百円のわがまま

 私は今月末で会社を辞める。特に次の就職が決まっているわけでも、何かあてがあるわけでもない。ただ、辞めるのだ。私には貯金がない。貯金どころか友達も恋人もいない。会社を辞めたら、完全なるひとりぼっちになる。それがいいのだ。ひとりぼっちになって、私が何を思って、どんなことをするのか見たい。とにかく会社を辞めてからお金に本当に困るまで、ただ生きたい。
 仕事をしていて、この作業はもう最後なのだな、こうしてエクセルで関数を組むことはこの先あるのだろうか、そんなことを考えつつも、頭の半分以上はカオマンガイで占めていた。
 会社近くにキッチンカーが来る。そのキッチンカーは、曜日でお店が変わる。今日はカオマンガイの日だった。いやいや、待て、私はこれから無職になる身なのだ。先のことを考えるとデスクにストックしてあるカップラーメンでも啜ったほうがよかった。でもどうしても、カオマンガイが頭から離れなかった。
 十三時、迷いに迷って外に出る。キッチンカー前は、行列だ。私はメニューを仔細に眺めながら待った。注文するメニューはもう決まりきっているのに。ご飯を少なくすると百円引かれた。そこにサラダを増すと、五十円。いつもの注文内容をあらためて再計算し、財布の小銭を数えた。
 具増し、百円。私の頭は勝手にさらに加算していた。今まで具増しなんてしたことはない。具増し。ただでさえ私には贅沢なカオマンガイ、そこにさらに具を増すなんて。
 私の順番まで、あと一人。二人の私が頭の中でせめぎ合っている。
「次のお客様」
 きた。私の口はしっかりと、具増しと答えていた。

 私は今月いっぱいで無職になる。でもそんなことはどうでもよかった。私は今日の私のわがままを、ひとつ叶えた。よかったね、私。いっぱいお肉食べるんだよ。
 私が無職になる理由は、こういうところもあるのかもしれない。百円のわがまま、ある日のカオマンガイ。


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