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あなたの中の迷子に5

SNSで見つけた古民家カフェは日光街道の宿場町として栄えた町にあった。
商家の趣を残した店は自家焙煎のコーヒーに、季節の果物を焼き込んだタルトも味わい深い。
古民家カフェは店構えだけでなくドリンクやフードにもストーリーを求められる。 そろばん勘定だけでは割り切れないが、佳菜子はそのあたりの匙加減を冷静に判断できる人だ。

「ちょっと甘さが気になる、僕は典子さんのケーキの方が好きだな」亮輔が小声で言う。
確かに果物のキャラメリゼは甜菜糖あたりでさっぱり仕上げてあるが、アーモンドクリームにカソナードを使っているなら香りが強すぎるのか。
粉と砂糖と卵にバター、その組み合わせは無限。
家族以外に対価を払って食べていただくことはなかなか厳しいと思う。

一日が一週間、一ヵ月と瞬く間に過ぎていく。 
明けて正月は娘と二人、毎年変わらない故郷の雑煮と、形ばかりのお節で祝った。
亮輔は横浜の親元に帰っている。
家には私物を持ち込まないのが最初からの約束で、歯ブラシもパジャマも外泊するように持ってきていたが、娘は気づいいても知らぬふりをしているようだった。

「お母さんって全然お父さんのこと思い出さないでしょ?」いきなり娘が言い出した。
そういえば最近思い出すこともなかった。
「元気にしているの?」
私は離婚してすぐ旧姓に戻ったが、娘は親権など関係無い年齢だからとそのまま夫の性を名乗っている。時々会って食事をしたり小遣いをもらったりしていた。
「お父さんはお母さんのことどうしてるって聞くんだけど、お母さんに好きな人ができたから離婚になったと思ってるみたい。ホント何にもわかってないんだから。」と笑う。

夫婦の問題はどちらかだけの所為ということは無い。頼らない、相談しないと意地をはってきた私にも一因があったが、それも過ぎたことだ。
今更時間を巻き戻すこともできなければ、そうしたいとも思わない。 
人から見れば不適切な生き方に見えたとしても、今の私を生きるのは私なのだ。

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