水奈瀬コウに自作小説朗読させてみた

https://www.nicovideo.jp/watch/sm41029223

ジャッジメント オブ コラプション

流れる雲は空に浮かぶ月を隠す。
普段は人でにぎわっているグラウンドも 夜になれば絶好の狩場となる。

男は足早に過ぎ去っていく雲を眺めながら、明日の天気を心配していた。
天気が荒れる前に、さっさと済ませよう。
そんなことを考えていた。

フェンスに囲まれたグラウンド、男は左手に金属バットを持って立っていた。
そのバットには、無数の釘が打ち込まれている。
ボールを打ち返す遊具が男の手によって、ただの凶器と化していた。

両目を白いマスクで覆い、ぎょろりと獲物を見据えている。
今晩の獲物は灰色のスーツを着た人間だ。
白髪頭、骨と皮だけでできているように見えた。

「何のつもりだ?」

その声は震え、わずかに上ずっていた。
後ろ手に拘束され、その場で正座させられている。

そんなことは知らん。
依頼主が殺せと頼んだから、殺すことになっただけだ。

その男は、界隈では処刑屋と呼ばれている。
依頼をすれば、どんな者でも殺してくれるということで評判だった。
復讐からただのイタズラまで、どんな者でも殺して回った。

目の前にいる人間も、恨みがこもったメールでもって選ばれた。
何行にも渡るその思いは、まさに復讐心のそれだった。

「お前、自分が何をしているか、分かってるんだろうな?」

男のことを殺し屋と呼ぶ者もいれば、サイコパスと呼ぶ者もいた。
殺人鬼と呼ぶ者もいた。
正直、名前などどうでもよかった。

好きに呼べばいい。
絶対にできるから人を殺す。
ただ、それだけだ。

男が絶対に人を殺せるのは、『送りバント』と呼ばれるスキルによるものだった。
誰が呼んだかも分からない名前が、知らない間に定着していた。

『送りバント』は、自分自身の記憶や体、財産などを引き換えにして願いを一つ叶える。絶対にして、唯一無二のスキルである。

しかし、それを誇りに思ったことは一度もない。

『送りバント』が発動するたびに、男は体や記憶を失っていった。
右腕は金属製の義手だし、肺は一つしかない。
生まれや育ちはおろか、昨日のことも覚えていない。
継ぎはぎだらけの体、曖昧模糊の記憶、さながら一種の抽象画のようであった。

そんなことはどうでもいい。
自分が何になろうが、関係ない。
サイコパスと呼ばれようが、殺人鬼と呼ばれようが、人を殺すだけだ。

それ以上でもそれ以下でも、それ未満でもそれを超える存在でもない。
語れるものもなければ、誇れるものもない。
結局のところ、すべては他人の物差しによる測定であり、価値観による測量なのだ。

それが処刑屋と呼ばれる男のすべてである。

何かを求めているから、男は人殺しをするのではないか。
高額の報酬を得るために、人を殺しているように見えるのかもしれない。
顔の見えない仇がいるから、人を殺しているように見えるのかもしれない。

それが当たっているかどうかも、男には分からない。
男が人を殺す理由を挙げるとするならば、それは極めて単純なものだ。

確実にできるから、絶対にするだけ。
たったそれだけのことなのだ。

改めて、獲物を見据える。
この人間は人ごみに紛れてしまえば、すぐに見分けがつかなくなってしまいそうだ。これといった特徴がない、普通を形にしたような人間だ。
こんなさえない奴を殺して、何になるというのだろう。
男には分からなかった。

しかし、報酬はすでに受け取ってしまっている。
放棄するわけにもいかない。

男はずいと歩み寄った。
命乞いもせず、目を強くつむっていた。

覚悟を決めたということか。
なかなかどうして、潔いじゃないか。

「悪く思うなよ。悪かったのは、お前の運の方だったんだからな」

男は釘バットを振りかざし、真っ赤な抽象画を描き上げた。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?