家事は夫婦問わず生きる上での必須技術だ
私は兼業主夫である。一応仕事は持っているが拘束時間が短いし、かみさんはとても忙しい人なので私が家事をする。もう7年近くこの生活をしている。このような生活スタイルになった経緯はまたどこかでお話するとして、7年たった今この「家事」というものの価値を考えてみたいと思う。
まずは自分を振り返ってみる。私がこの生活スタイルになった当初の家事レベルはLv1だったと言える。一人暮らしは2年ほどしていたがその時は洗濯はクリーニング屋にもっていくかコインランドリーで乾燥までやって持って帰って放り投げる。掃除はごくまれにする程度。まともに掃除なんかしてなかった。掃除機持ってなかったし。炊事については絶望的にダメだった。カレーすら作れない。仕事で帰りが遅く炊事する気にもなれなかったのもあるが、ともかく全くできない男だった。彼女(今のかみさん)が遊びに来るときだけやっているふりをしていたが、まあたかが知れている。そんなまま結婚をし家を持ち子を持ちとなった。
私が家事を始めた頃正直嫌だった。やらないといけないのは分かっていたが金になるわけでもないし、やったところで褒められるわけでもない。なので相当手を抜いていた。晩ごはんも材料を切って混ぜるだけのお手軽料理ばかり作っていた。掃除なんて週に一度しかしてなかった。今思えば不衛生かつ不摂生極まりないことをしていたなと思う。
しかし、人間というのは面白いもので嫌でやっていても手順に慣れていき、当初ほど大変な作業ではなくなっていった。そうなると欲が出てきて、料理のバリエーションを増やしてみたい、今の掃除機は重いから、軽い充電式コードレスクリーナーにしたらもっと掃除できるな、などと思うようになった。炒めものばかりだった食生活に、煮物揚げ物などを食卓に並べ、掃除機も軽いものにしてほぼ毎日掃除。本屋に行ったらレシピ本を買う。そして子どもたちが成長し、家事の一部を子どもたちにアウトソースしたり。
そんな感じで家事というものを多少なりともできるようになったある日、家事というものは男性女性、夫、妻関係なく生活をするための必須スキルじゃんと思ったのだ。当たり前の話なのだが、家事を敬遠していた若いときは正直家事をなめていた。仕事さえしていれば家事なんて適当でいいでしょと。それにその気になればすぐにでもできる簡単な作業くらいに考えていた。でも実際は違う。確かに手を抜こうと思えばいくらでも手が抜ける。しかし、きちんとやるには相応の経験や段取り、スキル、知恵知識がないとできないものだと今は考えるようになっている。これって会社で仕事するのと変わりないんじゃないかと思う。それに会社で仕事ができて金をもらったところで、それを使って生活ができないといけない。お金があっても家事能力がないとやはり昔の私のように不摂生な生活になるのではないだろうか。(もっとも今は家事代行というものありそれを使う方もいるだろうから一概には言えない)
自画自賛と言われるのを承知の上で、私は家事は生きる上での大事な仕事なんだと今思っている。家事をしなかったら一人暮らしのときは自分だけが迷惑するだけだが、結婚をし子供がいる今の生活で家事をしなかったら生活が成り立たない。それにこの能力は夫婦どちらかが病気になったり怪我したりしたときにいつでもピンチヒッターになれるという保険でもある。
みんな家事をやろうぜ。
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