Like a『春色』バトルフィールド ♯7


 ♂♀

「こいつと潤はほんとにイタズラが好きだからね。気をつけたほうがいいよ」



 カウンターで注文したモヒートをテーブルに置きながら、坂上さんが言った。

「潤ほどじゃないよあたしは」

 吉原さんが両替してきた百円玉をジャラジャラと無造作に丸いテーブルの上に置いた。テーブルは小さく背が高い。備え付けられた三つのハイチェアも同様に高かったが、坂上さんは身長が高いので腰掛けても脚を持て余すように組んでいた。

「まぁそうか。ドSだからなあいつは」

 坂上さんがジーンズの後ろのポケットからケースを取り出してテーブルに置いた。開くと重そうに光る黒いダーツが出てきた。吉原さんが向かいのダーツ台に百円玉を何枚か入れると銃声にも似た電子音が鳴った。

 吉原さんが連れてきたのは二人がよく利用するダーツバーだった。店内にはどこかで聞いたことのるEDMミュージックが大きな音で流れていた。

「ごめんね比呂くん、吉原のこと訴えてもいいよ」

「訴えます」

「うわ、冗談通じないヤツ」

 反省する様子もなく吉原さんが言った。


 なんでここで集まることにしたんですかと吉原さんに聞くと、こういった騒がしい場所の方が却ってセンシティブな話がしやすいんじゃないかなと思った、と答えた。しかし元々僕を騙すつもりだったんだろうと思う。

 このダーツバーは『Leon』というチェーン店で都内にいくつも店舗があるらしい。外の人通りと比べると店内はそれほど賑わっていないように見えた。

「この周りってさ、ゲイバーとかハッテン場とか多いだろ。だから当然ゲイがくる店なんだけど、ここ酒が安いからノンケも来るんだよ。だから俺たちも遠慮したり居づらかったりして溜まり場にしないようにしてるけど、来るノンケも数が多いわけじゃないから、ここらへんの界隈でこの店だけ空いてるの。ゲイとノンケが勝手に遠慮し合ってできた空白地帯なんだよ。そろそろ潰れるだろうね」

 話しながら坂上さんはモヒートに口をつけた。健康的に日焼けした頬に脂肪はなく、鼻はくっきりと高い。長めの柔らかい前髪を右側に流したヘアースタイルで、多くの女性が好みそうな外見をしている。しかし坂上さんはゲイセクシャルだ。もったいない、と僕は浅はかにもそう思った。

 僕と吉原さんはカウンターでダーツをレンタルした。簡単な会話をしながら僕たちはゆっくりとしたペースでダーツを楽しんだ。スコアは坂上さんが圧倒的だった。

 内容が他の部員についてに変わった時、僕は白井さんが『気づいた』時の話をした。僕はまた少し迂闊な新入生を演じながら尋ねた。白井さん、あんな面白い話を持ってるのに、ストレートには話さないって言ってたんですけど、もったいなくないですか?と。

「そりゃ話さないだろ」「話さないでしょ」

 声を揃えて、そんなことは当たり前と言った風に言い切られた。

「プライバシーは大事よ」

「プライバシーって言葉が適切かはわからないけどな。まぁ距離感の問題か?」

「不干渉」

「ああ、それだな」

 それでその話は終わりだった。そして吉原さんが三杯目のジントニックを飲み始めた頃、話は僕のカムアウトについてになった。

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