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(第15回) 武家屋敷跡の味わい方

 たとえばそれは、石川県金沢や秋田県角館、鹿児島県出水にある。武家屋敷跡のことである。

 江戸時代の古い因習を漂わす空間に凛とした風格が漂う。建築遺産としての武家屋敷は人気のある観光資源だ。だが実のところ、私はこの武家屋敷の「味わい方」がなかなか理解できない。

 武家屋敷とは、ひと言で言えば武士の住まいである。主には下級武士が主君から「拝領する」屋敷を指す場合が多い。

 拝領するとは、目上の者から屋敷を戴くこと。これは、お上から宅地所有権を与えられることと思いがちだが、少し違う。屋敷はあくまでも「奉公」に対する「御恩」であって、拝領者の好き勝手にできるものじゃない。政治的な動きや日々の人間関係などで主君の意に沿わなくなれば、強制的に返上・移転させられる。 

 拝領屋敷は「官舎」や「企業社宅」などに例えられることもあるが、これも家賃が発生しないという点で正確ではないし、もっともっと「居住者の権利」のない不安定な状態である。

 我々はなんとなく、古く立派で、権威のある(ありそうな)武家屋敷跡を尋ねると、そこは先祖から子孫へと近世を通じてずっと継承されてきたように思ってしまう。だが、そこはけっしてそのような「静態的な空間」ではなく、拝領者(住民である武士)と幕府との関係によって生まれた、ある一瞬の「偶発的な空間」をフリーズさせた、そんな存在である。(参考文献『江戸の政権交代と武家屋敷』岩本馨著、吉川弘文館)

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品格を感じさせる金沢の武家屋敷跡

 冒頭に、武家屋敷跡の味わい方がわからないと書いた。あたりまえだが、自分は武士じゃないし誰かに仕えてもいない。ましてやこの時代の人間じゃない。目の前の空間から想像できる生活があまりにもリアリティがない。

 だが、そんな近視眼的な見方ではなく、そこにある武家屋敷を、ある一介の侍と幕府との関係よって生まれた「偶発的な空間」と捕らえると俄然おもしろくなる。そこにいる主人公たちは、安定しているのか落ち着かないのか。忠義に満ち溢れ充実した時間を過ごしているのか、それとも変化を追わずにおれない休まることのない日常を送っているのか。武家屋敷に入り、寒々とした古い床の間を眺めながら、しばし、そんな思いに身を委ねる。

 明治新政府の施策により、身分制に基づく土地の枠組みは、政治的にも空間的にも解体された。「拝領」はその歴史的役割を終え、土地の私有が認められ、人は住みたいところに自由に住むようになった。

 生まれた地方の土地で一生を終えていくことも可能だし、自分の人生設計や経済状況に応じて、大都市や未開拓地に移り住むこともできる。もちろん、転勤命令や派遣要請などで地方を転々とすることもあるが、それでさえも、(その組織を離れることができるという意味において)最終選択は個人に手中にある。

 人はこの広い日本のなかで、いったいどこに住むのか。

 人はその土地に住まうという意味や方向性を見失いつつある。ふだんあまり意識することではないけれど、私にはそのことがよくわかる。

 私もかつては転勤族の息子であり、地方都市を転々とし、おとなになってからも自分の故郷を見つけられず、転居のみならず旅暮らしを繰り返してきた。

 武家屋敷に見る「この場所にいること」の痛切なる意味。それこそが武家屋敷跡の「味わい」であり、「たのしい観光地」となる大きな魅力なのだ。

〜2018年3月発行『地域人』(大正大学出版会)に掲載したコラムを改訂


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大きな蔵のある秋田県角館の武家屋敷。

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鹿児島県出水市の武家屋敷跡は、規模は小さいが忍者屋敷的仕掛けが満載。


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