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(第11回) みんな一度は埼玉にやられる

 このまえ、ある知り合いのおっさんが、カラオケで、八神純子の『思い出は美しすぎて』を熱唱していた。「なぜにおまえが」とツッコミを入れると、ドッとその場が湧いた。そう、いま世の中は「なぜにおまえが」に見張られている。

 たとえ同じコメントだとしても、知識人や有名人にならないと「その人が言う理由がない」ということで、世間には披露されず、たとえ革新的なアイデアだとしても、無名のクリエイターだと会議の遡上にもあげられず、はっとさせられるようないい意見でも、若手社員のそれは確実に無視される。そんな社会の流れに敢然と立ち向かっているのが、埼玉である。

 なぜか、埼玉。この「なぜか」が唯一許されるのが、埼玉だとも言える。今年、埼玉県に「ムーミン」をテーマにした施設「ムーミンバレーパーク」がオープンする(埼玉県宮沢湖に2019年3月開園予定)。なぜ、埼玉にムーミンなのか。もはや、完全にツッコミ待ちである。

「なぜか知らねど」

 こんなフレーズで静かなるヒットとなったこの歌は、当初は自主制作盤で作られた県内のローカルソングであった。1981年、ニッポン放送の人気番組『タモリのオールナイトニッポン』で取り上げられると、なんとも奇妙なご当地ソングとして、その物珍しさから全国的な話題となった。

 埼玉はその地理的環境から、そのご当地性をPRしていいんだかわるいんだか、どんよりとした状況が続いていた。故郷や田舎をアピールするには東京に近すぎるし、通勤圏の都会性をアピールするには、スタイリッシュさにはほど遠く、あまりにも「ダサイタマ」という状況が続いていたのだ。

 その混沌が、次々と「なぜか埼玉」を生み出した。2000年に、さいたま市の「さいたまスーパーアリーナ」の一角に「ジョン・レノン・ミュージアム」ができた。なぜに埼玉と、ここでも意表をつかれ、かなりマニアックなレノンファンを自認していたわたしでさえ、訪問することもなく、残念ながら閉館を迎えてしまった(2010年)。

 関係者から、漏れ聞いたところによると、大宮にこの記念館を作ることを打診された(海外生活の長い)オノ・ヨーコ氏が、「大宮ってどこ?」って言ったとのことだが、これなどは、みんなが聞かなかったことにしようとする、埼玉の民話の世界である。

 なぜか埼玉は、さらに続く。2013年に、埼玉県羽生市にある東北自動車道「羽生パーキングエリア」が、「鬼平江戸処」として生まれ変わった。その誕生の過程に立ち会う機会があったのだが、これも、なぜ埼玉に江戸なのか、なぜ埼玉に『鬼平犯科帳』なのかとツッコミどころ満載だったのだが、埼玉は江戸の入り口ということで、埼玉的には余裕の解釈なのであった。

 とにかく埼玉は、右も左も埼玉であるし、西も東もみんな埼玉である。埼玉はけっこうでかいし、東の三郷、北の深谷、南の所沢、狭山、西の秩父なんてのもみんな埼玉。ムーミン、ジョン・レノンから鬼平犯科帳、古くは秋山、デストラーデまで、どれもこれも、みんな埼玉なのである。

 その「なぜか知らねど」感には、風格さえ漂う。薄くバックグラウンドに流れる調べ。荘厳かと思うと間抜け、コミックソングかと思うとじんわりとくる。存在理由や可視、合理性、発言者の権威、拝聴の必然性。そんなものばかりに振り回される現代に、歴然とした爪痕を残した珍曲『なぜか埼玉』。今年やってくるムーミンを思い浮かべながら、改めて口ずさんでみる。

「なぜか知ら〜ねど〜夜の埼玉は〜」

 みんな一度は埼玉にやられる。パワポのプレゼン資料だとかマーケティング会社の統計調査だとか、そういう理屈を超えた「さいたま力」としか言えない魔力がそこにある。

〜2019年3月発行『地域人』(大正大学出版会)に掲載したコラムを改訂


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元祖「なぜか埼玉」のライオンズ。西武ドームはいまや堂々した埼玉の顔。


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