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職員が感じる地方国立大学の現状

昨今、ネットニュースなどでも「学費値上げ」論争に関連する大学へ様々な意見を見ます。しかし、地方国立大学に勤務している一個人として、多くの意見は現場で感じることと乖離していると感じています。

少しでも大学外の人に伝わればと思い、大学の運営の現状を職員として少し吐き出してみたいと思います。もし読んでくれた方が、驚いたり、そうなんだと思って大学を応援したい気持ちを持ってもらえたら本望です。
私の属性については自己紹介をご覧ください。

※重ねますが、以下に書くことは一個人としてのメモです。


大学の収入

学生からの収入

基本的に大学の収入は国からの運営費交付金、学生からの収入(授業料など)、外部収入が大きいです(加えて附属病院がある大学は病院収入)。さすがにこれらは世間でも知られているとは思いますが、学生からの収入が全体の収入に占める割合は世間が思っているより少ないと思います。

例えば、東京大学(令和4年度)の損益計算書を見ると、経常収益全体で266,388百万円のうち、授業料収益は14,019百万円で全体のわずか5%にすぎません。5%では人件費も電気代も水道代も建物の保守費も賄えません。
一方で、国からの運営費交付金収益は79,954百万円で全体の30%、外部収入(受託研究収益、共同研究収益、受託事業等収益、寄附金収益の計)は90,274百万円で全体の34%を占めます。(更に東京大学の附属病院収益は54,699百万円で全体の21%です。)

※昨今話題になっているため東京大学を例に挙げましたが、大多数の地方大学は予算規模も全く違います。皆さん良ければ自分の地元の国立大学の財務諸表を見てみてください。

国からの収入

国からの収入はそのうち多くが「使途が特定されている予算」だったりします。例えばA事業への3年間の予算であれば、A事業以外には絶対に使えず、3年しか使えません。上に挙げた人件費や電気代、建物の保守などには使えません。最近の国が増やしている予算は多くがこの「使途が特定されている予算」だったりもします。
なので、収入と言っても全ての予算が何にでも使えるわけでは無いです。「使途が特定されている予算」はまだあるけれど大学で好きに使える予算が無くて、トイレの修理ができないといったことも起こり得ます。昨年度話題になった金沢大学のトイレ改修のクラウドファンディング等もこういった事情があってではないかと思っています。

外部収入

「産学連携等研究収入」は主に企業等との受託研究や共同研究で教員が得たぶんの、「直接収入」として大学に入ってくるお金が大きいのではないかと思います。正直、この外部収入は特定の先生一個人の力量や手腕に依るものがかなり大きく、ここを頑張って増やそう、というのはつまり教員の負担がまた増える、ということに直結していってしまいます。外部収入を獲得するのが得意な教員や営業のうまい教員は、資金が潤沢で煩雑な事務作業を任せるための事務職員を自分の研究費で雇うこともできますが、研究一筋の研究者たちが誰しも営業活動のようなことが得意な訳ではありません。また、そういった教員は常に共同研究や産学官連携のための出張や発表、打ち合わせ等で忙しく、学内の委員会や教授会にも満足に出席できない場合も多いです。

少し話がズレますが、そのように学内の委員会等に満足に出席できない教員がいる一方で、その皺寄せを受ける教員もいます。とても真面目できっちりした教員が様々な学内委員会や国への報告書作成など研究者にとっては「大学内の雑務」といえる業務に尽力されて、研究時間が全くなくなり、研究費が得られず「研究室のプリンターのインクを買うお金がないため事務室で印刷してもらえないか」と提案されたこともあります。
こういった教員の時間の無さやお金の無さが研究不正の温床なのだろうなと職員ながらに感じてしまいます。しかも、どこかで不正があると全大学へさらに国からのチェック項目は増えて煩雑になり負のスパイラルです。

「外部収入を獲得するなど努力しろ」と言う人を見ますが、そのためには国から求められる煩雑な書類や報告書、手続きがまず減らないと無理ではないかと私は思います。

大学の支出

生活費(電気代や試薬、事業費など)

地方国立大学の支出は望まない形で負担が増えて本当に厳しいです。
愛媛大学の学長先生もどこかの記事で言っていましたが、まず電気代の圧迫はすごいです。昼休みは事務室の電気を落としたり、研究者の方々にも節電を呼び掛けたり、何回も何回も学部長から教授たちに節電ご協力くださいと呼びかけているくらいです。
物価の高騰も、研究者が使う機材や試薬などは輸入しているものが多く、数年前の何倍もの金額になっている場合もあります。大きな大学だと高騰した分だけで建物が建つくらいの金額があったとも聞きました。

人件費

電気代や値段高騰はそろそろ大学職員以外の方も認識いただいているような気がしますが、人件費もかなり出費の割合が大きいです。
私たちのような普通の職員や、技術専門の職員、研究者などの教員、附属病院の医師、看護師、様々な技師等です。
附属病院のある地方国立大学は職員人数の内かなりの割合が病院職員だったりして、近年は病院の働き方改革が叫ばれ、医師の残業時間の削減とオーバーワークの抑制で人を増やさなくては回らず、人件費の圧迫がものすごいです。しかし、地方にとっては国立大学附属病院が県内唯一の特定機能病院であることも珍しくなく、人手不足でその機能を制限することも地域の人命に直結するためできないのが現状です。2023年度の国立大学附属病院の収支状況の速報では、42病院のうち、17病院が赤字の見込みで、10の病院は大学本部の支援を受けてようやくプラスマイナスゼロだそうです。大学本部も潤沢ではない中で附属病院の赤字の補填も行わなくてはならなくなっています。

そうなると人件費を抑制するためには職員や研究者を任期付きで雇用するしかなくなります。それも限界があり、現場の職員は常に人手不足な印象があります。

建物維持費・改修費

建物についても、新築・改修しようとしていた建物が資材高騰により計画時の1.5~2倍の金額になってしまい中身をかなり削って建てることしかできず、それでもぎりぎりの火の車というのが通常です。保守も間に合っておらず学生にエアコンが壊れたなどと言われてしまうことも毎年茶飯事です。優先的に改修を行うことが多い附属病院ですら建物老朽化と機器老朽化が問題になっています。

再度、東京大学の損益計算書(令和4年度)を見ると、教員人件費が56,106百万円で、職員人件費(附属病院の看護師などもここに含まれます)が49,790百万円、合わせて人件費だけで105,896百万円と既に授業料収益の7.5倍、運営費交付金収益の総額すら超えています。ここに更に教育経費が11,700百万円、研究経費が48,370百万円、附属病院の診療経費で37,199百万円、受託研究費(国や民間等からの受託研究や共同研究に要する費用および病理組織検査や受託研究員などに要する費用)で39,744百万円等が大学運営のためにはかかってきます。
※電気代についてですが、「電気代」という項目は無く、教育で使った電気代(教室など)は教育経費に含まれ、研究に使った電気代(研究室など)は研究経費に含まれ、附属病院の電気代は診療経費に含まれると考えてもらえればいいと思います。

イチ職員として思う事

ここまで長々吐き出しましたが、これでも現場で感じることの一部です。

「大学を減らせばいい」と言う人もいますが、全ての都道府県に存在しているのは国立大学だけで、全ての県で大学で学ぶ機会を低い授業料で安定して提供できるのは国立大学だけです。

※私立大学は東京には144校あり、東京の私立大学だけで国立大学の総数(86校)の1.5倍以上も多いです。本当に個人的な意見を言うならば、人口減少に対して私立大学の数は多いのではないかと思います。そして私立大学は経営が安定しなければ撤退してしまいます。実際島根県には私立大学はありません。加えて、公立大学も佐賀県・徳島県・鹿児島県・栃木県にはありません。


また、関東圏や旧帝大のような大学と地方国立大学の役割は全然違うと感じます。文地方国立大学は前述したように大学病院であったり、地域の企業との協働であったり、学生を県に留めて(+集めて)活性化させるという「世界に伍する研究大学」のような大きく上を見るだけではない役割も大いにあります。
文科省が掲げる世界に伍する~だったり、10兆円~だったりするものは、私は自分たちの大学には関係ないものだろうと普段思ってて、いつもそういった目立つ施策に手を挙げるのは首都圏の大学や旧帝大ばかりだと思います。ですが、国立大学全体の過半数以上を占める地方国立大学の自助努力だけではもう厳しい現状も少しは考えてもらえたらなと一職員として思います・・・
先日の国立大学協会の会長の「もう限界」はまだ抑えた表現で地方の現場としては「とっくに限界超えてます」という印象すらあります。

教員たちも、学生への授業や授業準備、ゼミでの指導、心配事の相談に乗りながら、学内の委員会等にも出席し、地域の高校生や中学生へワークショップや市民へ公開講座を行い、共同研究や受託研究を行い、メディア出演も行い、様々な科研費や補助金の申請書を作り、事務から依頼がある報告書を作り、自分の研究を行い論文を書いて、論文雑誌に提出する。これを1人でやるので教員の多くはかなり多忙です(もちろん例外はいますが)。
教員へこれ以上負担を増やすのは現実的ではないと思うので、やはり運営費交付金が増えるか、寄附金が増えてほしいなと感じています・・・

学費の値上げについて

ここからは完全に推測なので実際どうなのかは分かりませんが、「授業料が収入全体に占める割合が低い点※前述」と、「値上げした分のいくらかは値上げしたことで支払えなくなった学生への奨学金に値上がり分の授業料収入が充てられる点」から、学費を10万円値上げした程度では大きく経営は改善しないと思われます。
例えば東大だと、10万円に値上げしたとして、授業料は53万円→63万円で約1.2倍です。前述した授業料収益14,019百万円×1.2をすると16,823百万円で2,804百万円の増収になりますが、この値は経常収益全体の266,388百万円を鑑みると、約1%にしかなりません。
※あくまで単純計算しているだけなので、授業料が1.2倍になったからといって授業料収益がそのまま1.2倍になるとは限りません。このあたりの財務の知識は難しいです

しかもこのうちからいくらかは奨学金へ充てられ、学生へ戻るわけです。この点について東大もHPにて「もし値上げをする場合には、経済的困難を抱える学生への配慮は不可欠で、授業料免除の拡充や奨学金の充実などの支援策も併せて実施しなければならないと考えており、その具体的な仕組みも検討しています。」と触れています。そうなると、実際の増は1%未満であることは間違いありません。


それでも東大から学費の値上げの話が出ているのは、「これだけ学内外から反発があってかつ、実施したところで増収は1%未満であっても収入を増やしたい!経営が苦しい!」という本音と、「今の大学の経営がいかに苦しいかを学生や保護者、その他ステークホルダーひいては社会全体、そして国に伝えたい!理解してもらいたい!」なのではないかと思います。その他の首都圏の大学や旧帝大でも値上げを既にしていたり、検討している大学はありまうが、同じような状況なのではないでしょうか。

一方地方国立大学の学費の値上げですが、まず、地域によって平均年収は大きく異なることを理解していただきたいです。例えば平均年収の最高は東京の455万円、最低は沖縄の347万円と108万円の開きがあります。平均年収が400万円を超えている都道府県だけ見ても、滋賀、兵庫、愛知、三重、東京、神奈川、千葉、埼玉、茨城、栃木と47都道府県中10しかありません。

その中で、地方大学が東京大学と同じように値上げするというのは不可能に近いです。何故なら平均年収が都市圏と地方では国立大学の学費1年分くらい違うわけです。地方大学の方が東大よりも学費値上げが経営に与えるメリットは相対的に大きいでしょうが、県内の経済状況を鑑みると上げられないのが地方国立大学の本音ではないかと思います。

ここまで全くの想像なのでそういう意見もあるんだなと思ってください!
私はまだ20代のいち大学職員なので、自分の大学の本部や役員・理事たちが本当はどう考えているかは正直よく分かっていません。本部から部局には断片的や最終決定しか情報が来ず、末端職員は想像するしかないことが多いのも実情だったりします。

おわり

地方国立大学を国や企業、地方自治体、地域のひとりひとりから広く応援してもらえたら幸いです。

乱文になっている箇所もあるかと思いますが、メモとして残しておこうと思います。もしこの長文を読んだ方がいたらありがとうございます。
出来る限り出典がある情報を書いたつもりですが、特に同業の方には間違っているなと思われる箇所もあるかもしれません。あくまで末端の個人の意見として受け止めてもらえれば幸いです。


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