ピーター・ターチン:Secular Cycles=永年サイクルと、その理論を通して眺める現代について
やあ!またしてもピーター・ターチンの本の解説だ。
こいついつもターチンの話ししているな、と思うかもしれないがそうなるね。前から興味はあったんだけど少しずつ英語を読むのが苦手じゃなくなってようやくまっとうなペースで読めるようになったからだ。それもこれも邦訳が出ないのが悪い。
彼の独特なスタイルは何よりも歴史に対するモデルを形成し、そこにデータを当てはめて分析し、モデルを修正していく手法だ。そこについて最もよく説明しているのは、Age of discordと国家興亡の方程式、なんだけどどちらも難解なのが欠点だ。
Secular Cyclesは彼の5番目の書籍になる。2009年に出版された。
Secular cyclesは日本語だと永年サイクルと翻訳されている。
ちなみに永年サイクルと言う言葉は「国家興亡の方程式」の第8章で解説される。
「人口構造理論から導かれる主要な予測として、農業社会における人口が約2-3世紀の周期性を持った低速の振動を繰り返すこと」
『国家興亡の方程式 歴史に対する数学的アプローチ』 p252
この一連の流れが永年サイクルだ。つまり、200-300年かけて人口が増えては減るという一連の流れが歴史上複数の地域と複数の時代で見られるよ、ということだ。Secular は長期の、という意味もあるので、長期の人口増減の推移を示しているもの、と理解しよう。
この本は数式は出てこない。しかし、膨大な事例とグラフ、そして歴史的・考古学的な証拠に関する論証がある。つまりある歴史的データをどのように解釈するか、ということが延々と書いてある。イギリスやロシアの階級制度についても細かく書いており、故にEnd Timesのようにすっと入ってくる感じはない。実証的データに対して非常に誠実であるがゆえに、読み進めるのは結構しんどい。
しかしこの本の骨子となる部分はそこまで複雑ではない。
永年サイクルというコンセプトとその詳細について
歴史的事例の主張との当てはまり具合を豊富な考古学的・文献的データを用いて説明する。(中世・近世英国(プランタジネット朝、チューダー朝、スチュアート朝)、中世・近世フランス(カペー朝、ヴァロア朝)、ローマ共和国、ローマ帝国、そしてモスクワ公国とロマノフ朝)
この2つからなる。ちなみに後者の例は全て農業国家かつ、産業革命以前であることに留意しよう。歴史的に利用可能なデータが豊富であることから、農業国家が研究対象である。(なお、遊牧民国家では異なる推移をたどることをターチンは示唆している。商業国家については分析の対象外となっている)
では歴史の法則とはなんだろうか。彼は国家の興亡を次のように分類する。
統合永年トレンド-拡大フェイズ(Integrative Secular Trends - Expantion phase)
統合永年トレンド-スタグフレーションフェイズ(Integrative Secular - Trends Stagflation phase)
分離永年トレンド-危機フェイズ(Disintegrative Secular Trends - Crisis phase (state break down)
分離永年トレンド-大恐慌/サイクル間期(Disintegrative Secular Trends - Depression\intercycle)
それぞれのフェイズで何が起きるかを見ていこう。
統合永年トレンド-拡大フェイズ
国家の勃興期だ。人口は緩やかに増加し、増加率も増加する。エリートの割合は少ない。国家の結束は強く、庶民とエリートの間の結束も保たれている。社会は安定している。
そして他の測定可能な変数を見ていくと、郊外の居住地は増加し、耕作地が増えていく。空き地、ないし利用されていない土地は減少し、農民に対して土地は多い(一人あたりの農地は多い)が、減っていく。土地の値段は安いが上昇していく。穀物価格は安く、実質賃金は高く、土地の利用料は安い。個人の消費は多く、生活水準は高い。穀物の貯蔵は多く、都市化は少ない。
つまり
庶民は生活しやすく、エリートの数は少ない。そしてその両者は協力しあっている。
都市に人は少なく、主として地方の農村に人々は住んでいる。
しかしこの帰結として、人口は増えていく。人口増加の結果、スタグフレーションフェイズに入る。(つまり、物価は上昇し、実質賃金は下がる)
2.統合永年トレンド-スタグフレーションフェイズ
国家が成長した姿になる。人口は多く、増え続ける。しかし出生率は下がる。エリートは黄金時代を謳歌する。エリート(ここでは貴族と言い換えても良い。土地を所有しそこで農民や奴隷を働かせて収益を得ている人、と解釈しても大きく間違ってはいないだろう)しかし、地位をめぐる競争は激しくなり、幾つかの分野で消費の競争が見られる。(あの家がベンツならうちはフェラーリを買おう、みたいな贅沢さの競争のことだ。ヴェブレンの言う顕示的消費と言い換えてもよいだろう)、社会の連帯感は未だに高いが、低下してくる。カウンターエリートが出現する。社会はまだ不安定ではないが、不安定性は高まってくる。
その他の変数としては、郊外の居住地の増加はゆっくりとなり、停滞する。耕作地も同様、利用されていない土地は少なくなる。実質賃金は最低レベルまで低下していく。農民一人あたりの土地は小さくなる。土地の値段は上がり、穀物価格は上昇する。土地の使用料は高く、土地所有者は富む。個人の消費は減り、貧困化する。穀物の貯蔵は減る。都市化が進み、都市は成長する。
つまり、エリートは豊かになり、その豊かさを見せびらかしあって競争する。そうした豊かさは農民を安く働かせ、一人一人から高額な土地の使用料を徴収することで成り立つ。農民として暮らしていけない人々は都市に移住する。人口が増え、農民一人当たりの農地が少なくなったことで、穀物の消費が増え、供給は停滞する。その結果として穀物価格は上昇し、庶民の生活は貧しくなる。
これは主に、庶民が増えて、実質賃金が低下し、その低下した実質賃金と高騰する土地使用料からエリートが利益を得ることによる。そして増えたエリートは限られた地位を巡って競争する。
3.分離永年トレンド-危機フェイズ
人口はピークから減少する。人口の減少率は高まってくる。エリートの数は未だに多いが、派閥に別れて争うようになる。エリート内で格差が広まってくる。軍事エリートの困窮化が起こる。
国家の連帯は崩壊し、社会の分離が起こる。社会の不安定性はピークに達する。
その他の変数としては、地方の耕作地は減少し、放棄される。耕作地も同様に放棄される。利用されていない土地は増える。農民に一人あたりの土地は未だに少ないが、増えてくる。土地の値段は急落し、穀物価格は、高くなる(しかし変動はかなりある)、実質賃金は上昇する傾向にあるが、これから見ていくように、かなりの幅がある。土地の利用料は安くなる。しかし変動がある。生活水準は危機的なレベルになる。生存可能な最低限のレベルを下回りさえする。そして穀物の貯蔵は尽き、都市化が高まる。
一言で表すなら、ゲーム・オブ・スローンズの世界である。
実際にゲーム・オブ・スローンズの原作「氷と炎の歌」の著者、ジョージ・R・R・マーティンはイングランドのエリート同士の内輪もめである薔薇戦争から着想を得ている。
複数の派閥が現れ、絶え間なく内戦が起こる。庶民は困窮化するが、エリートたちは、贅沢な生活を見せびらかす。(キングス・ランディングの生活)エリートの中の格差は大きく、非常に貧しいものもいる。既存の権威に対して反乱を起こそうとするものも現れる。(デナーリス・タイガーリエン)、内戦の結果農耕地や農村は放棄される。都市の人口は増え、スラムがつくられ、貧しい人々が増える。
ゲーム・オブ・スローンズではあまり描写されないが、最低レベルの生活水準の農民や都市住民が増えた結果、疫病が流行し、穀物価格の上昇のために飢饉が頻回に起きる。そしてエリートが内輪もめに明け暮れているがゆえに、富は分配されない。コインの貯蔵が増加する。(これは個人の貯金が増えることを意味しているようだツイッターでMMT云々と書いたがあれは完全に誤読だった。忘れてほしい)
こうした状況では、既存の権威は力を失い、分離したエリートはカウンターエリートが動員した大衆による反乱を抑えることができなくなる。
もしくは外部からの侵略者に抗うことができなくなる。
4.分離永年トレンド-大恐慌もしくはサイクル間期
人口は減少するが、減少速度は緩やかになり、停滞する。人口が再び増加することはあるが、持続的な人口増加は起こらない。内戦の結果エリートの数は減少し、エリートから農民や市民への階級移動が起こる。エリートの消費レベルは激減する。国家を立て直そうという試みがなされるが、繰り返し失敗する。国家の不安定性は高いが、減少してくる。
その他の変数としては、地方の居住地が増えることはなく、耕作地は少ないままで、利用されない土地は打ち捨てられたままである。農民一人あたりの土地は多く、土地の値段は安い。実質賃金は高い傾向があるが、幅がある。土地の利用料は低い傾向にあるが、幅がある。個々の生活水準は幅がある。そして都市化は高いが、都市の人口は減ってくる。
産業革命以前の農業国家はこうしたトレンドを200-300年の周期で繰り返すのではないか?というのがターチンの主張だ。さらにここに幾つかの変動要因が重なってくる。
a.父と子サイクル
20年ほどの周期で現れる、分離フェイズにおける内戦が減少する時期のことだ。これは内戦に疲れ嫌になった世代は、内戦をしなくなり、平和を求めるようになるが、内戦の時代を知らない子供の世代は、エリート間の限られた椅子を巡って内戦・内紛を行う、という分離フェイズにおける間欠的な平和な時代を説明するものだ。
b.領土拡大の影響
ローマ帝国やロマノフ朝は比較的長い、300年程度の永年サイクルであった。これについては、いずれの帝国も領土拡張に成功することで、増えるエリートに対して新たな土地や地位を与えることができた。これがエリート間過当競争を減らし、統合トレンドを長引かせることができた、と主張している。そう、成功した軍事侵略はエリートに与える新しい領土が増え、戦争の中でエリートの数が減ることで、エリート過剰生産が緩和されて、帝国を延命させると書かれている。
c.奴隷制・農奴制
基本的に分離永年トレンド-危機フェイズでは、農民が減ることで農民の賃金が増える。より高い賃金を支払ってくれる雇用者のもとに移動したり、逃げ出すのを恐れた貴族が待遇を改善したりする。こうしたことがフランスやイギリスでは起こった。ローマは奴隷制で少し事情が異なっていたが、分離永年トレンドに至ると対外戦争を行ったり勝利するのが難しくなり、戦争による奴隷の獲得は困難になったことや、奴隷は子供をあまり産まない傾向にあることから、奴隷の数は減少し、実質賃金は増加する傾向にあった。
一方ロシアでは、農奴性を導入したことで、農民は土地を移動できなくなった。そして待遇悪化は止まらず、農民たちは生存が不可能なレベルまで困窮し、1回飢饉が起きた時点で種籾までなくなり、翌年に撒く種がなくなってしまった、ようだ。
農奴制による徹底した搾取が行われたために、国民の1/3が亡くなったと言われる動乱時代という形で支払われることになってしまった。
wikipediaでは気候変動のために凶作となったと書かれているが、ターチンの主張では、ロシアで不作は6-7年に一回の頻度で起こる出来事であり、通常農家はそのための蓄えをもっていたのだという。しかしエリート過剰生産とそれによる苛烈な収奪という構造が、農奴が逃げ出せないことによって維持されてしまった結果、さらなる農民からの収奪が行われ、農民に残された穀物は生活の最低水準を下回り、彼らが種籾さえも使い果たしてしまった結果、気候が改善した年にも撒く種がなくなってしまい、不作が続いた。
国家の変動においては、人口、エリート過当競争/過剰生産、国家の債務危機の3つが重要であるが、国家の債務危機や人口増大を乗り越えた例は散見される。しかしエリート過剰生産・過当競争に関しては、常に国家の崩壊に働く要因となる、とターチンはいつものように書く。
この本が独自なのは、それを膨大な歴史的データに基づいて立証していくことだ。イギリス、フランス、古代ローマ、ロシアの4つの国で、人口動態、エリートの数、穀物価格などの多種多様な考古学的・文献的データを参照しながら、自らの主張を裏付けていく。
僕自身としてはなぜ国家は拡大したり縮小したりしていくのか、という答えに対して、ピーター・ターチンよりうまく普遍的に説明してくれる著者に出会ったことはないので、彼の主張には原則として同意する。歴史という複雑な事象に対してそんな一般法則が成り立つだろうか?という議論は当然あって然るべきだと思うが、国家がどのような原因で崩壊するのかを知りたいのなら、個別の原因だけではなくて、普遍的な原因にも目を向けるべきだと思う。そして普遍的な原因に目を向けてモデルを作ることが、過去の歴史学者たちの説明と比べて優れている点は、検証可能であることだ。
ローマ帝国が崩壊した理由は特別であり個別的であると考えることはできる。しかし、個別的と考える限り、その仮説が正しいかを検証するすべはない。自分の仮説を補強する証拠は見つけることができるだろう、しかし、その仮説が間違っているかどうかを説明するための材料は限られてしまう。
一方で、農業国家の繁栄と衰退には一般的な法則があると考えたときには、あるモデルを作って、別の国家で成り立つかどうかを検証することができる。幾つもの国家の考古学データにそのモデルが合致するなら、そのモデルは現実をより正確に反映している可能性が高まる。
そして、そこで得られた見解は、ひょっとしたら現代にも応用可能かもしれない。もちろん現代社会は科学技術の発展があり、富を生み出すのは土地だけではない。しかし国家財政の健全性やエリート同士の内輪もめ、そして人口動態が国家を存続させるうえで重要な要因であると仮説することはできる。つまり、国家の崩壊を避けるために何ができるかを考えるツールを手に入れることができるのだ。
ここからはこの本を読んで僕が考えたことになる。
じゃあ、現代について、特に日本についてなにか言えることがあるだろうか。
僕は江戸時代の「部屋住み」を思い出した。日本では武士の次男以下は基本的に家を継ぐことはできず、士官先もなかった。彼らは(豊かな家でなければ)結婚はできず、自室で無職として多くの時間を過ごした。
これはエリート過剰生産への対策そのものに見える。1人の武士の子供のうち、武士の地位を継げるのは1人になる。他の子供は子を残さないから、エリート志願者が増えることはない。実際、Wikipediaで眺める限りは江戸時代の人口推計は非常に安定しているように見える。そして首都である江戸の人口も、大きな変化はないように思える。(これは非常にラフな分析に過ぎない。本職の人口学者に永年サイクルを通して見た日本の人口動態について書いてほしい)
ちなみに日本の永年サイクルについて解説された記事が以下にある。
これによると日本は「非常に長い永年サイクルを持っているように見える」ようだ。
ターチンのモデルの限界は、分析を産業革命前に限定しているために、エリート≒貴族であり、貴族は農民から土地使用料を徴収することや、土地で奴隷や農奴を働かせることで豊かな生活を送る存在であり、故にエリートの数やそれぞれの豊かさは耕作地の量と農民の人口に影響されることだ。
また、当然ながらこの時代には避妊はないので、子供の数は生活水準が高ければ増え、低ければ減る。現代人のように先行きに合わせて計画を立てるわけではない。そして分離フェイズには人々は飢饉や疫病、国家崩壊の影響で人口が減っていく。
現代においては、政治権力と土地所有者であることの関連性はより小さく、様々な職業や事業が存在しており、全員が政治権力を求めるわけではない。また、古典的な収奪の形態は(少なくとも民主主義国家では)かなりやりづらくなっている。また子供の数をどうするかは家族の中で決めることができるし、少なくとも先進国においては飢饉や疫病に対処するための多種多様な手段がある。
永年サイクルの中でターチンは共和政ローマでエリートたちは内戦・路上での争いなどを繰り返したが、政治的地位の追求をやめてギリシャに隠遁して平和に余生を過ごした政治家の例などを出すが、現代ではこれがますますやりやすくなっている。トランプ政権になったらカナダに移住すると主張した人は、共和制ローマに比べればずっと容易にその移動を達成できるし(何しろ現代では車も飛行機もあるし、これらに乗っているときに海賊や野盗に襲われる心配は殆どない)、実際ロシアによるウクライナ侵略では、多くのロシア人が国外に逃れた。
そして一度国外で生活するようになったときに、国外で政治的立場を追求するのは簡単なことでなく、また移民先で今までのような生活水準が満たされなくても、政治的な立場を利用して反政府活動を起こすのは難しい。というのも大抵の場合、エリートはより政治体制が安定した国家に移民するし、エリートの地位がそのまま保存されることはなく、故に他の人々を動員するのは母国にいるよりも難しくなるからだ。
それに恐らく、国内にいるときよりも地位の移動に対してこだわらなくなるのだと思う。
だから国外への移動が自由であったり、国境を管理しきれないことは、国家の崩壊を遅らせる方向に働いてくれるのではないか。
それから、もう一つ。
人口増加と減少のサイクルに関して、現代の人類はもっと意識的に調整することができている。自分たちの生活を考えて、子どもたちにどのような生活水準を与えることができるかを考えて子供を作っている。それ故に世界の人口増加速度は緩やかになっているし、日本を含む多くの先進国で、人口は減少しつつある。よくこの人口減少傾向が永遠に続くかのように語る人々がいるけれども、ターチンのモデルによれば、人口減少の局面が永遠に続くことはない。中世の農民国家であれば、政治的な安定性が確保されて、農民一人あたりの土地が増えて、実質賃金が上がり、穀物価格が安くなり、土地の使用料が安くなったときに人口は増加する。
現代人なら、実質賃金が上がって、家賃を含む生活費が安くなって、広い家に住めるようになったときと言い換えれると思うんだけど、そうなったタイミングで再び人口は増加局面に入るのではないかと思う。
ただ、実質賃金増加のペースは移民が入ってくることで(労働者の不足が解消されるので)ゆっくりになる。
でも日本で永遠に移民がどんどん流入してくるのは、世界的に人口が停滞して、特に文化的に似ているアジア・東南アジア諸国の出生率低下を見ると現実的ではないから、どこかで落ち着くのかもしれない。
家賃だって人口が減れば安くなってくる、とは簡単に言えないのは、国際的な不動産取引があるからで、日本人が不動産を取引しなくなればその分海外で取引されるとすると、賃料の変化はゆっくりになるのかもしれない。
気候変動は諸説あるけれども日本のcarrying capacity(環境収容力:国家がどれくらいの人間を養えるか。農民国家なら農業生産力で決まる。現代はもっと複雑)を減らす方向に行くのかもしれない。ものすごく単純に、海洋が上昇して陸地が減れば、その分だけ日本は小さくなり、日本が養える人数は減る。
歴史的に見れば緑の革命やハーバー・ボッシュ法などのテクノロジーや輸送技術の発達、つまりイノベーションは国家のcarrying capacityを増やした。科学技術の発達がcarrying capacityを増やす可能性は確かにある。ただ今のところそれを勘定に入れて人生を考えるほど明るくて確かな見込みがあるわけではない。
何を言いたいのかというと、過去においてはどのくらい子供が生まれて、生き延びるかは、その子供が統合フェイズにいるか、分離フェイズにいるかで決まってきていた。そして人々は生まれる時代によっては、飢饉や疫病で命を失うことになった。
一方で現代の日本では、疫病や飢饉で命を失うことは過去に比べて珍しくなったし、生活の見通しを予見した上である程度の生活ができそうだと期待できるときに子供を作ろうと考えるようになった。その結果として少子化が進んでいるわけだけど、それは将来における労働者の賃金増加につながる行為であって、永遠に賃金が上がらないということはないので(農奴制のロシアでさえも!!!)、どこかでこのトレンドは反転するかもしれないよね、ということだ。
そういう観点に立つと、少子高齢化というのは分離フェイズを緩やかにのりきる方法であって、少子化自体は時間とともに特別な対策をしなくても改善してくるんじゃないか、と推測することができる。
むしろ無理やり人口を増やすように子育て支援や育児支援を行うことは、そういった制度を利用するパワーカップルをエンパワメントすることで、エリート過剰生産を悪化させてしまうかもしれない。
まさに今の時代の米国のことをピーター・ターチンは終わりの時代と言っている。エリートたちが内輪もめをはじめ、国民間でもエリート間でも格差は拡大し、労働者の賃金は低下し、政治への信頼性は低下して、犯罪行為が増えて、COVID-19や麻薬中毒による絶望死が増えているから。そしてターチンは、それに対してエリートたちが一丸となって対処することを対策として考えているけど、最近の記事を見ると、それもあんまり期待してないみたいだ。
一方でアジアでは変な事が起きている。中国も大卒者の就職率が下がっているけど、エリート間過当競争はなりを潜めている。大学生は政府を打倒することはなく、寝そべり主義や日本のフェミニズムが流行し、実家で親と一緒に暮らしたりしている。これは団塊ジュニア世代に引きこもりが多かったり婚姻率が低かったことを想起させる。韓国も空前の少子化が進んでいて、どうやら男女間の対立が激化しているみたいだ。しかし大規模な内戦や血を見る争いは(ターチンが引用する中世のようには)起きていない。またロシアも大卒者の割合が異常に高く、エリート間過当競争が起きているんじゃないかと言われていたのだけど、海外でも仕事ができる立場の人々(これをそのままエリートと呼んでよいかは微妙だけど)は、海外に脱出した。
これは本当にただの霊感なんだけど、エリートが海外に引っ越すことは、エリート間過当競争を緩和する方法であるように思える。
ソ連からの亡命者が、亡命先でソ連での生活より良いものを求めて反政府運動という事例はありえるんだろうか。いや勿論、米国の場合は海外から移民してきたエリートと、国内育ちのエリートがいることで大変なことになっているわけだけど…。いわゆる階級の下降は、国内で行うよりも移民先で起こったほうがずっと受け入れられる出来事であるようには感じられる。
歴史は単線的な推移をたどるわけじゃない。ずっとよくなるわけじゃないし、ずっと悪いままでもない。そして、国家が崩壊に至るのは、外生的な要因、もしくは外挿変数(気候変動や疫病の流行、侵略者や無能な国王/政治家)ではなくて、内生的な要因、つまり良い時代であることそれ自体が生み出す人口増加や過剰なエリートなのだ、というのがターチンの理論の要点だ。
これを膨大な事例と考古学的・文献的証拠から説明する本書は、間違いなく物事を異なった目で見れるようになる本だ。