見出し画像

Like a 『春色』バトルフィールド ♯14

♂♀

 その日は日曜で、十時から所属している少年野球チームの練習試合を控えていた。忘れもしない、僕は十歳だった。ユニフォームに着替えダイニングで朝食の目玉焼きに醤油をかけながらテレビをつけた。ワイドショーが流れていて、内容は最近公開されたドキュメンタリー映画の好調についてだった。


「──音楽史に名を残すスターであった彼が、自身のセクシャリティについて悩む姿を彼の往年の名曲とともに美しく綴った衝撃作。ご覧になった方々の感想を──」


 マイクを向けられた女性が、私は美しいと感じました、そういった悩みを、相手の個性として受け入れられる人間になろうと思いました、と答えた。違う男性は、ええ、嫌悪感を感じましたね、ええ、ちょっとね、あれが芸術ってんでしょうけど、芸術って言えばなんだっていいのかって思いますけど、ええ、と特徴的な合いの手を打ちながら薄笑いで話した。けど今はこんなこと言うと怒る人もいるんでしょ、ええ。


 カメラは街中のインタビュー映像からスタジオに切り替わり、最近よくテレビで見る芸人兼映画評論家のコメントが流れた。


「美しいですよ。それ故に問題を簡単に見せてしまっている部分もあるんですけどね。でも、こういった悩みから無縁な普通の人に、少しずつ受け入れさせるには、こういった加飾も必要なんじゃないかって思います」

 すると、過激な論調でコメントすることで有名な化粧の濃い女性エッセイストが反論した。普通って言葉がそもそも不用意ですよ、私には性同一性障害で悩む男性の友人がいます、彼は普通じゃないってことですか、と食ってかかり、いやあくまでも区別するためにですよ、と芸人兼映画評論家が答え、区別って必要ですか、いやまずは区別をしないことには問題が可視化されないでしょう、と俄かに二人の言い合いが激しくなっていった。もう少しで女性エッセイストが映画評論家を引っ掻くんじゃないかという予感がスタジオに漂った頃、どうでもええけど、お前そこそこの芸歴の芸人でもあるわけやけど、オモロイことは言わないでええんか?とベテラン芸人である司会者が言い放った。賢明な彼の狙い通り、笑いが起きて場は収まった。

 当時の僕にとって、彼らが話してる内容は難しすぎて意味が全く取れなかった。しかし、その後の映像の衝撃の大きさもあって、僕は今でもそのやり取りの一言一句を余さず記憶している。

ここから先は

2,137字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?