中華屋のつれづれ

中華屋のつれづれ


 いつも同じ同僚とランチに出ていると、結局話題が堂々巡りになることが多い。引っ越したい、犬を飼いたい、出会いがほしい。この人は先週も同じことを言っていたし、私の返答も変わり映えがしない、冴えないものだった。もそもそと餃子を頬張り、スープで流し込む。ああ、冴えない。
「鈴木さんの人生には遊びが足りないんだよねぇ」
 私はついイライラしてしまい、そう呟いてしまった。他人の人生に上からものを言えるような、偉い人間になったつもりなんてない。しかしつい、口からすべり出てしまった。
 すると、隣に座っていた男性の営業マンである鈴木さんは、「あぁー」とため息交じりに頭を抱えた。
「遊びが足りないなんて言われたことはなかったけど、確かに、そうだなぁ。遊んでないんだよね」
 目の前で半チャーハンをかきこむ、こちらも男性の営業マンの高橋さんはそれを見て、「鈴木さん、最近楽しかったことは何ですか?」と尋ねた。
「ううん、なんだろう。土曜日にペットショップで可愛い犬を見たことかな。日曜はいつもの仲間と飲みに行ったし」
「その仲間って、月に二回も三回も同じメンバーで集まって、男同士で毎回同じ話をする人たちのことっすよね。その時間って何を生んでるんですか?」
 なかなかに高橋さんも鈴木さんに対して切り込んだことを言う。この私を含めた三人は、休日にも飲みに行くくらい、気の置けない仲間になっていた。
「楽しい時間」
「毎回同じ話して楽しいですか?」
 顔をあげて即答する鈴木さんに、高橋さんが鋭く切り返す。
「いや、楽しいよ。この間も、彼女ができないっていう奴が、結婚相談所に登録したって話で…」
「その場に女の子とか呼ばないんですか?」
「呼べるような女の子、いないもん」
 鈴木さんはそう言って、油淋鶏にかじりついた。
「ほら、今マッチングアプリとかあるじゃないですか。やってみたらいいんじゃないんですか」
「いやー…そういうのは気が引けて…」
 私と高橋さんはほぼ食べ終わっているが、鈴木さんはぐずぐずとキャベツの千切りを皿の上でかき混ぜていた。鈴木さんは小食で、特に野菜は嫌いだった。手つかずの油淋鶏が三切れほど残っていて、高橋さんは鈴木さんに一言確認をしてから、三切れとも平らげてしまった。
「やっぱり、ときめきよね。ときめき。鈴木さん最近ときめいた?」
 鈴木さんには長く付き合っている彼女がいるのだが、やれ倦怠期だ、やれ怒られた、といつも愚痴ばかりをこぼしていて、それもまた私が時たまイライラする要因にもなっていた。他人の愚痴は、なかなか聞いていて気持ちのいいものではない。
「ときめきかぁ。学生以来そんなのないなぁ。高橋さん、あります?」
「いや僕は毎日ときめいてますよ」
 高橋さんは平然と答えた。高橋さんは、つい最近離婚をして、バツイチになったばかりだった。
「毎日ですか?そんなにときめくことあります?」
 目を丸くして鈴木さんが言うと、高橋さんは煙草に火をつけながら答えた。
「コンビニの女の子が可愛いとか、この間行ったフィリピンパブの子が話してて面白かったとか、電車で隣に座ってきた女子高校がいい匂いとか、そんなの生きてりゃいっぱいありますよ。逆に鈴木さんはないんですか?」
 いやぁ、ないなぁ。鈴木さんは困ったように呟いて、ようやく箸を置いた。
「ときめくって、筋トレと同じようなものよ。毎日色んなものに目を向けて生きていたら、だんだんと色々気づいてときめきも生まれると思うの」
 私が言うと、高橋さんも頷いた。
「彼女にときめかないのは、鈴木さんの怠慢ですよ。ちゃんと彼女に目向けてます?相手が彼女じゃなくても、例えばこれ夢中になれるとか、そういうのあると生きてて今よりずっと楽しいですよ」
 私と高橋さんに挟まれ、鈴木さんは肩を縮こませた。さすがにここまで二人がかりで言ってしまうのは、と気づき鈴木さんの顔色を窺ったが、鈴木さんはその言葉についてじっくり考えこんでいるようだった。
 やがて、鈴木さんは「わかった!」と目を光らせて、声をあげた。
「俺、かわいい犬探して、はやく飼う!それで、散歩する!」
 今日のランチの第一声目とまるっきり同じ台詞だし、何なら先週も同じことを言っていたので笑ってしまったが、私はそんな鈴木さんが同僚として大好きだ。

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