赤ひげ先生16
血圧と便秘でずっと通っていた上品な老婦人がおられた。 いつも身綺麗にされて穏やかな方だったが、ある時注腸検査で大腸癌が見つかった。
高齢でもまだしゃんとされているので手術の意向を尋ねると治療を拒まれた。
「せめて人口肛門だけでもつけたらどうだ、大腸癌が出口を塞いでしまうと口から便が出てくるんだぞ」赤ひげ先生が言っても、何もしないでくれの一点ばりだった。
しばらくして入院して来られたが、食事も進まずに黙って横になっておられる。
周りには少し排泄物の匂いがしたが、最後まできちんとされて静かに息を引き取られた。
その最後に間に合わなかった息子家族は、ファミレスでお昼ご飯を食べていたらしかった。
集中治療室に老衰に近い患者さんが入っていた時、ちょうど昼当番で病棟に入った私はシーツがびしょ濡れなのに気がついた。 針から漏れているのかと慌てたら腕全体の血管から輸液が沁み出しているのだった。 その患者さんがお腹が張って苦しいと訴えてきたので記録を見ると、ここ数日排便が無い。
看護師さんなら指を肛門に入れる摘便という処置ができるのだが、資格の無い私は横向きになってもらい肛門の周りを押してあげるとどっさり出た。 きれいにしてオムツを変えると「有難う、おかげでスッキリしました」と言ってもらえて、そなあとあ昼当番を終えて受付に戻った午後にその方は亡くなられた。
テレビドラマのように家族が周りを囲んで最後を看取るなんて患者さんはその頃少なくて、大抵は意識が無いまま一人で病室で亡くなっていくことが多かったと思う。
あの頃の死は日常生活の外に追いやられて、
病院で迎えるのが当たり前だった。
老衰で亡くなる方はこの20年で6倍に増えて、100歳時代と言われる今は在宅の看取りを希望される方がこの8年間で3倍近く増えたそうだ。
経営上の問題で病院側の受け入れが難しくなっているという現状もあるが、実際週末期の患者さんには医療行為自体が負担になることもある。
住み慣れた家で家族に看取られるのが当たり前になって、そのための医療サポートももっと充実していいのではと思わずにいられない。
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