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「使えない」グルメガイドには、セピア色の思い出がある

 ようこそ、もんどり堂へ。いい本、変本、貴重な本。本にもいろいろあるが、興味深い本は、どんなに時代を経ても、まるでもんどりうつように私たちの目の前に現れる。

 『続 東京の味 ヤングのムードと味覚の店』(石倉豊、桜井華子共著、保育社、入手価格157円) 

 今は珍しくなったビニールカバーと「ヤングのムード~」という副題が泣かせる。昭和48(1973)年発行である。文中にも、「若いカップル」「デラックスなヤング客」「おはこびの娘さん」などの「香ばしい」表記にあふれているが、この本の本当のおもしろさは、「店」ではなく「味」を切り口にしたところにある。

 いまやあたりまえになっている「サラダ(新鮮な生野菜)」「ドーナッツ」(ダンキン・ドーナツ)「インド料理」「(フランス風)ピラフ」「(アメリカ風)ハンバーガー」(マクドナルド)、「均一ずし」「フライドチキン」(KFC)「(東京の)お好み焼き」「ポー・トー・フー(ポトフ)」などが、まったく新しい「味」として、食べることのできるお店とともに紹介してある。発行から50年近く経っているのでほとんどの店は残っていないが、「たいめいけんの洋食」「秋田屋のもつやき」「お多幸本店のおでん」「パブ・カーディナルのスパゲッティ」など、現存している老舗もある。

 もちろん、グルメなんていう言葉がまだ一般には流通していなかった頃の話だ。外食の機会なんてものがまだまだ貴重で、たまの「お出かけ」や「社用」でしか味わえないものだった。飲食店もまだまだ少なく、今のように徹底したレストランガイドとして機能させるほどの情報量が、本にも街にもなく、まだまだ新しい「味」が一種の社会現象として扱われているような世の中だったということがよくわかる。

 今の感覚で見ると、この本はガイドとしては使えない。だが、そこには高度経済成長期の隙間から匂い立つ「高揚感」「好奇心」「活気」、そんなものが伝わってくる。「ああ、俺が子供めし食わされ宿題やらされている頃、うちのオヤジはニヤニヤと鼻の下伸ばしながらこんなもの食ってたのか、ちくしょー」なんて、ちょっとセピア色の景色に思いを馳せてみる。

 同シリーズの横浜編、『横浜の味』(白神義夫著、保育社、入手価格210年)には、松田優作が歌った『横浜ホンキートンクブルース』(藤竜也作詞、エディ藩作曲)で歌われた本格ピザの店『オリジナルジョーズ』が載っている。

                     (2014年 夕刊フジ紙上に掲載)

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