「またね」

夏が特別な季節に感じなくなったのはいつからだろうか。

6段ギアの自転車、セミの抜け殻、近所の花火大会、好きなだけシロップをかけてよかった50円のかき氷、市民プール、水面に反射した陽射し、ふたつに分けられるラムネ味の棒アイス、「またね」という別れ際の約束。

夏は暑いし虫も湧くしで他の季節と比べて3段くらい落ちる。毎年、エアコンと扇風機の割合に悩んでいるうちに過ぎていく季節のひとつだ。1/365。加速する毎日のなかの1日。

ただ、そんな過ぎ去る季節のスピードが去年くらいから少しだけ緩くなっている気がする。今年の夏は特にそんな気がした。

もしかしたらこれが、忘れていた特別な夏、なのかもしれない。

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初めて会った時はとても堅い印象だったし、結局それは根本的には変わらなかったと思う。

3ヶ月リボンの時に言った言葉はいまでも覚えているし、それが当時の彼女のすべてだったのではないだろうか。
本音を言うと、当時の僕は自信とプライドを強く感じたあの言葉に応援の気持ちはあったものの、少しだけ壁というか近寄り難さを感じていた。

そんな印象が大きく変わったのは去年の夏のことだ。
同期の集まるSPが終わった後にアップされた写真には、わざと集団から離れた位置で映っていた。その写真の絶妙さに微笑ましく思ったし、何かを乗り越えていつの間にか成長していたことを勝手に感じていた。

気付くといつもキビキビとお給仕をしている。
多くのチェキが入っても雑にならずクオリティ高く仕上げるし、コレチェキも時間通りに進行する。相変わらずの真面目さや堅さが見えつつも、当時感じていた『なにかに追われるお給仕』との違いを感じていた。

答えにはすぐにたどり着いた。
決定的な違いはその笑顔だ。

当時はあまり聞こえてこなかった気がするメイド同士の談笑が聞こえてきて、なんだか嬉しくなったのはここだけの話。

卒業が発表されたあと「こんなタイミングで戻ってきたのは不思議だね」なんて言ったのを覚えている。理由は色々あれど、そこに戻れた理由のひとつは6階でメイドを続けてくれていたからだ。

「みんなも幸せでいてね」
卒業の日に聞いたこの言葉に、みんなを幸せにできたことへの自信とメイド人生が幸せだったことが込められていたと思う。その言葉を聞いて隅っこで勝手に幸せを感じさせてもらったよ。卒業おめでとう。

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「でっくし~ちょっと聞いて~」
こんな調子で来るから「なになに?」なんて軽く聞いてみるも、とんでもなくハードな相談内容だったりしたので驚いたこともあった。その後、数々聞いたお悩みは解決されたのだろうか。

初めて会った時も相談からだった。
「しもふりさんと話してみたいけどきっかけが無い」みたいな、そんな内容だったと思う。じゃあ今度7階に来ることがあったら……なんて話していたら、すぐさまそのチャンスが訪れた。

しもふりが席から離れたのを見てすかさず「その懐に入るスキルを活かしていきなりタメ口で行こう」と話すと「ウケる!」と言いながらキミは親指を立てた。結果としては「しもふりが敬語に慣れてなくてタメ口に気付かない」なんてオチだったけれど、後日、それから話せるようになったと聞いて親指を立てた記憶がある。

そんなキミが腹を立てるときはいつも「自分以外の誰かが悪意に晒されたとき」だった気がする。相談を受けつつ「本当に仲が良いんだな」と思ったし、大切にしているんだなとも感じた。ただ、そのストレートな想いのせいで自分が辛い立場になったこともあったのではないだろうか。

ひとつだけアドバイスをするとしたら「誰かの味方になる時、誰かの敵にならなくてもいい」ってことだ。

距離感が心身ともに近くて、ステージではいつも壁に押し付けられるくらいだったけれど、その気持ちの距離感はいまの時代、大切にしないといけないことのひとつだと思う。たぶんこれからはキミが悩みを多く聞く番だと思うから、その気持ちは忘れずにいてほしい。卒業おめでとう。

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まだ右も左もわからなかった頃、ラストオーダーの呼びかけをする姿を見て「7階はオペメイドさんがたくさんいるんだなぁ」なんて思ったりしていたことを思い出す。

初めて名前を認識したのはしもふりのBDだった。
お楽しみ会で突然マイクを向けられ「聞いてないんだけど!?」と言ったのをいまでも思い出す。

その日、プレゼントした缶バッヂをすぐ付けてくれた上に、チェキ撮影のとき自分の分を用意してなかった僕を見て「これ貸してあげるよ」とつけてくれた。なんだかドギマギしてしまって「あ、ど、どうも」なんて言った記憶がある。

ちなみにこの缶バッヂは「みんなに『しもふり!』って呼ばれるから外した」と、数日後に聞かされた。

誰かが困っていれば駆けつけ、楽しそうにしてたら混じる。
先輩からも後輩からも好かれていたのは、良い意味で緩急の切り替えが上手だったのではないだろうか。端っこの席に座っていると「ちょっと休憩所にさせて」なんて言いながらやってきたこともあったが、やる時はやる。実に7階メイドっぽい気がする。

いつもタイミングの良いメイドだった。
推しの卒業が突然発表された時も、卒業当日のお見送りの時も。
「おじさん泣かないで~」そんなこと言って近くに来てくれた時は非常に助かった。あのとき、そんな風に声をかけてくれなかったら切り替えが出来ていなかったかもしれない。

他にも感謝していることがある。
それは創作するものすべてを楽しみにしてくれて、実際に面白がってくれたことだ。創作はその人物のすべてだ。それを肯定するという行為は、その人自身を肯定することに繋がると思っている。

唯一の心残りは、例の品物を手渡し出来なかったことだ。
試作品の出来が非常に良いので反応を見たかったが、これは手紙に同封するので、届いたら「なにこれウケるんだけど」とか言いながらまた笑ってくれると嬉しい。卒業おめでとう。

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お屋敷で過ごした1/365は、間違いなくどれも特別な日々だった。
当たり前を特別に変えるチカラをみんなは持っているのだろう。

「またね」

子供の頃とは意味が少し違うのはわかっている。でも、いくら考えてもこの言葉にたどり着いてしまう。大人は本当のさよならの時に「さよなら」と言わないらしい。

そしてまた、人も記憶も思い出に変えて、夏が過ぎ去ろうとしている。


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