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2021 年の松谷 高明

 癌の摘出手術を受けたのが 2018 年の夏のこと。
 それ以来、抗癌剤治療を続けてきた。いわゆる癌サバイバーとしての人生がはじまったわけだ。今年、2021 年のはじめまではそれまでとさほど変わらない生活を送ることができていた。
 抗癌剤の治療といっても点滴を受けるのがメインで、確かに副作用はあったけれど、日常生活にそこまで影響を及ぼすものではなかった。まぁ、二三日大人しくしていれば、いつもの毎日に戻ることができていた。原稿を書くだけの気力が保てず、ときにはお休みを頂いたりはしていたが、それでもほぼ毎日原稿を、小説を書き続けてくることができていた。
 それが……。

 様子が変わったのは今年の夏のことだろうか。抗癌剤の副作用にかなり影響を受けるようになってきていた。はっきりと意識したわけではなかったけど、やはり八月にいきなりものが食べられなくなったのが、いまから思えばその予兆だったような気がする。
 秋になり、その体調不良からは脱したものの、しかし以前と同じような毎日に戻ることはできずにいた。抗癌剤治療をした週はほとんどなにもできず、ただぼんやりと時をすごすだけ。そもそもなにかを考えるということができなくなっていた。なんとか起きてはみるものの、昼間から夕方にかけてはぐったりと身体を横たえることが多くなり、やがてはそれがあたり前のことになってしまった。
 ほぼ毎週欠かさず更新をしていた「ものがたり屋 参」だったが、ほぼ定期的に休むようになったのもこの頃のことだ。
 そして、それすらも……。

 どうしてこうなったのか。ぼくにはまったく解らない。ただ朝起きてみたら身体が動かなくなっていた。いや、それは正確じゃないな。身体は動かせる。ただ、少し動いただけで目眩がするようになったのだ。さらに息切れも激しくなった。
 簡単にいうと、立ち上がれば目眩がして、ちょっと動いただけで息切れがしてしまう。トイレにいくだけでも重労働になってしまったのだ。想像ができるだろうか ? トイレにいって用を足して部屋に戻ると、もはや息が切れて身動きできない状態。ただ椅子に崩れるように座り、しばし呆然と息を整える。
 なにかを考えるどころではない。なにかをしようとすると、それまで五倍十倍の時間がかかってしまう。それもたかがトイレにいくだけでだ。

 それでもきちんと診察を受ければ、やがて元に戻れるだろうと思っていた。思っていたんだが自隊は思わぬ方向へ進んでいた。
「抗癌剤の治療を止めることを考えましょう」
 主治医の言葉だった。
 試せる抗癌剤のほとんどはこれまでに試して、その効果が見込めなくなってしまったのだという。継続するのであれば抗癌剤を増やすことしかないという。
 抗癌剤は諸刃の剣だ。一方的に癌細胞だけに効くのではなく、それはぼく自身の身体をも傷つけていく。癌治療というよりはむしろぼくの身体を痛めつけることに他ならなくなっていく。

 ぼくにできることは、あとはただ「そのとき」を待つだけとなる。そう最期を待つということだ。
 余命を生きる。
 それがいまのぼくに与えられた課題となってしまった。

 身体は相変わらず。立てば目眩がして、動けば息切れ。とてもではないが外へ出かけることも叶わない。せいぜいが家の中をうろうろするだけ。それとてもともかく目眩と息切れが必ず伴う。
 そんなぼくでも、しかしできることはあるはずだ。いや、やりたいことがあるはずだ。なによりも「ものがたり屋 参」の第二十五話「新」は「その 3」が書きかけのまま。「彼女が見た海」も完結まであと原稿用紙で数ページ残っている。
 そうなのだ。まだ、未完のままの作品が残っている。
 だからこれを仕上げることに注力すればいい。とはいえ、いまの状態ではまともに文章を書くことができない。そもそも、書きかけとはいえそれぞれの小説世界を頭の中に再構築することができないのだ。
 まことに情けない限りである。
 しかし、できないものはできない。

 なんとも悔しいではないか。
 書きたい作品が、いや書きかけの作品があるというのに、手をつけることができない……。物書きとしてはこれ以上堪らない状況はない。しかし、できないものはできない。いや、無理をすれば完結させることはできるかもしれない。でも、それはぼくの、松谷 高明の作品として完成できたことにはならない。
 ぼくにはそうとしか思えないのだ。
 中途半端で大変申し訳ないが、2021 年の執筆としてはここまでとすることに決めた。といっても、もう大晦日なんだけどね。
 作品として仕上げるのは、2022 年のぼくに託すことにする。
 きっと納得のいく作品として仕上げることができるはずだ。ぼく自身、それを強く願っているし、また必ずやり遂げるだろう。最期を、余命をしっかりと生きるためにも。

 これまでに Kindle 版を販売してきた。大晦日の時点で「腸をなくした男」は 12,430、「夏海と拓海」は 3,564、「ロングボーダーの憂鬱」は 2,846、「ものがたり屋 参」はまとめて 497。それぞれ DL してもらっている。
 Kindle 版の販売をはじめようと思ったときにはまったく想像もつかなかった DL だ。なんと累計で 19,337 も DL されている。
 このぼくの作品を 20,000 人近くの人が DL してくれているのだ。
 ただの数字でしかないかもしれない。けれど、いまのぼくにとってこれほど力強い数字はない。

 これからも、ひとりでも多くの人に手に取ってもらえるように、作品を書き続けていいきたいと思っている。
 それが、ぼくの余命に与えられた課題であり、また希望でもあるのだ。
 2022 年。ぼくにどこまで、なにができるのかは解らない。けれど、ぼくにできることは「書く」ことであり、「物語」を紡ぐことなのだ。
 生きている限りそれを続けていきたいと願っている。
 2022 年もよろしくお願いします。


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