#11 陰陽五行思想と伝統的な空間の認識

干支の中身と空間の関係を知る

 前回までに干支と時の関係についてお話ししてきました。今回は干支の中身とも言える「陰陽五行思想」について説明し,干支に関連する昔の人々の空間認識についてお話ししようと思います。今回も,昔の人=江戸時代くらいの人たちと理解してください。

陰陽五行思想とは

 まずは陰陽五行思想と干支とのかかわりについて説明しておきましょう。陰陽五行思想とは中国から伝来した思想で,陰陽思想と五行思想という2つの思想で成り立っていますが,これらの思想が合体した経緯は定かではありません。ともかく,まずは陰陽思想から。陰陽思想とは,物事には陽と陰があるという考え方で,陽は日(太陽),陰は月,を示しています。これを十干に当てはめると,陽は兄(え),陰は弟(と)を表していて,干支の読み方はここからきています。
 一方の五行思想とは万物は5つの要素から構成されているという考え方で,その5つとは木,火,土,金,水であり,この5つは互いに関連しあっているというものです。すなわち,木は火を生じ,火が燃えると土となり,土の中から金が生まれ,金の表面に水が生じ,水は木を育てる,といった関係です。また,木は土を破って生え,土は水を堰き止め(あるいは汚し),水は火を消し,火は金を溶かし,金は木を傷つける,といった関係にもなります。ちなみに西洋では万物は4つの要素で構成されていると考えられていて,それは火,水,空気(エーテル),大地であり,これらの要素は火属性,地属性などと言う形でゲームやアニメの世界にも用いられています。
 この五行思想を先ほどの陰陽思想とあわせて十干に当てはめると,甲は木の兄(きのえ),乙は木の弟(きのと),丙は火の兄(ひのえ),丁は火の弟(ひのと),戊は土の兄(つちのえ),己は土の弟(つちのと),庚は金の兄(かのえ),辛は金の弟(かのと),壬は水の兄(みずのえ),癸は水の弟(みずのと),となります。前回の投稿で2024年は単なる辰年ではなく「甲辰」だと説明しましたが,これは「きのえ・たつ」と読むのです。
 現代において陰陽五行思想が時の感覚として結びつくことはほとんどありませんが,かつて「丙午(ひのえうま)」の年は火にまつわる災害が多いとされ,この年に生まれた女性は夫となった男性を早死にさせるという迷信があります。十二支もそれぞれに陰陽五行が当てはめられていて,午は「陽の火」にあたることから,十干でも十二支でも火にまつわるということになります。前回の丙午は1966年で,この年に生まれた女性の出生率は前後の年と比べて極端に少なくなっています。干支は60年で一周しますので,次の丙午は2026年となりますが,この迷信が現代においてどう解釈されるかは興味深いところです。

干支にまつわる伝統的な空間認識

 干支は時の認識だけでなく空間の認識にも用いられてきた,というのが今回の趣旨です。前回お話しした干支と24時間を方位に当てはめると,0時が北,6時が東,12時が南,18時が西となります。つまり,北は子,東は卯,南は午,西は酉ということです。現代において干支と空間が結びつく例を挙げると,地球の南北を結んだ線を「子午線」と言いますが,これは北が子で南が午であることからきています。ちなみに,あまり一般的ではありませんが,東西を結んだ線を「卯酉線(ぼうゆうせん)」と言います。
 伝統的な空間認識において,干支よりも関わりが深いのが五行思想です。五行は様々な5つのものに当てはめられ,例えば前々回でお話した季節も五行に対応していて春が木,夏が火,土用が土,秋が金,冬が水に該当します。そもそも土用という言葉はこの五行思想に由来するのです。その他の季節も何となく連想できるかと思いますが,春は木々が生い茂る季節,夏は燃えるように暑い季節,秋は稲穂が実る季節で金を連想させ,冬は水が澄む季節を表しています。
 では,空間が五行思想とどのように結びつくかと言うと,東が木,南が火,中央が土,西が金,北が水に該当します。ところが,これがそのまま空間に結びつくのではなく,五行思想に当てはまる色と空間が結びつきます。すなわち,木は青,火は赤(正確には朱),土は黄,金は白,北は黒(正確には玄)で表され,先ほどの方角と結びついて東は青,南は朱,中央は黄,西は白,北は玄となります。五行思想と色の関係は先ほどの季節とも結びついていて,例えば「青春」という言葉は春=木=青からきていますし,明治時代に活躍した詩人である「北原白秋」の名前は秋=金=白に由来します。
 さらに,空間と五行思想の関係は色そのものというよりは,五行思想と色にまつわる空想上の生き物と関連しています。その生き物とは,青龍,朱雀,黄麟,白虎,玄武であり,その一部は現実の生き物と関連させ,龍は蛇のようなな生き物,雀は鳥のような生き物,虎はそのまま虎のような生き物,武は亀のような生き物とリンクしています。
 さて,ここから空間と五行思想との具体的な関わりになるのですが,中国から伝来した風水において,それぞれの方位には守り神として空想上の生き物がいると考えられ,あるいはその守り神を配置することが良いとされました。以前にも少し触れたかと思いますが,日本や中国などアジア圏においては自然に神が宿るという思想があります。つまり,守り神を自然に見立てることで,空間,特に都市を守ろうという考えが生まれたのです。

守り神と都市計画

 では,守り神はどのような自然に見立てられたのでしょうか。それは守り神の姿を想像すれば何となくわかります。まず,青龍は蛇のような生き物で,これを自然に見立てると「河川」となります。次に朱雀は鳥のような生き物で,これを自然に見立てると「海」あるいは「平地」ということになります。鳥が羽を広げた様子に由来するのだと思われます。そして白虎を自然に見立てると「道」となります。道は自然とは言い難いのですが,虎が駆け回る様が道を連想させるのだと思われます。最後に玄武は亀のような生き物で,これを自然に見立てると「山」となります。
 以上をまとめると,東に川,南に海または平野,北に山のある場所,そしてその西に道を作ることで四方を守り神に囲まれることができます。ですから江戸時代(あるいはそれ以前)における都市計画において,これらの条件を満たした場所に都市が作られるということになります。日本では多くの都市が城下町を起源としていますが,皆さんの身近な城下町でも,このような配置になっていないでしょうか?(もちろん例外もありますが)
 方位については吉方位というものもあり,南東や北西が吉とされています。これは現在でも十二支との関連が深く,南東は辰と巳の間にあることから城においては「巽(たつみ)」の方角に門が設けられる他,「辰巳」は縁起の良い名称として苗字にも用いられています。北西は戌と亥の間にあることから建物の門や苗字に「戌亥」あるいは「乾(いぬい)」がよく用いられます。一方,吉方位を90度回転させた方向が凶の方位となり,具体的には北東や南西が該当します。建物ではこの方向に門を設けることはしないのですが,十二支でいうと北東は丑と寅の間,すなわち丑寅となります。この方角は「鬼門」と言われますが,鬼は牛の角を持ち,寅柄の下着を身に着けていることから分かるとおり,丑と寅が合わさった空想上の生き物とされています。また,南東は未と申の間,すなわち未申となりますが,こちらは鬼門に比べると認知度は低いかもしれません。
 以上に見てきたように,空間も干支や五行思想と関連していて,現在でも建物の配置や苗字などにその名残をみることができます。

おわりに

 と言うわけで,今回は干支や陰陽五行思想と伝統的な空間認識についてお話ししました。このうち陰陽五行思想は時間や空間に限らず現代においても様々な形に現れており,例えば曜日は並びこそ五行思想とは異なりますが,陰陽(日月)と五行(木火土金水)に関連しています。また,5つの守り神を紹介しましたが,中央に位置する黄麟は「麒麟」とも表記され,某飲料メーカーのビールにも描かれていることでおなじみです。ちなみに黄麟だけは実際の生き物との関連はなく,真に空想上の生き物なのです。ですから「首の長い得体の知れない生き物」に「キリン」という名前が与えられたのです。
 今回は特に長々とした記事をお送りしました。今後は箇条書きで書いたり,図や写真を使ったりと表現の工夫をしたいと思います。何はともあれ,今回もここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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