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迷子の時代に2

住宅地にあってそこだけオアシスのように残された雑木林にあるログハウスは、店内で焼くパンと食べ応えのあるスープ、サラダが看板メニューだった。 広々と高い天井が開放感となってゆったりとした空気を漂わせている。 何より声が反響しないのが居心地の良さにつながっていた。

「前はここが一番気に入ってたんだけど、最近ちょっと足が遠のいていたんだ。」と笑う。
「ご贔屓にしていただき有難うございます」と私も笑った。
康二と名乗った彼は何年か前に奥様と離別し、定年後の再雇用を終えて今は無職と笑いながら、独り身の気楽さを漂わせていた。 
大学を出てからいわゆるゼネコンと言われる企業で高度成長期の日本を回って勤め上げた後、まだ何かやれるのではという思いを形にできないもどかしさの中にいるらしかった。
自分の話が続いたことに気がついて、彼は頭をかいた。
「いやいや、いつまでたってもサラリーマン根性が抜けないのは情け無いね。 周りを見ても女性の方が潔く前に進んでいる気がします。」
「女性はいくつになっても新しいことにワクワクできるけれど、男性は守るものがどんどん増えて気軽には動けないのかもしれませんね。」
「その守るべきものって何でしょうね。」
ポツンと言った言葉が高い天井に消えていった。

「今N村の人造湖近くの工房に通って、間伐材を使ったカヌーを作ってるんですよ。もしよかったら、次の休みにでも一緒にカヌーに乗りに行きませんか。」
水面近くオールを漕いで周りの自然に溶け込む醍醐味に取り憑かれ、いつかは釧路湿原にも行ってみたいと話す顔は少年のようだった。
誰にでも生きてきた時代の記憶が顔に刻まれて、それが垣間見える一瞬がある。
多分それは宝物のような時がふと蘇った瞬間なのだろう。

亮輔はどんな時を刻んでいくんだろう、久しぶりに思い出した顔はあのやんちゃな笑顔だった。

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