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VR映画『蘭若寺の住人』を観た

 ツァイ・ミンリャン(蔡明亮)が2017年に制作したVR映画『蘭若寺の住人』をANB Tokyoで観てきた。
 すごく楽しい体験だったので、メモ代りに感想を残しておこうと思う。

ポスター上の方に「VIVE」の文字、HTC社が出資している。


 ツァイ・ミンリャンは初見で、ほぼ予備知識なし。
ただ、台湾ニューシネマを代表する監督だとは聞いていたので、エドワード・ヤン(楊德昌)などと同様、商業主義を離れた芸術的な画面作りを重視する人なんだろうな、くらいなイメージだった。

 VR映画を観るのもはじめて。2年半前にHTC VIVEを買って以来、今までさんざんVRChatやVRゲームで遊んできて、VRのシュミレーションゲーム、演劇、FPS、パーティクルライブ、パリピ砲、電ドなどいろいろなものを体験してきたけど、VR映画は「VRで映画をやる必要ある?」という疑問があったので観てこなかった。でも今回、友人のおすすめもあって観てみることに。

観る前の疑問

 VRゲームはたくさんやってきたけど、VRで映画となるといくつか疑問が湧く。

・観る人間の身体はどうなる?
 VRに慣れている僕も、基本的には自分で動かせる「身体」があるVRしか体験していない。
 VRゲームには、「肉体」があって、その「肉体」を操作すればゲームの世界を変えることができる。右手を上げれば身にまとうアバターも右手を上げるし、その右手で何かを投げることもできる。
 でも、映画となると、自分の身体が映画のなかにあっては不自然だし、映画の世界に干渉することもできないはずだ。
 しかし、身体がなくとも360°世界を観察できる自分は映画の中に入っている。VRゲームは圧倒的に主観的な体験だけど、映画を観る目線は客観的なものにならざるをえない。これが体験にどう影響するのか。

・視線誘導はどうなる?
 目の前にスクリーンがない場合、どこを観ればいいのかわからなくなってしまう問題は、VRコンテンツにつきものだ。これがどう解消されているのか。

・字幕はどうなる?
 台湾映画なので、字幕が必要なはずだ。
 VRゲームをやっていると、視線にあわせて動く字幕には慣れっこだけど、そういった字幕はVR映画の没入感をジャマしないだろうか。

 そんなことを考えながら、ANB Tokyoへ行く。

 視聴環境は下のツイートのような感じで、VIVE PROを装着して、クルクル回るイスに座ることになる。

 何気にVIVE PROも初体験。PCはガレリア。ぼくもノーマルVIVEをガレリアのPCで動かしてたので親近感。


観てみた感想

 で、観てみた『蘭若寺の住人』はすごく不思議な映画だった。
 ストーリーらしいストーリーはほとんどない。謎の病に侵された主人公の男が、森の中のほとんど廃墟みたいな家に、風呂の中で飼っている一匹の魚と過ごしている。その男の周りには、不思議な女たちが時おり現れる。
 一場面一場面はゆっくりと描かれ、動きはほとんどない。
 登場人物たちは終始無言で、生きているのか死んでいるのかもわからない幽霊や精霊のような存在として美しく映されるのだ。
 そして、肉体を持たず浮遊した位置から、それら不思議な人間たちを眺める我々も、人間でない霊的な存在になってしまったかのような感覚になる。

 というわけで、観る前に感じていた疑問の答えはこうだ。

・観る人間の身体はどうなる?
→透明な身体で、椅子から動くことなくゆっくりとした映像を観るので、地縛霊になった気分になれる。

・視線誘導はどうなる?
→非常にゆっくりしたスローテンポな映画なので、どこか一か所を見なければならないということはない。一場面が長回しで撮られているので、映されている人物がいる環境をじっくり観察できる。
 その人物がどうやってそこにやって来たのか、何をしているのかを探るため、きょろきょろと上下左右を眺めることにはなるが、だいたいの場合、視点は映っている人物に固定される。

 そういえば、ストーリーがハッキリしておらず、スローテンポなのも台湾ニューシネマの特徴らしい。確かにエドワード・ヤンの『牯嶺街少年殺人事件』は僕が映画館で観た映画のなかで2番目に長くて、3時間56分もある(1番長かったのは『サタンタンゴ』の7時間18分)。

・字幕はどうなる?
→キャラクターは終始無言なので、字幕はなく、没入感を阻害されることはない。


 あとは気になったところをいくつか。

・場面転換のあと、何気なく後ろを振り向くと廃墟の窓に女性が立っているのがわかってゾっとする。後ろにいる存在を「振り向いて」観ることができるのはVRならでは。(VRホラーワールドにもブラクラびっくり系とか何かが迫ってくる系じゃなくて、こういうのをもっとあればなと思う。振り返ったらただ「いる」みたいな演出、ホラワで見たことない気がする。)

・生きているか死んでいるかわからない女性が目の前に現れ、じっとしている。なにをしているのだろうと思って部屋を見渡すと、どこにも出入口も窓もないことに気がつく。

・身体がなく、その場から動けないのは、怖さとともに無力感もある。

・おじさんの肉体の、生々しいリアリティはVRと相性がいい。

・お魚とのラブシーン。雨が2D映像よりもはるかに鮮烈な印象を残す。

・VR機器あんまり人前でつけたくないし、家で観たい。VR機器持っている人は自宅でも鑑賞できるようになったりしないかなあと思う。
でも、自分が幽霊になったような気分は自宅では味わえなさそうな気もするので、痛しかゆし。

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