制服は返却したほうが良い

初めてのバイトはコンビニ店員だった。たしか高校2年の夏である。

特に目的があったわけでもなく、ただ知り合いがバイトしているからというのが始めた理由だったはずだ。高校も「通学路にアニメイトがある」という点だけで決めたくらいなので。

最初の2、3日は誰よりも早く検品が正確にできるということや棚の後ろに落ちていた賞味期限切れのまんじゅうを見つけたりで褒められて楽しく過ごしていた。こんなに褒めるのはすぐに辞められても困るからだろうな、と今にして思う。大人になった。

だが事件は起きた。期限切れまんじゅうを見つけた2時間後の話である。その日はいつもより気温が高くソフトクリームがかなり売れていた。

このソフトクリームは作る機械がレジの後ろにあり、注文を受けてから店員が作るという実に厄介なものだった。

当然新人の自分には作る資格も技術もなく「注文が入ったら呼ぶように」と店長に言われていた。私だけがレジに残るタイミングが来ないように祈っていたが、そういう時に限ってそいつはやってくる。

ちょうどレジに3人ほどの列ができているタイミングで店長が「ちょっと頼む」とバックヤードに行った。レジ打ちしながら「あっあっ」と『ネフェルピトーに脳みそを弄くられているときのポックル』みたいな声が出た。

……嘘だろ…先頭の客がソフトクリームを3個も頼みやがった。「そんなにいっぱい食べないですよね?」とか言いたかったが我慢。勘弁してくれ。

「やるなよやるなよ絶対やるなよ」と言われているソフト作り。普通に考えれば「先輩を呼ぶ」のが正解だが、ダチョウ倶楽部的には「やる」のが正解だ。今日だけ私は上島竜兵になる。

「教えるまで絶対にやらないでね」と念を押された作業なので緊張と罪悪感、そして奇妙な好奇心が入り混じり鼻息が荒くなっていた。初めてリオレウス討伐に向かうハンターもこういう気持ちかもしれないが、あいにく私は125kgの高校2年生だ。(別名:雑なおにぎり)

慎重にアイスの機械へコーンをセットしレバーに手をかけ力を込める。出だしは老婆が出すところてんくらいのスピードだったのに、いきなりありえないくらいソフトクリームが出た。突然老婆がマッチョマンになったのか? 慌ててコーンを傾けバランスを取る。面舵いっぱい! ヨーソロー!!

……なんとか完成したソフトクリームはとても歪で、もし私がこれをもらったら「前衛芸術!」と粗品ばりのツッコミをするか本部にクレームを入れるだろう。9:1でクレーム対象だ。

それでもお客さんは「いいよ」と言ってくれた。当時は「良いよ! 頑張ったね!!」に聞こえてホッとしたが、いま考えると「(もう)いいよ」なのである。もっと落ち込んで謝らなければならないのに「ありがとうございます! 美味しいですよね、それ」とニッコリ返した私を殴りたい。

そしてこの出来事から15分後、店長から制服の返却についての説明を受けるのだった。

前置きがだいぶ長くなってしまった。

メイド喫茶での出来事を日記にしているのにこのままでは『今だから言えるおじさんのハツラツバイト体験記』になってしまう。この恥ずかしさはmixiに書いていたオリジナル小説『夜、雨、目覚めたのち』を思い出してしまう。ストレスでまぶたが痙攣するので考えるのをやめよう。
ちなみに小説の冒頭は、

―ボクは死んだ。そして天使になって街を見下ろしている。

である。こちらが死にそうだ。

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あと半年もしないうちに初ご帰宅から2年が経過する。
最近、特に馴染みのあるメイドの卒業発表などが重なり寂しさが募る。
当たり前だが、出会わなければ別れもない。この寂しさは2年間の出会いの多さを物語っているのだ。ただ、そんなほろ苦い気持ちを味わいながらも「出会わなければ良かった」と思ったことはひとつもない。

あっとほぉーむカフェでは毎月15-20人のメイドが誕生している。年間200人以上。毎日のようにひとりの女の子がメイドになっている。
これだけ聞くと出会うチャンスはいくらでもありそうに感じるがそういうものでもない。『会う』と『出会う』は少し違う気がする。

初お給仕ツイートの写真が気になるとか、
たまたまご帰宅した時に提供をしてくれたとか、
手隙の時間に話をしたとか。
『会う』という偶然の積み重ねの上に『出会い』は存在する。

去年の10月末にしもふりが卒業してから『推し』というものを意識しないでご帰宅を続けている。みんなと楽しく過ごすという面白さを味わっている最中だ。このスタンスだからできる交流の幅広さがたまらない。

時々お屋敷を見渡して「(そんな萌えボイスどこから出してるんですかwwと聞いたら「口からに決まってんだろ」と返してきたり、会話してたら急に「アアアアア!」とマンドラゴラの叫び声みたいなのを上げたりと)いろんなメイドさんがいるなぁ」なんて思ったりすることもある。色々にも限度はある。

そんな様々なメイドたちとの出会いの中でも特に偶然の積み重ねが必要なのは『新人メイド』である。

いつどこの店舗にご帰宅したらいる、というわけではないし、何より情報が無さすぎる。公式の初お給仕ツイートに載った写真と文章くらいしか情報が無いのだ。公開前のシン・エヴァンゲリオンより情報が無い。

そんな状態なので何を話したら良いかわからないし、実際に会ってみたら想像とまったく違うかもしれない。

薄々気付いていたが私は事前に準備出来ないとダメなタイプなのだ。7階にご帰宅する際に『特定のメイド』がお給仕しているのをアプリで確認した際は「こうきたらこう返そう」と『脳内のお笑いネタ帳』を開いている。それでも毎回予想を大幅に上回る出来事しか起きないのだが。いきなり予想だにしない角度で「今日は歯茎何色?」と聞かれたりするし。

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久々の緊張感を味わいながらコレチェキを待つ。
ご帰宅した店舗が久々だったのも相まって無言で普段使わない『角度を測るアプリ』をいじったりしていた。

クリリンの「悟空ー! 早くきてくれー!」と同じテンションで「つららー! この店舗にいてくれー!」と心のなかで思う。つららさんは私がマスクをズラしただけで「失敗したmii」と笑うし、たぶん何もしてなくても笑う。理解できる言語ならすべて笑う系メイドだ。

結果、その新人メイドはメイド人生初のコレチェキで自分の名前を間違えたりしてニコニコするという、メイド喫茶の原点みたいな体験をした。もう「すべての会話を『で』だけで行うメイド(5階)」や「『デカいおじさんこっちきて~』とお出迎えをするメイド(7階)」とは体験できないものだ。

アクリル板に反射する私は『シャイニングのポスター』にも負けない笑みを浮かべていたはずだ。

それが今では「これは羊のひづめを表したポーズだけど実は花山薫の構えチェキ」など、全メイド中3人くらいしかわからなさそうなネタを共感してくれている。そんな新人メイド・マオとの出会いがこれである。

2021年3月メイド。
2019年8月メイドたちとの出会いから随分と時間が経過した。

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私はメイドに『クセ(個性)』を求めているのかもしれない。

あまつかさん。
Twitterにアップされていたロックな写真を見ていたので「威嚇しながら勝手にフレディ・マーキュリーのラテお絵描きされたらどうしよ…」とか思っていた。実際に会うとそんなことはなく気さくなメイド(当たり前)だった。

あるとさん。
なぜか毎回集合写真で目が虚無っている。初対面の時に妙に良い話をしてしまったのはいつか笑い話になりそう。

彼女たちは早くも3ヶ月リボンの話をしている。
時がすぎるのはいつだって早すぎる。あまりに早く過ぎゆくものだから、時々思い出に躓いて立ち止まってしまうこともあるが、それでも勝手に時間は流れるのでいつの間にか置いてきぼりを食らったりしている。

かつて4日でバイトを辞めた私と比べて、メイドのみんなは本当にスゴイ。褒められたり怒られたり、嬉しかったり傷ついたり、ソフトクリームを勝手に作った私と違ってラテを勝手に作らなかったり。

良いことも悪いことも受け止めて重ねる日々の先で、いつか「そんなこともあったね」と笑ってサヨナラできる日が来れば良いな、なんて早くも思っている。

あと、私は結局バイト先に制服を返却しなかったが、みんなが卒業する時はメイド服を返却した方が良いとも思っている。

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