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メイプルストーリーがWeb3に賭ける理由:RX2.0とは?


メイプルストーリーというゲームのことをご存知でしょうか。

あまりゲームをしない方だとご存知ない方も多いと思いますが、メイプルストーリーは、20年以上の歴史を誇る古参オンラインゲームです。全世界での累計登録者数1億8000万人、累計総売上高では40億ドルを超え、アジア圏では今もなお根強い人気を誇ります。

メイプルストーリーは「MMORPG」というジャンルの金字塔としても知られます。

多数のプレイヤーが1つのワールドに参加して、個性豊かなアバターを操作し、チャットを通じてコミュニケーションを取り、ときには協力してミッションを進めたり、ときにはソロでダンジョンに潜ったり……という具合に、各々が好きな方法でストーリーを進めていくスタイルを普及させたMMORPGの歴史のなかでも重要なゲームです。

メイプルストーリーのプレイ画面(出典:https://maplestory.nexon.co.jp/gameguide/basic/interface/)

流行り廃りの激しいオンラインゲームの世界で20年以上運営されているだけでもすごいことなのですが、サービス開始から17年目の2020年には過去最高の通期売上収益を達成するなど、長期にわたり安定的に成長し続けている点もまた驚異的です。

メイプルストーリーの売上収益トレンド(出典:https://pdf.irpocket.com/C3659/BbNL/gfXW/eTQz.pdf)

開発は大手ゲーム制作会社のネクソンです。ネクソンは2022年にカンファレンスにて、メイプルストーリーをNFTゲーム化することを含む「メイプルストーリーユニバース」というエコシステムの構想をぶち上げています。

本記事では、安定成長を続けるメイプルストーリーをNFTゲーム化する狙いについて考察していきたいと思います。

メイプルストーリーユニバースとは

出典:https://medium.com/@MaplestoryU/a-borderless-world-maplestory-universe-e29c53538361

まずは「メイプルストーリーユニバース」の構想について解説します。

メイプルストーリーユニバースは、メイプルストーリーのIPを活用したバーチャルエコシステムの構築を目指すプロジェクトです。以下でエコシステム内の要素についてそれぞれ解説します。

メイプルストーリー N

メイプルストーリーユニバースの中心には「メイプルストーリー N」というゲーム本体の要素が置かれます。これは、メイプルストーリーの根幹のゲーム体験、すなわち、ワールドで狩りをして報酬をゲットするという体験は変えずに、アイテムや報酬をNFT化できるようにしたMMORPGゲームの本体です。

NFT化することでデジタル所有権を確立し、仮想世界での金銭的な価値を伴う経済活動を実現する、というブロックチェーンゲーム一般の利点をメイプルストーリーにも取り込む、ということになるのかと思います。

メイプルストーリー N モバイル

また、そのモバイル版として「メイプルストーリー N モバイル」も準備されています。PC版のゲームではアプローチできない「ライフスタイル」の側面にも焦点を当てているようで、詳細は不明ですが、STEPNの「歩いて稼ぐ=Walk2Earn」をはじめとするブロックチェーンゲームに固有のEarn概念が導入される可能性も否定できません。

メイプルストーリー N ワールド / SDK

他に「メイプルストーリー N ワールド」があります。これはメイプルストーリーのIPのリソースやNFTを活用して誰でも作品を開発・構築できるクリエイター向けのサンドボックスプラットフォームとして位置付けられています。さらに関連アプリケーションを開発できるようにユーザーへ提供される「メイプルストーリー N SDK」と呼ばれる開発ツールもあります。

公式ブログではサンドボックス環境と開発ツールを用いて以下のようなアプリケーションが開発できるとしています。

  • メイプルストーリーのキャラクターから毎日のヘルスチェックやリマインダーを受け取ることができるヘルスケアアプリ

  • フレンドを招待してスケジュールやToDoリストを一緒に管理できるスケジュールアプリ

  • メイプルストーリーユニバースのプロジェクトで統合されたクエストをクリアすると限定NFTがもらえるアプリ

補記:シナジーアプリについて

先月に行われたカンファレンスで、メイプルストーリー Nというゲーム本体のエコシステムを促進するアプリケーションとして4つの「シナジーアプリ」が発表されています。

エコシステム内での経済的な取引の活性化に役立つアプリケーション群だと思われますが、これらについてはCoinpostのインタビュー記事で詳しく解説されていましたのでそちらをご参照ください。

メイプルストーリーがコミットする変革

重要なのは、これらの要素すべてが「メイプルストーリーユニバースを持続可能なものにする報酬構造」の一部を為すという点です。

ゲームがあって、そのゲームに関連したIPを使って誰でも好きにコンテンツを生成できる、という部分だけを見れば、MinecraftRobloxといったUGC要素を備えるゲームと変わりありません。

これらのゲームは、「プレイヤーが開発会社の与えるストーリーを追体験する」という従来のゲーム体験を、「ユーザー自らがストーリーを創る」という体験に変えたという点で革新的でしたが、現在では既に陳腐化しつつあります。

メイプルストーリーユニバースに限らず、ブロックチェーンゲームが目指す次のステージは「ゲーム体験を現実化する / 現実とゲームを融合する」という変革です。

NFTを使うプロジェクトが「エコシステム」「経済圏」といったフレーズを多用するのは、現実そのものが必ず何かしらのエコシステムや経済圏を成していることを前提に、バーチャル上でも現実のような経済圏を再現できると考えているからです。この経済圏の再現という取り組みが「現実化」や「現実との融合」につながる、という発想があるのです。

メイプルストーリーユニバースも同じように、メイプルストーリーという長年愛されるIPをコアにした経済圏を創るためにNFTやブロックチェーンというテクノロジーを導入しています。

経済圏を成立させるには

ところで、ある経済圏が他の経済権と区別されるのは、その経済圏が何かしらの意味で自律性を持っているからです。

ポイント経済圏が日本円経済圏と区別されるのは、そのポイント経済圏ではユーザーの活動の報酬が日本円ではなくポイントで支払われ、またポイントでモノやサービスを買えるよう設計されているからです。

同じようにWeb3が目指す経済圏は、しばしばそれがトークンエコノミーと呼ばれることからも明らかなように、トークンで報酬を支払い、モノやサービスを買うという状況を意図的に作り出すことで自律性を獲得することを目指します。

しかし、経済圏はただ自律しているだけでは成立しません。もう一つの重要な要素は「持続可能な循環」です。ポイント経済圏は、ポイントの利用が拡大するほど発行体の業績が改善され、そしてポイントの原資も増える、という循環により成立しています。

このように経済圏は自律性とともに持続可能な循環の構造をもたなければ成立しないのです。

持続可能な経済圏をゲームにもたらすために

ブロックチェーンにより誰でも簡単に独自通貨(トークン)を発行できるようになったため、自律性の獲得はさほど難しくありません。

問題は、経済の持続可能な循環の実現です。NFTやトークンを発行し、それらをICOで販売したりユーザーへエアドロップするだけでは経済は循環しません。まず循環が適切に行われるように報酬構造が緻密に設計されていなければなりません。加えて、その構造が持続するよう、人々を内発的に動機づけなければなりません。

内発的に動機づける、というのは、単に金銭的なインセンティブで「外から動機づける」のではなく、その経済圏での活動を「心から楽しむ」必要があるということです。ゲームをプレイすると独自通貨がもらえると言われても、そのゲームが面白くなければ誰もプレイしないのです。

その点、メイプルストーリーというコンテンツはすでに20年以上愛されてきた実績があります。それはメイプルストーリーというコンテンツがただ最初から20年も愛されるポテンシャルをもっていた、ということを意味するのではありません。むしろ、メイプルストーリーが愛され続けるように、20年にわたって開発陣がプレイヤーに対して手を変え品を変え、楽しい体験を提供し続けてきた、ということです。

メイプルストーリーのRX

メイプルストーリーがプレイヤーに対してどのように楽しい体験を提供したきたのか。これについては「RXが鍵である」と説明されています。

RXはRewards Experienceの略で、その意味は「The Fun Of Winning Items=アイテムを獲得する楽しみ」と定義されます。

メイプルストーリーに限らず、困難な採集や狩猟を通じてアイテムを獲得する、という要素に重きを置くタイトルは少なくないです(どうぶつの森、モンスターハンターなど)が、メイプルストーリーは、プレイヤーを惹きつけ続けるためにRXを重視しています。

MMORPGにおいては、各プレイヤーが、様々なバックグラウンドをもって参加し、様々な順路と速度でレベルアップしていきます。このような環境においては、アイテムを獲得した瞬間は嬉しくとも、ふとしたときに上位プレイヤーとの埋めようのない差に落胆する、といった事態がそこらで発生します。また、不正なbotによってアイテムが大量獲得され供給過多になって価値が暴落する、といった事態にも至り兼ねません。

そのためRX戦略は多くの努力とトライアンドエラーを必要とします。実際、メイプルストーリーは200人を超える専門のデータ分析チームを組織して日夜、ボット駆除のための監視やアイテムの価値の調整を行っているそうです。

RX2.0

しかし、そのような努力を積み重ねてもなおどうしても解決できない問題が、従来的なゲームの世界には存在し、これを踏まえてネクソンはNFTによってこれらの問題を解決するアップデートとしてRX2.0を掲げています。

ユーティリティの外部拡張

従来にゲームの問題の1つは、獲得したアイテムを外に持ち出せないということです。

アイテムを獲得するときの喜びには、アイテムのユーティリティが関わります。そのアイテムは何において有用なのか。ゲーム内でより強くなれる、という有用性がこれまでは重要だったわけですが、これが例えば他のゲームやアプリケーションにおいても強力なアイテムであったらどうでしょう。

NFTはブロックチェーンに則っていればどこでも流通可能な共通のトークン規格です。故にNFTアイテムは、他のゲーム、アプリケーション、エコシステムでも基本的に利用可能です。この特性がゲームのアイテムに無限のユーティリティをもたらし、RXの向上をもたらします。

こうした外部拡張の最も典型的な例として、ゲームアイテムを外部の取引所で売買することが挙げられます。あるゲームをプレイして獲得したNFTやトークンを他のトークン(例えばETH)に交換したい場合、開発者はゼロから取引機能を用意する必要はありません。UniswapのようなNFTに対応しているDEX(分散型取引所)にNFTを保有しているウォレットを接続するだけでユーザーはNFTをETHなどに交換できます。

重要なのはこれを実現するために何か特別な交渉が必要ないという点です。開発者はUniswapの運営(やDAO)とパートナーシップを結ぶ必要はなく、Uniswap上の交換プールに取引が成立するために必要な流動性を入れておくか、ユーザーにそうしたプールの存在を宣伝して流動性を供給させるといった手続きだけで済みます。

さらに複数のゲームの間で1つのNFTを使えるようにするような形での外部拡張の形もありえます。

Loot

2021年ごろにはじまりムーブメントになったLootという実験的なNFTプロジェクトは、ゲームを作るのではなく、「どんなゲームでも使えるようなキャラクターや武器のステータス値」をNFT化しました。あえてステータス値以外を何も決めないことで、コミュニティの想像力を掻き立て、そのNFTを使ったゲームやアプリケーションが自然発生的に次々と生まれていくことになりました。

レアリティ管理の高度化

2つめはレアリティの問題です。RXにおいてアイテムには高いレアリティが必要です。どれだけユーティリティがあっても、プレイヤーの誰もがもっているようなアイテムであれば獲得する喜びは小さくなってしまいます。アイテムは希少であるから嬉しいのです。

しかしレアリティの管理は煩雑なプロセスを伴います。ユーザーが1万人いるからレアアイテムの個数は100個までにしよう、という単純なものではありません。

オンラインゲームを運営する上で、プレイヤーの数は常に変化する可能性があり、どのプレイヤーがどれだけ高難易度のミッションをクリアしようと努力するかも定かではありません。

100個までというリミットを設けても、実際には10個しか獲得されなかったとか、逆に1000人が殺到したとか、botによって100個すべて取り尽くされてしまった、といった事態が想定されます。

またプレイヤーも原理的には運営の一存で事後的にアイテム数が調整されうることを知っているため、そのことがアイテムを獲得する努力をどれだけするかという行動に影響を与えてしまいます。

これらの点はNFTを導入したからといって完全に解決できる問題ではありません。NFTそれ自体にはユーザー数に応じて動的にNFTの流通数を調整するという機能をもちませんし、botを防ぐ力も厳密にはありません。一度決めた上限発行数をあとから変更するのは難しいですが、実務上では回避する方法もなくはないです。

しかし、NFTには、プログラマブルであり、透明性があり、外部拡張性があるという武器もあります。

例えば、1万人のユーザーがいると想定して、月10個まで発行でき、月10個の発行上限に満たない場合は余りをBurnし、1年かけて最大120個まで発行されるNFTとしてアイテムを゙作るとしましょう。

まず大前提としてこのルールが正確に実装されているか否かはブロックチェーンエクスプローラー上でいつでも確認できます(透明性)。

その上で、単にハードキャップをつけるだけでなくBurnの仕組みを実装することで、例えば想定の半分である5,000人しかユーザーがいなくても1年かけて60枚がBurnされるので、最終的なレアリティはユーザーが1万人いたときと同等になります(プログラマブル)。

単に発行量を制限するだけなら既存のゲームでも実現できるのですが、重要なのは、この仕組みが透明性を担保されて実装されることと、先ほども触れたようにゲームの外でも機能する外部拡張性をもつ点が組み合わさることで、この仕組みが自律的に動きはじめるという点です。

このNFTは外部のDEXで取引できるのですが、DEXでの取引価格はそのDEXを利用する市場参加者によって決められます。ではどうやって参加者は価格を決めるのか。彼らはエクスプローラーなどを見てNFTが現在何枚発行されていて、そのうち何枚がBurnされ、今後さらに何枚が発行されうるのかを確認してその希少性を判断し、いくらで取引されるのが妥当かを考えるのです。

こうした思考を経て、そのアイテムのレアリティは最終的に価格という極めて明確な形で示されることになりますし、そのレアリティが時間とともにどのように変化しているかという履歴もDEXの価格推移という形で残ることになります。これがNFTがプログラマブルであり、透明性があり、外部拡張性があることのメリットです。

(この自律性はユーザーにとっての公平性を担保しますが、裏返せば、運営が自由にNFTの価格を決められなくなるということです。そのメリデメは意識されるべきでしょう。)

また番外編的な利点にはなりますが、DAOとしてNFTコントラクトのアップグレード権を管理する仕組みを導入すれば、ユーザーコミュニティが間接的にレアリティ管理に関われるようになるので公平性をアピールすることもできます。

おわりに

以上、ネクソンとメイプルストーリーの開発陣が進めるメイプルストーリーユニバースの戦略について考察してきました。

まとめると、まずネクソンは他でもない「ゲーム体験を現実化する / 現実とゲームを融合する」という変革への取り組みとして経済圏の構築を目指してメイプルストーリーユニバースを立ち上げていると考察しました。

経済圏の成立要件である自律性はNFTによるトークンエコノミクスにより担保されるわけですが、もう一つの要件である持続可能な循環という難しい課題については、20年を超えるMMORPGの運営経験から導き出されたRX=アイテムを獲得する楽しみをキーにします。既存の技術では解決しようがないユーティリティの閉じ込めやレアリティ管理の問題についてはNFTの導入によりRX2.0として刷新することで解決を目指す、というわけです。

ちなみに本稿では触れませんでしたが、ネクソンは2021年4月に約1億ドル分のビットコインを購入し今でも保有し続けており、2024年2月時点ではビットコインを保有する世界の上場企業の保有額ランキングにおいて11位に位置していた「ガチホ企業」の一つでもあります。

そのことがメイプルストーリーユニバースの構想にどれだけ影響を与えているかはわかりませんが、もしかすると「web3がもっと盛り上がってくれなきゃ困る」という側面もあるのかもしれません。

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書き手:web三郎

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