有用な機能を果たすものを指します。

たとえば、GoogleやBingのような検索エンジンのクローラーは、ウェブページのインデックスを作成・維持するために使われます。これにより、私たちは検索窓にキーワードを打ち込むだけで、キーワードに関連する膨大な情報へ素早くアクセスできるわけです。

他にも、価格比較botは、APIを公開していなかったり優れたAPIを提供していないECサイトの価格情報を収集・分析し、消費者に最良の価格を提示しています。SNSにおいてもモデレーションbotが、有害なコンテンツやスパムを自動的に検出し、削除したり警告を表示することで、プラットフォームの健全性を維持するのに役立ちます。

インターネットには、これらの「良質なbot」が公共の利益のために動くことで役に立つものであり続けているという側面があるのです。

web3における良質なbotとは

web3の世界でも、現在のインターネットと同様に良質なbotが活躍しています。

web3の本質は市場である

基本的にweb3上の良質なbotは、web3に開かれた市場を効率化するという役割を果たすことで公共の利益に与します。

どういうことか。web3は金銭的な価値だけでなく、デジタルIDのようなユーティリティ資産から絵画のような美術品に至るまで、すべての資産をトークン化して市場取引に乗せようという野望をもつ運動です。しかもそれを非中央集権的に行おうとしているのです。

集権的な監督者や管理者が不在の市場が円滑に回るためには、市場内部で発生する歪みを自律的かつ迅速に修正できるような仕組みが必要になります。たとえば取引所間で大きな価格乖離が発生した場合、一時的に取引を停止することはできませんし、上から市場参加者に通知を出すこともできません。誰かがリスクを取って価格差を修正する取引を行う必要があるわけです。

そのため、Web3開発においては、市場で発生する様々なイレギュラーを予め想定しておき、誰がどのように修正し、どれだけの報酬が誰から支払われるべきかを緻密に設計しなければなりません。

そして、設計者が「こうした仕事は人よりもbotの方がうまくできるだろう」と考えることもあります。

市場は目まぐるしく変化するため人がモニタリングしていては追いつかない場面が必ずあります。そのため「リアルな人」ではなく、botのようなアルゴリズミックに取引を行うプレイヤーが、市場の歪みを修正することで利益をあげられるように設計すれば、市場がうまく機能する、と考えるようになります。あるいは「すでにこんなbotがいるんだからその人たちに修正機能を担ってもらおう」と設計してもいいわけです。

裁定取引botのはたらき

実例を挙げましょう。DeFi上では無数の裁定取引botが活動しています。

裁定取引とは、同一の価値を持つ商品の価格が複数の市場で一時的に乖離した際に、割高な方を売り、割安な方を買い、価格差が縮小した時点で反対売買を行うことで利益を得ようとする取引のことです。

簡単な例として、メルカリで100円ショップの商品が300円で出品されているケースが考えられます。通常の感覚だと300円で買うのは損だと思うでしょう。しかし、実際にはそのような取引が成立しているのは、メルカリがクーポンやポイントを頻繁に配布しているためです。

クーポンやポイントの適用によって、表示価格300円の商品の実質負担が100円となる場合があります。そうすると、100円の商品を300円で出品しても売れてしまうのです。これは、出品者が「価格の歪み」に着目し、自身の利益につなげる裁定取引の一例といえます。

メルカリの例だと「せこい取引をする人たち」という印象をもたれてしまうかもしれませんが、裁定取引には市場間の価格乖離を縮小する働きがあるため、市場にとっては必要不可欠です。私たちが日常的に様々な財を妥当な価格で売買できているのは、裁定取引のおかげであるといっても過言ではありません。

DeFiにおいても裁定取引を行うbotは無数に存在しており、彼らが取引所(DEXやCEX)間の価格差を埋めているために、一般のユーザーは妥当な市場価格でトークンやNFTを取引できるようになっています。

そしてこのことを前提として、たとえば分散型のレンディングプラットフォームなどは、担保資産の価格が下落した際に、意図的に担保資産の売却価格を安価にすることで、裁定取引botに機会を与え、借り手のポジションの清算がスムーズに行われよう設計しています。

他にもステーブルコインは裏付け資産の価値が1トークンあたり1ドルと決まっていても、市場価格は様々な要因でズレが生じてしまいます。それを埋める裁定取引botがいなければ、ステーブルコインの価格は安定せず利便性が損なわれてしまいます。そのため、ステーブルコインはある意味では裁定取引botの活動を前提として発行されていると考えることもできます。

MEVを抽出するbot

また、ブロックチェーンの仕組みに内在する問題を解決することに役立つbotも存在します。これは一般にMEV(Miner Extractable Value)と呼ばれる問題に関わります。

MEVとはブロックチェーンのトランザクションを承認するプロセスに内在する「抽出可能な収益機会」を指します。少々難しい概念なのですが、ブロックチェーンの仕様上、発生せざるを得ない収益機会(一般ユーザーから見れば損失)と定義できます。

たとえば、DEXでユーザーAが100ETHの買い注文を出しているとします。注文は送信すると同時に全世界に公開されますが、バリデーターが注文の実行を承認するまでにいくらかの保留時間があります。そのため未来における「Aが100ETHを買うという予定」が公開されている状態が生まれます。

ここでユーザーBがこの予定を知り、少し高めにガス代を積んで50ETHの買い注文と、少し安めにガス代をかけた50ETHの売り注文を同時に送ります。

ブロックチェーンにおいて保留中の注文はガス代の高い順に実行されていくため、Bの買い注文→Aの買い注文→Bの売り注文、という順番で実行されます。

この順序において、Bの最初の買い注文によりETHの価格は少し高くなるため、Aの買い注文は予定していたよりも不利な価格で実行されます。Bは最後に価格がつり上がっている状態でETHを売り、利益を確定させるため、結果的にAが少し損をし、Bが得をし、またガス代が増えるためバリデーターも得をします。

これはサンドイッチ攻撃と呼ばれ、ターゲットとなる注文に対して、本来意図されていなかったスリッページを発生させるような注文で挟み込むことで利益を上げる手法です。この攻撃は①注文が事前に公開されており、②注文の実行順を操作できるという2つの条件が揃えばどこでも発生しうるものですが、ブロックチェーンはまさにこの2つの条件に合致する市場であるため、この攻撃を根本的に防ぐのは難しいです。

先程述べたように、MEVは「ブロックチェーンの仕様上、発生せざるを得ない収益機会(一般ユーザーから見れば損失)」と定義できますから、サンドイッチ攻撃もMEVのひとつと言えます。そして、必然的にブロックチェーン上ではこうしたサンドイッチ攻撃などの機会を発見し抽出するbotが稼働しているのです。

MEVは抽出する側から見れば収益機会ですが、一般のユーザーから見れば「隠れた取引コスト」でもあります。またMEVを抽出するためには他のユーザーよりも高いガス代を支払ってユーザーの取引を先回りしなければならないため、バリデーターから見ればMEVを抽出したい者からいくらかの「裏金」を受け取っているような状況とも捉えられます。

Flashbotというプロジェクトは、EthereumにおけるMEVの不公平性を解決するためMEV-Boostという仕組みを構築しています。これはMEVの抽出を行う主体をある程度一元化することで、悪質なMEV抽出botを排除するとともに、ネットワーク参加者へのより公正なMEVの分配を目指しています。この取り組みはしっかりと成果をあげていて、EtheruemのPoSにおいてはすでにブロック生成の8割がMEV-boostにより行われています。

MEV-Boostの仕組み

説明が難しいのですが、例えば伝統的な金融市場において、HFT(High Frequency Trading、高頻度取引)は株式市場取引高の10~40%、注文量だと73%を占めていると言われ、売買スプレッドの縮小と取引コストの低下をもたらしているという肯定的な意見がある反面、一般の参加者が得るはずだった利益を収奪しているのではないか、という疑問の声も少なくありません。

この問題に対して、他のHFTトレーダーよりも優れたHFTアルゴリズムを構築する者にインセンティブを与えるとともに、そのアルゴリズムによる取引にいくらかの税金をかけて市場参加者に再分配する仕組みがあれば市場参加者にも納得感が生まれてくる、という考え方がMEV-Boostの根本的なアイディアと似ているのではないかと思います。

botが市場を破壊することも

MEV-Boostや裁定取引bot以外にも、DEXに対してスマートに流動性供給を行うbotもいますし、DeFiにおける複利運用の取引コストを削減できるように設計されたYield Aggregatorもまた公共性のある良質なbotといえるでしょう。NFTやRWAの領域にもそれぞれ様々なbotがファンクションとして必要になるはずです。botのアクティビティのシェアが高いことはネガティブなことばかりではないのです。

もちろんネガティブな側面もあります。その最たるものとしてネットワーク混雑の問題があります。当たり前ですがbotの活動が増えすぎるとネットワークが混雑し、様々な取引を期待通りに実行できなくなります。

過去には、ネットワークの混雑によるガス代の高騰とトランザクションの遅延が原因で裁定取引botが期待通りにトランザクションを通せず、裁定取引botの利用を前提としていた分散型プラットフォームの担保資産の価値が毀損してしまうこともありました。

ブロックチェーンのトランザクション処理能力は、現代のクラウドサーバーとは比べ物にならないほど低いため、ちょっとしたことでトランザクションを正常に処理できないダウンタイムが発生してしまいます。

そのため、公共の利益に資さずネットワークを混雑させるだけの悪質なbotはいち早くネットワーク上から追い出すべきですし、反対に、良質なbotのアクティビティはもっと伸ばしていく必要があります。また、限られた帯域幅を効率的に使えるよう良質なbotのアルゴリズムをより洗練させていくべきでしょう。

さいごに

ここまで、オンチェーンアクティビティにおけるbotの実態について説明してきました。従来のインターネットと同様に、Web3においても botは必ずしも悪さばかりをしているわけではなく、むしろbotがいなければ成立しない世界であるともいえます。

現在のbotのシェアが健全なweb3の発展にとって悪いものであるかどうかはさらにデータを詳しく分析してみないとなんとも言い難いところではありますが、少なくとも、このデータを見て「web3は多くの人々の需要に答えられていない」と言うのは早計な判断であると言わざるを得ません。

今後もweb3の世界が発展していくにつれて、さらにbotのアクティビティは活発になっていくでしょう。それらのbotがweb3の健全性に役立つ限りでは、botの活動がさらなるリアルな人間のアクティビティを呼び込み、web3をさらに魅力的な世界にしていくことでしょう。

▼ コンサルティングやプロダクト開発のご相談は当社ホームページのお問い合わせよりご連絡ください

▼Decentierでは仲間を募集しています

コンサルタント
プロダクトマネージャー
サーバーサイドエンジニア


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?